EP 3
初めての親(?)孝行と、奇跡の湿布
ポポロ村、村長サンガの家――その土間。
「…………」
佐藤太郎は、固い板間の上で綺麗な正座をさせられていた。
先ほどの強烈なラリアットで二度目の気絶を経験した彼は、なんとか意識を取り戻したものの、目の前にそびえ立つ筋肉ダルマ(サンガ村長)の威圧感の前に、言葉を発することすらできずにいた。
サンガはドカッと丸太の椅子に腰掛けると、胸ポケットからポポロ村の特産品である紙煙草――『ポポロシガレット』を一本取り出し、咥えた。
カチッ! カチッ!
火打石式の古いライターを鳴らしているようだが、湿気っているのか、中々上手く火がつかないようだ。サンガの太い眉間にシワが寄る。
「えっと……サンガさん、どうぞ」
見かねた太郎は、静かにポケットから100均の『ターボライター』を取り出し、サンガの口元に近づけてボタンを押し込んだ。
ジッ……ボオォッ!
「む……これは!?」
青く鋭い炎が勢いよく噴き出したことに、サンガは思わず目を丸くした。
防風仕様のターボライターの炎は、ポポロシガレットの先端に一瞬で均一な火を灯した。
ふー……。
サンガが深く息を吐き出すと、紫煙が土間に充満する。
太郎の鼻腔をくすぐったのは、決して嫌なヤニの匂いではなかった。バージニア葉のような甘い干し草の香りに、バーレー葉めいたナッツの香ばしさが混ざった、上質な香りだった。
「良いタバコですね」
太郎は自然とそう口にしていた。
コンビニバイトの長きにわたるレジ業務でタバコの銘柄にはやたらと詳しくなっていたし、何より毎日嫌というほど喫煙所の灰皿清掃をさせられていたため、タバコの良し悪しには妙に鼻が利くのだ。
「分かるか? 太郎。ポポロシガレットはな、最初は蜜の甘い香りから始まって、次に森の木の香り、そして最後に陽薬草の爽やかな余韻が来る。これで1箱、銅貨5枚さ」
銅貨5枚。サリーから聞いた物価の感覚に照らし合わせれば、銅貨1枚が約100円……つまり1箱500円といったところか。日本の一般的なタバコとそう変わらない値段だ。
「それで、佐藤太郎。お前は……」
サンガが、紫煙を纏わせながら本題に入ろうとした、その時だった。
「あ、あの! 僕が村の外で倒れていた所を、助けて頂いたそうで! 本当に、本当にありがとうございました!!」
太郎は正座の状態から勢いよく立ち上がり、腰を90度に曲げて深く頭を下げた。ラリアットの件はさておき、命の恩人であることには違いないのだ。
「ガッハハハ! 気にするな! 困ってる奴がいたら助けるのは当然だ!」
サンガは先ほどの殺気が嘘のように、豪快に笑い飛ばした。
そこへ、奥の部屋からサリーが木製のお盆を手に出てきた。お盆の上には、陽薬草で淹れたという温かい薬草茶が乗っている。
「もう! お父さん、またタバコ吸ってる! 吸いすぎよ!」
サリーはお盆をテーブルにコトッと置くと、充満する紫煙を鬱陶しそうに手でパタパタと振り払った。
「だから、お父さんの部屋に行くのは好きじゃないのよ。可愛い服に嫌な匂いがついちゃうじゃない!」
(……タバコ、吸わなくて本当に良かった)
太郎は内心、過去の自分を褒め称えた。可愛い女の子に臭いと言われるほどダメージの大きいことはない。
「それでね、お父さん。太郎さんの事なんだけど、異国から来たばかりで行く所もないらしいのよ。ねぇ、良いでしょ? お父さんの権限で、ポポロ村に住んでもらっても……」
サリーの言葉に、サンガは太い腕を組み、「ふむ」と唸って考え込んだ。
「まぁ……良いだろう。困ってる時はお互い様だからな!」
「やったぁ! 流石、私のお父さんね!」
サリーは花が咲いたように『にぱっ』と笑った。
太郎もすかさず頭を下げる。
「ありがとうございます、サンガ村長!」
「うむ! だが甘やかしはせんぞ! 村の用務員として、ビシバシ働いて貰うからな!」
サンガは高らかに宣言した。
――かくして、太郎は『過酷なワンオペ夜勤のコンビニバイト』から『ポポロ村の住み込み用務員』へと劇的な転職を果たした。少なくとも、ブラック企業の店長よりはこの筋肉村長の下で働く方が100倍マシに思えた。
「じゃあお父さん! 太郎さんは『私の家』で一緒に住むからね!」
サリーは、なんの悪びれもなく、極めて爽やかな笑顔でそう言い放った。
「「…………ええっ!?」」
太郎とサンガの驚愕の声が、完璧にハモった。
「だってぇ、今のポポロ村にすぐ住める空き家なんてないしぃ。お父さんの家に住ませたら、太郎さんにタバコの匂いが付いちゃうじゃないですか」
「い、いかん!! 若い未婚の男女が、同じ屋根の下で暮らすなど! そんなハレンチなことが許されるかあああ!!」
激高したサンガが、娘の貞操の危機に立ち上がろうと腰を浮かせた、その瞬間――。
ピッキイイイイイイインッ!!!
