EP 5
弓の教えと死蟲機リサイクルの大当たり
太郎は、ポポロ村の外れにあるちょっとした広場にいた。
キリ……キリキリキリ……。
太郎は狩猟用のショートボウに矢をつがえ、プルプルと震える腕で懸命に弦を引き絞っていた。
「太郎! もっと足を肩幅までに開け! 腰を落とせ!」
後ろから、サンガ村長の野太い檄が飛ぶ。
「背筋を伸ばして、腕の力だけで引くな! 身体全体で、背中の筋肉を意識して矢を引くんだ! ……そうだ、そうだ! 良いぞ!」
太郎は歯を食いしばり、言われるがままに矢を引いた。
目標は、およそ十メートル先に立てられた簡素な藁の束だ。
しかし、現代日本で弓など触ったこともない太郎にとって、木製の弓の張力は想像以上だった。弦を引く指先が赤く鬱血し、ひどく痛む。
「くっ……行けっ!」
ヒュンッ!! シュッ!!
太郎の指先から矢が放たれた。
ポトッ……コロコロコロ……。
しかし、情けない放物線を描いた矢は、的の遥か手前の地面で跳ね、力なく転がっていった。
「はぁっ……! はぁっ……!」
太郎は弓を下ろし、どっと押し寄せる疲労に膝に手をついた。額からは滝のような汗が流れ落ちている。
「よーっし……まぁ、素人の最初はこんな所だろう。後は基本動作の繰り返しだ。当たるまでな」
「わ、分かりました、サンガさん……ありがとうございます」
息も絶え絶えに返事をする太郎。
そもそも、なぜ彼が弓の特訓など受けているのか。
きっかけは数日前、太郎自身が「村にいる間の護身術を習いたい」とサンガに頼み込んだことだった。
だが、その根底にあるのは『サリーを守れるようになりたい。ただ庇われるだけの男じゃなく、彼女の隣に立てるようになりたい』という、太郎なりの密かな男の決意だった(※恥ずかしいので誰にも言っていないが)。
「太郎さ~ん! 休憩にしませんかー?」
そこへ、エプロン姿のサリーが、冷たい陽薬茶の入った水筒を抱えて小走りでやって来た。
太郎の顔がパァッと明るくなる。
「サリー、太郎を甘やかすな」
サンガが腕を組み、静かな、しかし威厳のある声で娘を嗜めた。
「だってぇ……お父さんが弓術のお稽古ばかりさせるせいで、太郎さん、わ、私に全然構ってくれない……から……」
サリーは水筒を抱きしめたまま指をもじもじさせ、ゴニョゴニョと小さな声で呟いた。その上目遣いの破壊力は計り知れない。
「ありがとう、サリー。……サンガさん、じゃあ少しだけ休憩しても良いですかね?」
「おいおい、太郎までデレデレしおって」
サンガは呆れた顔をして、深いため息をついた。
「まぁまぁ、サンガさん。これも何かの縁ですから」
太郎はコホンと咳払いをして、こっそりとスキルボードを発動した。
『食品・お菓子』のカテゴリーから100Pを消費し、手のひらにスッとあるモノを召喚する。
それは、地球の100均のお菓子コーナーで売られている【小判型の最中六個入りパック】だ。
太郎は箱から小判最中を一つ取り出すと、サンガに近づき、すっと太い腕の袖の下に忍ばせた。
「こ、これは……黄金の小判……? いや、甘い匂いがする。お菓子ではないか」
サンガは最初こそ戸惑ったものの、異世界の極甘スイーツの魅惑には抗えず、すぐに口元をニヤリと歪ませて「賄賂」を受け取った。
「う、うむ……厳しいだけではいけないからな! よし、特別に15分の休憩を許そう。……でかしたぞ、越後屋よ」
「ひひっ……ありがとうございます……お代官様」
太郎は悪徳商人のようにペコペコと揉み手をしながら頭を下げた。
「な、なんか……見てはいけない大人たちの汚い裏取引を見てしまったような……」
サリーは頬を引きつらせながら、その茶番劇を眺めていた。
「え? サリーはいらないの? この最中、中に甘い餡子がたっぷり入ってるんだけど」
「いりますぅぅ♡」
――シュバッ!!
サリーは電光石火の踏み込みで太郎との距離をゼロにし、神速の抜刀術のような手捌きで太郎の手から残りの小判最中を強奪した。
「ひぇっ!?」
太郎は、あまりの変わり身の早さと、目にも留まらぬ俊敏さにビクッと肩を震わせた。(やっぱりこの村の住人、フィジカルおかしい……)
モグモグ……。
「んんん〜っ! 美味ひぃよぉ……♡ 皮がサクサクで、中のお豆が甘くてとろけるぅ〜♡」
サリーは両手で最中を持ち、幸せの絶頂のような表情を浮かべて頬張った。
そこへ、村の長老であるゴン爺が、杖をつきながらブツブツと文句を言いながらやってきた。
「あぁ、どうした? ゴン爺よ」
モグモグと最中を味わいながらサンガが問う。
「どうしたもこうしたもねぇべ! こないだの季節外れの大雨で、森の木々が大量に折れちまっただろ? それを集めた村の裏の『置き場』が、もう満杯でよぉ」
ゴン爺は顔をしかめ、忌々しそうに吐き捨てた。
「おまけに、倒木の下敷きになって死んだ『ネクロアント(死蟻機)』やら、雨で森の奥から流れてきた気味の悪い『呪いの木彫り(トーテム)』やらが混ざってて、村の衆じゃ恐ろしくて処分できねぇだ。どうすんべ……」
大雨? 倒木にネクロアント(死蟻機)? 呪いのトーテム?
