EP 8
商人の流儀と、目立ちすぎる「100均」
幾多のトラブルを乗り越え、ゴルド商会の馬車はついに目的地へ到着した。
目の前にそびえ立つのは、見上げるほど高い石造りの城壁。デルン王国の中央都市アルクスだ。
門をくぐると、そこは活気に満ち溢れていた。石畳の道を行き交う人々、空を飛ぶ小型の魔導船、そして威勢の良い客引きの声。ポポロ村とは桁違いの文明レベルと人口密度に、太郎は圧倒された。
荷下ろし場にて。
商隊長のゴルスが、革袋をチャリッと鳴らして太郎に差し出した。
「あぁ、これは世話になった礼だ」
「えっ……?」
中を覗くと、鈍い金色の輝きが見えた。金貨だ。
この世界のレートで1枚1万円。それが数枚入っている。
「そんな!? 頂けませんよ! 乗せてきてもらったのは僕たちの方ですし……」
「何を言ってんだ。商人はタダで貸し借りはしないぜ」
ゴルスはニヤリと笑い、無理やり太郎の手に袋を握らせた。
「護衛が手一杯の時に、お前さんが石を当てて隙を作った。それがなきゃ誰かが死んでたかもしれねぇ。これは正当な対価だ。良いから取っておきな」
その言葉には、巨大企業ゴルド商会を支える現場責任者のプライドが滲んでいた。
「……ありがとうございます、ゴルスさん」
「おう。また何かあったら俺に言いな。ゴルド商会で安くしてやるぜ」
ゴルスは片手を挙げてヒラヒラと振ると、部下たちに指示を出しながら去っていった。
漢気のある背中だった。
人混みから少し外れた路地裏で、太郎はゴルスから貰った金貨の袋をリュックにしまい込んだ。
だが、その表情は晴れない。
「…………」
「どうしたんですか? 太郎さん。あんなに褒められたのに」
サリーが不思議そうに顔を覗き込む。
太郎は深くため息をつき、ポケットから例のスリングショットを取り出した。プラスチックの光沢が、この世界のアナログな風景の中で異質に浮いている。
「いや……ゴルスさんの反応を見て、思ったんだ。僕は自分のスキルで商売でもしようかと思ったけど、僕が出す品は目立ちすぎるんじゃないかって」
太郎は経済学部で学んだ知識をフル回転させていた。
希少価値は利益を生む。だが、度が過ぎたオーパーツ(場違いな工芸品)は、破滅を招く。
「プラスチック、ビニール、化学繊維……この世界にはない素材だ。もしこれを不用意に市場に流せば、『未知の古代技術』か『禁忌の魔法具』だと勘違いされる。下手すれば国や、悪い組織に利用されるんじゃないかって」
「あ……」
サリーもハッとした顔をした。
確かに、あの強力な「100均グッズ」が軍事利用されたり、太郎が監禁されて道具を作るだけの奴隷にされたりする想像は、あながち非現実的ではない。
「力のない僕が持っていいスキルじゃないのかもしれない……」
太郎が弱気になったその時、サリーがパンッ! と両手を叩いた。
「う~ん、分かりました! 一人で悩んでても仕方ないです。じゃあ、冒険者ギルドに行きましょう!」
「え? 冒険者ギルドに?」
魔物退治をする荒くれ者の集まりに、何の用があるのか。太郎は首を傾げた。
「はい! 私、ギルド長のヴォルフさんと顔見知りでして。相談に乗ってくれるかも知れません」
「ギルド長と!? サリーがか?」
「ええ。私、ヴォルフさんの娘さんのライザとは幼馴染で、よく村に遊びに来てたんです。ヴォルフさんは見た目は怖いですけど、義理堅い人ですから、きっと頼りになりますよ!」
村長の娘という肩書は伊達ではなかったらしい。サリーの交友関係の広さに、太郎は驚かされるばかりだ。
「……分かった。ここでああだこうだ考えてても始まらないしね。行ってみよう」
「はい! こっちです!」
サリーに手を引かれ、太郎はアルクスの中心部にあるという冒険者ギルドを目指して歩き出した。
頼れるコネクションと、厄介なスキルを抱えて。




