EP 4
100円のおはじきと、トライバードの巨大卵
ポポロ村に、爽やかな朝がきた。
小鳥のさえずりと、どこかの家から漂う朝餉の匂い。窓から差し込む陽光が、木造りの部屋を優しく照らしている。
太郎が女神ルチアナの健康サンダルキックによってこの世界に落とされ、ポポロ村で暮らし始めてから、早くも一週間が経っていた。
「ふわぁぁ……」
太郎は大きなあくびをして、寝ぼけた顔を擦りながらベッドから起き上がった。
サンガ村長の厳命により、夜9時強制消灯という超健康的な生活を送っているおかげで、コンビニ夜勤時代の万年寝不足はすっかり解消されていた。
「さて……今日は……」
ガチャ。
自室の扉を開け、太郎は木製の洗面台の方に向かった。
パシャパシャッ。
水桶に貯めてあった、地下から汲み上げた冷たい井戸水で顔を洗う。肌を刺すような冷たさが、心地よく眠気を覚ましてくれた。
パタパタッ……。
そこへ、小気味の良い、可愛らしい足音が近づいてきた。
「太郎さん! おはようございます!」
エプロン姿のサリーが、満面の笑みで元気よく挨拶をしてきた。亜麻色の髪が朝の光に透けてキラキラと輝いている。朝から眼福である。
「……おはよう、サリー」
太郎は、備え付けのタオルで濡れた顔を拭きながら答えた。
ちなみにこのタオルは、太郎が100Pを消費して召喚した『100均の吸水マイクロファイバータオル』だ。異世界のゴワゴワした麻布とは比べ物にならないフワフワの肌触りに、サリーもすっかり夢中になっている代物である。
「ちょっと待ってて下さいね! 今、朝食を作りますから! 太郎さんは、いつもの『トライバードの卵』の調達をよろしくお願いしますね!」
サリーはパタパタと手を振って、台所に向かって行った。
そうだ、朝食だ。
現在、居候の身である太郎の朝の重要な任務。それは、サリーの家の裏庭で飼われている家畜魔獣『トライバード(三徳鳥)』から、朝食用の卵を拝借してくることである。
太郎は気合いを入れ直し、裏庭へと向かった。
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裏庭に出ると、そこには木柵で囲われた立派な小屋があった。
太郎が近づく気配を察知し、小屋の中から体格の良いトライバードがバサッと翼を広げて飛び出してきた。七面鳥とダチョウを掛け合わせたような、筋骨隆々の鳥である。
コケッエエエ!!
(また来たんかい! ワレェ!! 毎朝毎朝、ワシの卵を狙いに来よってからに!!)
バサッ、バサッ!
太郎は魔獣語など分からない。分からないはずなのだが、なぜかその鋭い眼光と威嚇のステップから、関西弁のガラの悪いヤンキーのような声が脳内に直接響いてくる気がした。
「ったく……大人しく卵をよこせっての。こっちだって毎朝命懸けなんだよ」
太郎はポケットから、あらかじめ電子ボードで召喚しておいた秘密兵器を取り出した。
それは、地球の子供たちが遊ぶ『100均のガラスのおはじき(金魚柄ミックス)』である。
太郎は、太陽の光を反射しやすい角度を計算し、おはじきをポンッと遠くへ投げた。
キラッキラッ☆
朝日に反射した色とりどりのガラス玉が、放物線を描いて地面を転がる。
コケッエエエ!?
(な、なんやアレ!? めっちゃキラキラしてるぅぅぅ!! ワシのコレクションにするんじゃあああ!! ゲットするぜええ!!)
トライバードは、さっきまでのヤンキーモードを一瞬で忘れ、転がる光るおはじき目掛けて猛ダッシュで突っ込んで行った。
そう、この世界でもカラスや一部の鳥の習性は同じ。彼らは『光るもの』に目がないのだ。
「ふっ! 所詮は鳥頭だ……ちょろいぜ。今のうちに……」
太郎はトライバードがガラス玉に夢中になっている隙に、小屋に忍び込み、ワラのベッドの上にあるダチョウほどもある巨大な卵を素早く両手で抱え込んだ。
「よし、ミッションコンプリート!」
太郎は卵を落とさないように慎重に、かつ小走りで家に戻った。
背後から、我に返ったトライバードの『オノレェ! 人間メェ! また騙しよったな!』という怨念じみた鳴き声が聞こえたような気がしたが、気にしないことにした。
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バタンッ!