太郎にとっては知らない情報ばかりだった。
――ここで少し補足しておこう。
『ネクロアント(死蟲機)』とは、かつてアナステシア創世期に、女神ルチアナ、邪神デュアダロスと三つ巴の死闘を演じた『死蟲王サルバロス』の残骸が長い年月をかけて魔物化した、神話級の厄介な代物である。
当然ながら、そんなヤバすぎる背景など、日本の元・コンビニ店員である太郎は知る由もない。
「あれか……。薪にするにもネクロアントの酸が染みてて危ないし、かといって村に放置するには場所を取りすぎるしなぁ……」
サンガが腕を組みながら渋い顔をした。
ゴミ……置き場がない……サンガさんが困ってる……。
太郎は、手に持っていた小判最中の空き箱と、透明なセロハンの包み紙を見て、ハッと閃いた。
(そうだ、確かスキルの端っこに、現代のスーパーやコンビニに設置されてる『アレ』があった筈だ!)
「ちょっと良いですか? サンガさん、ゴン爺さん」
太郎はピッと手をあげた。
「どうした太郎、何か良い案でもあるのか?」
「まぁ……これを見て下さい。えっと、スキル起動! 『リサイクル回収機能』!!」
太郎がスキルボードを操作すると、目の前の空間に半透明の、ゴミ箱の投入口のような小さな光の窓が現れた。
太郎は、手の中にあったゴミ――小判最中の空き箱と包み紙を、迷わずその光の窓へ放り込んだ。
《ピッ♪ 資源ゴミの回収を確認しました。エコポイントとして、1Pを加算します♪》
シュンッ!
太郎の手から放たれたゴミが、光の窓に吸い込まれた瞬間、音もなく完全に消滅したのだ。
「な、なに!? 今、消えたぞ!?」
「魔法の袋でもねぇのに、何処へ行ったんだべ!?」
サンガとゴン爺が目を剥いて驚いた。
「実は、僕の100円ショップスキルには『不用品を下取り(リサイクル)して、買い物ポイントに還元する』っていうエコな機能がついてるんです。だから、その村のゴミ置き場の件……僕が全部回収(お掃除)しましょうか?」
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太郎達は、村人たちに案内されて村の外れの『ゴミ置き場』に移動した。
そこには、見るも無残な光景が広がっていた。
「ひぃぃ……近づくだけで肌がピリピリするだぁ……」
「死蟲機の酸が、周囲の木々をドロドロに溶かしてやがる。それにあの黒い木彫り……見ているだけで気分が……」
村人たちが遠巻きに震え上がり、屈強なサンガでさえ顔をしかめて後ずさっていた。
巨大な金属質な蟻の死骸からは緑色の毒々しい酸が漏れ出し、不気味なトーテムポールのような木彫りからは、黒い怨念のようなオーラがゆらゆらと立ち上っている。
ファンタジー世界の住人からすれば、まさに触れることすら躊躇われる地獄絵図である。
しかし、現代日本の過酷なコンビニバイトを生き抜き、日々様々なゴミ処理をしてきた太郎の目には、全く違うふうに映っていた。
(うわっ、生ゴミと粗大ゴミと危険物が全然分別されずに山積みになってる……。バックヤードでこんな適当なことやったら、店長に胸ぐら掴まれてブチ切れられるやつだ……)
太郎は手で鼻をつまみながら、職業病のようについため息をついた。
「で、では……お掃除(一括回収)いきますね! スキル起動、『リサイクル回収・最大出力』!!」
太郎が電子ボードを操作すると、ゴミの山の前に、先ほどの何十倍もある巨大な光のブラックホールが現れた。
ズォォォォォォォォォォォン!!
強烈な吸引力が生まれ、ゴミの山が光の渦へと吸い込まれ始める。
「なっ!?」
シュンッ!!
それは、本当に一瞬の出来事だった。
神話級の残骸であるネクロアントも、怨念の詰まった呪われたトーテムも、ドロドロに溶けた倒木の山も。
すべてが光の窓に吸い込まれ、綺麗さっぱり、塵一つ残さず消滅してしまったのだ。後に残ったのは、綺麗に整地された赤土の地面だけだった。
「うぉぉぉぉぉっ!? 一瞬で消えたぞ!?」
「あの呪いの山が……跡形もなく……!!」
「すっげぇぇ! 太郎様、あんた本物の神の使いだぁぁ!! 万歳!!」
見ていたポポロ村の住民達とサンガの歓声が、村中に爆発的に響き渡る。
「へへっ、燃えるゴミも粗大ゴミも呪物も、ボタン一つですからね」
太郎がドヤ顔で鼻高々に笑った、その束の間だった。
《キュイキュイイイーン♪ キュイイーン♪ キュイキュイキュイイイン♪》
突如、太郎の脳内に、地球のパチンコ屋で大当たりを引いた時のような、耳をつんざく爆音が鳴り響いた。
「うおっ!? なんだ!? うるせえっ!!」
《ジャンジャンバリバリィ! ジャンジャンバリバリィ! 神話級アイテム『死蟲王の残骸』および『特級呪物・怨念の木彫り』の超レア回収を確認しましたァ! 特別ボーナス・エコポイント、35,000Pを加算しまぁす♪ 現在の残高、36,500P!! 毎度ありがとうございましたー♪》
「さ、三万五千ポイントォ!? そんなに!? 100円ショップの菓子コーナー丸ごと買い占められるじゃねーかよ!」
太郎は驚きのあまり叫んだ。
「……いや、その前に! お前、100円ショップのAIアプリのくせに、システム音が完全にパチンコ屋の店長になってんだけど!? 賢者君、お前ふざけてんのか!?」
しかし、太郎のその的確なツッコミは、村人たちの割れんばかりの歓声と、脳内で鳴り止まない軍艦マーチとパチンコの爆音に、虚しくかき消されていくのだった。
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