EP 7
旅立ち、そして強欲の蛇目社長
ポポロ村の朝は早い。
小鳥たちがさえずり始める頃、太郎はサンガの家の居間で、旅の準備を整えていた。
「太郎、門出の祝いだ。これを持っていけ」
サンガがドンッ! と重い音を立てて木製のテーブルに置いたのは、年季の入った渋い色合いの革袋だった。
「これは?」
「『魔法ポーチ』だ。ワシも昔は名の知れた冒険者だったからな。その時の愛用品さ。庶民には高嶺の花の魔道具だが……まぁ、岩牛が丸々一頭入るくらいの容量はある」
「ロックバイソン一頭!? ……ええと、要するに牛一頭が丸々入るってことですか? 日本の感覚なら、何十万、いや何百万円もする超高級品じゃ……! ありがとうございます、サンガさん!」
太郎は目を輝かせ、遠慮なくその貴重なマジックアイテムを受け取った。そして、誰も見ていない隙に、電子ボード(スキル画面)を操作して呼び出しておいたアイテム群を次々とポーチの中へ放り込んだ。
ゴソゴソ……ポイッ、ポイッ。
(100均の吸水マイクロファイバータオルに、下着の替え。絆創膏と消毒液が入った救急トラブルセット、ペットボトルの水数本、焼き鳥の缶詰に、着火用のターボライター……っと。まぁこんな所か。足りなかったら後で出せば良いし、何せエコポイントの臨時収入のおかげで『36,500ポイント』もあるからな。余裕余裕)
アイテムの物理的な保管場所と重さに頭を悩ませていた太郎にとって、重量を無視して物を収納できるこの魔法ポーチは、まさに神アイテムだった。
準備を終え、村の入り口にある木柵の門に向かうと、すでに多くの村人たちが見送りのために集まっていた。
「太郎さーん!」
お気に入りだという大きめの革リュックを背負ったサリーが、パタパタと小走りで近づき、ぶんぶんと手を振っている。
その横には、腕を組んだサンガ、杖をついたゴン爺、それに太郎が100均の算数ドリルとひらがな練習帳で字を教えた村の子供たちの姿もあった。
「サリー、それに皆……朝早くから見送りに来てくれたんだね。ありがとう」
「ガハハハッ! 太郎! アルクスの街で、でっかい男になってこいよ! そして……」
サンガは豪快に笑った後、スッと声を潜め、目の奥をピキッと光らせて言った。
「……サリーを泣かせたら、どうなるか分かってるな?」
「は、はいっ! 命に代えても守ります! 皆さんもお元気で!」
太郎が背筋を伸ばして一礼すると、村人たちから温かい拍手と声援が湧き起こった。
コケェェェ!!
(帰ってくるなよ! この卵泥棒がァ!!)
ふと村の奥に目をやると、サンガの家の裏庭の方向から、トライバードが首を伸ばしてこちらを睨みつけていた。
しかも、翼の先の羽毛を器用にぐっっ! と曲げ、どう見ても『中指を立てている』ような挑発的なポーズを取っている。
「……あいつ、絶対中にヤンキー入ってるだろ」
太郎は引きつった笑いを浮かべた。
温かい村人たちの声援と、魔獣の強烈な憎しみを背に受けながら、太郎とサリーの二人はついにポポロ村を後にした。
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――それから数時間後。
「はぁっ、はぁっ……」
ゴクッ、ゴクッ。
太郎は100均のペットボトルの水をラッパ飲みし、額に浮かんだ玉の汗をタオルで拭った。
舗装されていない土の街道を歩くのは、想像以上に体力を奪われる。
「サリー、アルクスの街って、あとどれ位かかるかな?」
「そうですねぇ……人の足だと、あと二日はかかるかと」
サリーは息一つ乱さず、涼しい顔で答えた。(やっぱりこの世界の住人、体力がおかしい)
「二日もかぁ……先は長いな」
(今日はどこかで野宿か。一応、100均の『レジャーシート』と『荷造り紐』、それに保温性の高いアルミの『エマージェンシーシート』を出せば、木立の間に簡易テントくらいは作れる。夜風に吹かれて地べたで寝るよりはマシだが……魔獣の警戒もしないといけないしな)
太郎が元・深夜のワンオペ夜勤で培ったサバイバル(?)の知恵を絞り、野宿のシミュレーションをしていた時だった。
「あら? あのきらびやかな馬車は……」
サリーが、街道の先からもうもうと土煙を上げて近づいてくる影を指差した。
「ん? あ、本当だ」
