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第15話 モブ執事は不届き者を成敗する

 状況を整理する。


 会食を終え、楽しげに庭園の四阿で歓談をしていた王子殿下と公爵令嬢が、いきなり給仕をしていた女中に命を狙われかけた。

 それをいち早く、異変に気が付けた俺が止めに入って、今まさにその女中と数歩ばかりの距離を開けて睨み合っているわけだが……。


 ──いや、本当にどういう展開だよ?


 改めて整理してみたところで、突拍子の無さすぎる状況に俺は舌を巻いた。


 先ほどまであんなに緩慢とした、殺人未遂が起こるには程遠い平穏が流れていたはずなのに、全く油断も隙もあったもんじゃない。

 幸い、一早く異変に気が付けたおかげで、最重要護衛対象である主と王子殿下の身は安全。


 この突然の状況に二人は呆気に取られているが、傷一つない。


「重畳」


 周囲に控えていた他の女中らは慌てふためき、主人を放って逃げ出すものまでいる。


 おいおい、いち使用人として主を見捨てて自分だけ逃げ出すのはどうなのかと思うが……まぁ彼女らの気持ちは分からないでもない。

 何せ、眼前のナイフを握りしめた女中は完全に自我が逝ってしまって、獣のように呻き声を上げているのだ。次は自分の番かもしれないと危機を感じるのも道理である。


 だが、だとしても護衛の肝心要であるはずの、護衛騎士殿もこの状況を飲み込めず呆けているのは看過できない。


 ──弛み過ぎだ。


 内心、鈍すぎる騎士を叱責し、俺は背後に庇った二人の少年少女に声を掛ける。


「お二人とも、ご無事ですね?」


「せ、セスナ……?」


「ご安心くださいお嬢様。少しあの女中は日々の激務、そのストレスで癇癪を起こしてしまっただけです。お嬢様と殿下はそうですね……頼りになる護衛騎士殿と一緒に、安全な場所までお逃げください」


 不安げに瞳を揺らすお嬢様を安心させるように微笑む。


 これも彼女の付き添い、アロガンシア家の使用人の義務である。


 ──それに、ここまで怯えたお嬢様は珍しいしな……。


 それほどの恐怖、命を狙われる感覚と言うのは悍ましい。


 いつかは経験し、自覚する必要のある感覚ではあるが、こんな不意打ちはこちらとしては望むところではない。


「はぁ──」


 一心不乱に頭を掻きむしり、依然として呻き声を上げる女中が直ぐに襲い掛かってくる気配はない。


 それを確認してから、俺は喝を入れるように声を張り上げた。


「アルヴィン殿! 不届き者です! 今すぐお二人を安全な所まで連れて行ってください……できますね?」


 それは暗に「必ずやり遂げろのろま」と言った皮肉を込めてのものだ。


 俺の怒鳴りにも似た呼び声で、ようやく状況を飲み込んだ護衛騎士は慌てたように頷いた。


「そ、それはもちろん大丈夫だが……貴殿はどうする、アロガンシアの使用人よ?」


 しかし次いで彼から紡がれた言葉はなんとも間抜けな疑問だ。


 聞くまでもないことをわざわざ聞いてくるなと言った感じである。


 ──どうするって?


 そんなの決まっている。


「私はここに残ります。このバケ──彼女のメンタルカウンセリングをして落ち着かせてから行きますので、お気になさらず」


「わ、分かった──!!」


 俺の返答を聞いて、全てを察したアルヴィンは急いで二人を王城の中へと連れ込む。


 一度復帰すれば、ちゃんと騎士としてやるべきことを即座に行動してくれるのは及第点と言ったところか。

 その前がちょっと酷すぎて、この国の騎士の教育方針に聊かの疑問を覚えるが……まぁ今はどうでもいいことだ。


「──さて、これでようやく周りを気にせずに済む」


「あうぅぅぅ──」


 苦しげに呻く女中にやはり自我はない。


 不自然なほどに魔力を滾らせ、まるで何かに操られているように無機質で機械的だ。



 果たして、どうして眼前の女中は急に王族と公爵貴族の逢瀬中に彼らの殺人──ともすれば国家反逆と言う大罪を突然決行しようとしたのか。

 先ほどまでの仕事ぶりや他の女中らとのやり取りを見るに、ここ最近で新しく入った従者と言う訳でもないらしいし、他国の……それこそ何かと目の敵にされる帝国の間者と言う線も薄いように思える。