太郎が扉を閉めて台所に戻ると、すでに太陽芋を煮る甘く香ばしい匂いが漂っていた。
サンガ村長は朝早くから村の畑仕事や見回りに出ているため、姿は見えない。つまり、実質サリーと二人きりの朝である。
「あ、卵! ありがとうございます、太郎さん! 今日も無傷ですね!」
「うん、はい。アイツら、光るおはじきに弱くて助かるよ」
太郎はサリーに、ズッシリと重い巨大な卵を手渡した。
「ととっ……相変わらず大きいですね。じゃあ……せーっの!!」
ガンッ! パリッ!!
サリーは手慣れた様子で、料理用の小さな木のハンマーを使って分厚い殻にヒビを入れ、そのまま巨大な鉄のフライパンに中身を落とした。
ジュワアアアアアッ……!!
辺りに、濃厚な卵が焼ける食欲をそそる匂いが爆発的に広がる。
しばらくして、丸太を切って作った素朴な食卓に、豪華な朝食が並べられた。
ホクホクに仕上がった太陽芋の煮っ転がし、フライパンの半分を占めるトライバードの巨大目玉焼き、そして、ネタキャベツと『人参マンドラ』の新鮮なサラダだ。
「……そういえば、この人参マンドラって、収穫するの大変なんだって?」
太郎は、普通のニンジンに手足が生えたような奇妙な野菜を見つめて言った。
「そうなんですよ! 収穫しようとして土から引っこ抜くと、ギャーッ!って叫んで、二本足で猛ダッシュで逃げ出す厄介な野菜なんです」
太郎は数日前、家の裏畑でその『人参マンドラ』を追いかけるサリーの姿を目撃したことがある。
その時のサリーの走りは、尋常ではなかった。土煙を上げ、おそらく現代日本のオリンピックの短距離選手よりも遥かに速いスピードで、悲鳴を上げる人参を追い回し、見事なダイビングキャッチで捕獲していたのだ。
『闘気をちょっと足に込めれば、村の人間ならこれくらい普通ですよ? ふふっ』
捕獲後、息一つ乱さずに笑っていたサリーの笑顔を思い出し、超絶運動音痴の太郎は心底震え上がったものである。(アナステシア世界、住人のフィジカルやべぇ……)
「あ、太郎さん! サラダに『マヨハーブ』を付けますか?」
サリーが、籠の中から厚みのある不思議な緑の葉っぱを手に取った。
「ありがとう、サリー。うん、貰うよ」
太郎がマヨハーブを受け取り、先端をプチッと千切ってサラダの上に絞ると、切り口からトロリとした完璧な『マヨネーズ』が捻り出されてきた。
そう。この『マヨハーブ』を筆頭に、『ソイハーブ』『ケチャップ草』『醤油草』など、アナステシア世界には千切るだけで現代の調味料がそのまま出てくる謎の植物が自生しているのだ。
「……あの芋ジャージ女神、適当な仕事してるくせに、こういう食のインフラ整備だけは妙にしっかり作ってやがるんだよな」
太郎はマヨネーズの恩恵に与りながら、天上界のルチアナに呆れ半分の感謝を捧げた。
「では、冷めないうちに! 頂きます!」
「いただきます!」
太郎とサリーは手を合わせ、出来立ての朝食に箸(100均の竹箸)を伸ばした。
ふと窓辺に目をやると、外の柵越しに、こちらをジトォーッと睨みつけるトライバードと目が合った。
『その卵はうまいか? ワレェ……』という強い憎しみの視線を背中に浴びながらも、太郎の口に運んだ目玉焼きは最高に美味しかった。
今日もまた、少し不思議で騒がしい、太郎とサリーの充実した異世界スローライフの1日が始まるのだった。
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