太郎も目を細めてそれを見つけた。
それは、金ピカの装飾がゴテゴテと施された、趣味の悪そうな――まるで昭和の成金趣味全開の『デコトラ』のような巨大な箱型馬車だった。
そして驚くべきことに、その巨大な馬車を引いているのは馬ではない。
「ゴルド商会の馬車ですよ! 間違いないわ! 『ジオ・リザード』も一緒です!」
サリーが目を輝かせた。
ジオ・リザード。
二本足で歩く、走りに特化した恐竜のようなドラゴン……通称『地竜』である。
アナステシア世界では古くから家畜化に成功しており、馬車の牽引や、騎乗しての竜騎士部隊、果ては地竜競走(競馬のようなもの)など、人間にとって非常に身近で役立つ存在らしい。
「私、ちょっと話してみます! 一緒にアルクスまで乗せてってもらえるかも!」
「あ! ちょっとサリー!」
太郎が止める間もなく、サリーは小走りで金ピカ馬車へと向かっていってしまった。
(相変わらず、行動力がすごいな……)
太郎は苦笑いしながら、彼女の背中を見送った。
数分後。
馬車の御者と何やら言葉を交わしていたサリーが、パタパタと駆け足で戻ってきた。
「太郎さあああん! オロチさんが、ご一緒して良いですって!」
「ほ、本当? そりゃあ助かるな。歩き疲れてた所だし」
太郎はサリーと共に、巨大なデコトラ馬車に近づいた。
すると、馬車の側面の豪華な扉がギィッと開き、中から一人の男が姿を現した。
「なんや? おめーさんが『太郎』ってか?」
現れたのは、肌がわずかに緑がかっており、『蛇目族』と呼ばれる縦に細い爬虫類のような瞳を持った、五十がらみの男だった。
彼こそが、この辺りの物流を牛耳るゴルド商会の会長、オロチである。
男の腕にはじゃらじゃらと下品なほど太い純金のブレスレット。首にはゴルフボールほどもある巨大な各種宝石のネックレスが輝いている。
ニヤリと笑った口元から覗くのは、これまた眩しいほどの純金の差し歯だ。
(うわぁ……ファンタジー世界なのに、昭和のパチンコ屋の悪徳社長みたいなのが出てきたぞ……)
太郎は内心で強烈なツッコミを入れた。
「サリーちゃんが可愛いから相乗りを特別に許可してやったが……随分としょぼそうなヒョロヒョロの兄ちゃんだな。まぁええわい、荷台の端っこの木箱の上にでも座らせてやるでぇ。ただし、道中で魔物が出たら、おめーさんがワイの盾になるんやで? ギャハハハハハ!」
オロチは品定めするように太郎をジロジロと舐め回すように見て、下品な笑い声を上げた。
オロチの背後では、商会が護衛として雇っている傷だらけの屈強な傭兵たちが、「こんなひ弱な兄ちゃんが盾になるかよ」「ただでさえ荷物が重いのに、足手まといが増えたぜ」と、太郎を見てせせら笑っていた。
「あ、ありがとうございます、オロチ会長。お世話になります」
太郎は顔にへりくだった愛想笑いを浮かべながら深々と頭を下げたが、背筋には嫌な汗をかいていた。
(……居たよ。居た居た……この手のタイプのおっさん。深夜のレジで、タバコ買う時にお札を指で挟んで投げてよこす一番厄介なタイプだ……)
太郎の長年のコンビニ社畜生活で研ぎ澄まされた『厄介な客センサー』が、頭の中でピピピピッと激しい警報を鳴らしていた。
――そして、その社畜の危険察知センサーは、アルクスへの道中、最悪の形で的中することになる。
ズンッ……!!
出発して数時間後。
快適な速度で街道を進んでいた金ピカ馬車が、突如として何かに衝突したように大きく揺れた。
「な、なんや!?」
「敵襲だァーーッ!! 前方に群れだ!! 構えろォ!!」
外から傭兵たちの怒声と、金属がぶつかる嫌な音、そしてジオ・リザードの悲鳴のような嘶きが響き渡った。
「ひゃ、ひゃああああ……あわわ……魔物か!? 傭兵ども! ワイを守れ!!」
さっきまでの威勢の良さはどこへやら、オロチは顔面を蒼白にして、馬車の隅でガタガタと冷や汗をかいて震え出した。
「……サリー、僕の後ろに」
「は、はい! た、太郎さん……っ」
怯えるサリーを背中に庇いながら、太郎は低く呟いた。
その目はもう、ただの気弱な青年ではない。
太郎はサンガから貰った腰の『魔法ポーチ』へ、静かに、そして素早く手を伸ばした――。
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