「暗示か幻覚系の魔術の類か……」


 何よりも、女中が体内から放っている魔力は到底人間のソレとは毛色が違う。


 その魔力によってその女中が操られているのは確定だろう。


「それに、これはまた……」


 考察に夢中になっていると、気が付けば庭園一帯の時間が止まったかのように静まり返り、今まで感じ取れた人の気配も消え去っていた。


「人除けに遮音の結界とはまた手が込んでいる」


 音の反響具合や不自然に無くなった気配から結界の断定は容易だ。


 しかし、驚くべきはその隠密具合と術の内容だ。


 一見、ド派手な炎や暴風を巻き起こすことができる魔術と比べてしまえば結界術……それも音と人の気配を遮る程度のモノは地味だと軽視されがちだ。


 だが、地味だからこそ技量が際立ち扱いが難しい部類とされる。

 それを考えれば、今張り巡らされた結界はかなりの練度、術者は相当な手練れだと分かる。


 そこから導き出されることは、これがかなり計画的な犯行だということ。


「一発キツイのを撃っといてよかったな」


 もしも不意打ちを防ぐついでに女中の鳩尾に打撃を決めておかなければ、今頃この女中が更に暴れだして、何をしでかしていたか分かったもんじゃない。


 あんなあっさりと、お嬢様方を逃がすこともできなかっただろう。


「ゥウグッ!!」


「おっと怖い。折角の別嬪さんが台無しだなぁ──」


 そんな思考を巡らせていると、女中はこちらに鋭い眼光を飛ばし地面を蹴った。


 色々と疑問は尽きない。


 どうしてあらゆる魔術や外敵などの悪意に敏感な王城でこのような事態に陥っているのか?

 いったい、あの女中はいつの間に暗示の類を仕掛けられたのか?

 果たして、今回のこの襲撃の首謀者は何者なのか?


「──考えるのは後だな」


 それら全ての疑問を一旦振り払い、眼前の傀儡と成り果てた女中へと対峙する。


 このまま、明らかに人体に悪影響を及ぼしているであろうおどろおどろしい魔力に蝕まれると言うのも苦しかろうて。

 なるはやで、この悪夢から解放させてやりたいと言うのが思いやりという奴だろう。


 けどまぁ、それとは別で──


「少し手荒な真似をするが……悪く思うなよ」


 主に仇なす塵芥には天誅を。


 それがハウンドロッド一族の教えであった。


 なれば、俺のすることは一つ。


「ウガァッ──!!」


「狩りの時間だ」


 勢いよく突貫、眼を血走らせて女中はこちらに頭突きを見舞ってくる。


 緩慢で、それでいて杜撰、まともな鍛錬も積まずズブの素人の突進を棒立ちで喰らってやる道理もない。

 俺は女中をひらりと躱して、すれ違いざまに横合いから一発拳を振り抜く。


「シッ!!」


 取り扱う魔力は最低限に、インパクトの瞬間に魔力を一瞬解き放つ要領で拳が伴った威力を上昇・加速させる。


「ブギッ……!?」


 何の変哲もない普通の拳打。


 しかし、攻撃をもろに喰らってしまった女中を吹き飛ばすには十分な威力であり、彼女は豚のような奇声を上げながら見事に吹っ飛ぶ。


「前世の知識を思い出す前から思ってはいたけど、やっぱり華がないよなぁ……」


 宙を舞う女中が無残に地面に叩き落ちるさまを眺めながら、独り言ちる。


 俺に扱える魔術の類は今の一連の動作のみ。

 それは魔力を扱える人間ならば誰でも一番最初に覚える基礎の基礎、ファンタジー作品ではお馴染みの〈身体強化〉である。

 残念ながら俺は魔力量が凡庸で、ついでに魔術の才能が皆無であった。


 ゲーム『ヘルデイズ』における魔術とは、才能によってその使用の有無が決まり、その才能と言うのが魔力を知覚し実際に扱えるかどうかで決まる。

 しかも、そこから更にその身に宿した魔力に属性が内在していなければ、本格的な魔術の神髄とやらは極められないらしい。

 この属性と言うのがまあ結構な種類があって、ここでの説明は割愛させてもらうがとにかく、この属性が俺の魔力には内在していなかった。


 これ自体は別に珍しいことではなく良くある話で、属性の有無で魔術師になれるかどうかが決まる。

 属性がない奴は黙って脳死で体を強化して捨て身で戦えと言うことである。扱いが雑だね。


「さすがにあの時は落ち込んだなぁ……」


 当時は自分も炎や嵐、氷雪なんかを自由自在に操ってみたいと夢想したものだが、悉くその希望は打ち捨てられた。


 そうして、身体を鍛えるしかなくなった俺は武術に傾倒し、身体強化の鍛錬ばかりこの十年ちょっと毎日してきた。


 そのお陰か、最初は強力無比で何でもありな魔術に為す術もなかった劣等感も、拳一振りで何とか自尊心を保てるくらいには強くなれた。


「継続は力なり……とはよく言ったものだ」


 だからこうして今も、魔力で超ドーピングしてバケモノなりかけている人外とだって、平然と拳を交えられているわけだ。


「だとしても、これはお粗末すぎるな──」


「ウァ、ウァガッ!!」


 地面から勢いよく飛び起きて、女中は唸りをあげて再び突っ込んでくる。


 その芸の無い、単調な行動に呆れそうになるが、すぐに気を引き締める。


「ガァアアアアアッ!!」


 先ほどよりも、全身に纏わせたおどろおどろしい魔力を勢いよく発露させて、無理やりに体を動かす。


「ッ──それは許容限界(キャパオーバー)だろ!」


 その酷く歪で無理くりな動きに、身体の節々、膝や肩関節などはミシミシと軋みを上げて完全に可動範囲外の方へと曲がり始めていた。


 このまま好き勝手させては女中の身体が完璧に壊れると判断して、一気に片を付けに行く。


「一の牙──」


 一瞬の脱力から、ゆるりと全身を慣れ親しんだ型の構えへと流す。


 それはハウンドロッドに生まれ、使用人として生きていくと志した者ならば一番最初に教えられる始まりの型であり、最後まで練磨し研ぎ澄ませるべき牙。


 外敵の首を狩り取るべく機を伺い、瞬きのうちに噛み殺すように──


「〈疾噛〉!!」



 最短最速で叩き込む鋭い牙のように、俺の右拳から放たれた疾る(こぶし)は女中の首元を捉え、勢いよく地面に叩きつけた。


「ぅぃぎぃ──あ、がっぁ!?」


 先ほどよりも苦しげに肺から逆流した空気を吐き出し、目を剥いた女中は小さく呻くと今度こそ意識を失った。


 それと同時に、女中が纏っていた禍々しい魔力は拠り所を失ったかのように霧散し、周囲に張り巡らされていた結界の気配もなくなる。


「随分と呆気ないな……」


 女中を制圧はしたものの、最後の最後で魔力が爆発とかする二段構えとかを想定していたのだが、その予想は見事に打ち砕かれた。


 代わりに……と言うべきか、気を失った女中の左手首から『パキッ』と何かが砕け散る音がした。


「……これは──」


 何事かと確認してみれば、女中の手首には鎖のストラップが巻かれており、そのストラップには不気味に黒ずみ、罅割れた護符が付いていた。


 どうやら先ほどの音の正体はその護符らしく、加えてその護符から女中が纏っていた魔力と同じ名残を感じ取った。


「重要参考物なのは確定だな」


 これが今回の首謀者の手掛かりになりえるのは明白。


 おそらくこの護符の魔力に操られていたとかそんな感じだろうと、考えていると庭園が一気に騒がしさを取り戻す。

 結界が解けたことにより、事態を聞きつけた王城の騎士たちを引き連れ、アルヴィンが駆けつけてくれたのだ。


「助太刀に来たぞアロガンシア家の使用人殿──っ!? こ、これは……」


 しかし、現場にたどり着いたときにはもうすべてが終わっており、俺はとりあえず彼らに事の経緯を説明することにした。

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