「あ、アイタタタタタタタタタタッ!! こ、腰があああああっ!?」
サンガは両手で腰をガッチリと押さえ、生まれたての子鹿のように膝から崩れ落ちた。
「お父さん!? どうしたの!?」
サリーが血相を変えて駆け寄る。
「うぐぐ……い、痛ぇ……。この間、トライバードの小屋を建てる時に、少し重い丸太を持ち上げてやらかしたのが……今、キタ……」
サンガは脂汗を流しながら苦悶の表情を浮かべた。
『トライバード(三徳鳥)』とは、アナステシア世界の家畜魔獣だ。七面鳥より大きく、羽毛は衣服に、肉や卵は食料に、糞は肥料になるという文字通り「三徳」な鳥である。
「腰痛!? ええっと、どうしよう……! 私の回復魔法は、切り傷とかには効くけど、慢性的な腰痛には効きにくいのよねぇ……! 魔力をずっと流しっぱなしにしないといけないから、私の魔力量じゃすぐに尽きちゃうし……!」
サリーは回復魔法の杖を握りしめながら、涙目でパニックになっている。
(……何とかならないかな? そうだ、100円ショップのスキルの中に、アレがあったはず!)
太郎は瞬時に虚空の電子ボードを呼び出し、『救急・衛生用品』のカテゴリーをスクロールした。
「あった!」
100Pを消費し、見慣れた緑色のパッケージを召喚する。
「これなら! サンガさん、ちょっと背中失礼しますよっと」
太郎はパッケージを開け、中から薄茶色の『冷感湿布』を取り出した。
透明なフィルムをペリッと剥がした瞬間――。
「な、なんだ!? このツンとくる不思議な匂いは!?」
「強烈な薬草の匂い……?」
サンガとサリーが、メントールの強烈な香りに目を白黒させる。
太郎は構わず、サンガの極太の腰の筋肉の炎症部分に、湿布をピタッと貼り付けた。
「むおっ!? な、なんだこれはぁっ!?」
サンガの身体がビクンと跳ねた。
「肌に……氷の精霊が張り付いたような極寒の冷たさ……! だが、それが奥深くまで染み渡るぅぅ……!!」
「どうですか?」
「痛みが……引いていく! 魔法でも治らんかった、鉛のように重い痛みが、スーッと溶けていくぞ!! なんだこの神の奇跡のような布は!!」
サンガは腰をさすりながら、信じられないものを見る目で太郎を見上げた。
「た、太郎さん! これはいったい何の魔法道具ですか!?」
サリーが目をキラキラさせて尋ねてくる。
「うん、『湿布』って言ってね。筋肉が炎症を起こしているところに貼ると、スースーして痛みが引くようになってるんだ」
「す、すごおおおい!! 太郎さんって本当に何でも出来るのね!」
サリーは両手を上げてピョンピョンと跳ねて喜んだ。
「何でもってわけじゃないけど……出来る限りの事はするさ」
太郎が照れ臭そうに鼻の頭を擦った、その時だった。
《 ピロピロリン♪ 『親孝行』『善行』を確認しました! 500Pを加算します♪ 現在の残高1100P。ご利用ありあとざっしたー! 》
脳内に、どこかで聞いたことのある深夜のコンビニバイトのようなダルそうな合成音声が響いた。
(……いや、親孝行って。サンガさんと僕は親子じゃないんだけど。それに最後の『ありあとざっしたー』って、どこのベテラン深夜バイトだよ、賢者君……)
太郎は内心で激しくツッコミを入れた。
――それからしばらくして。
湿布の鎮痛成分が完全に浸透したサンガは、ゆっくりと立ち上がれるほどに回復していた。
「うぅ~……凄まじい効き目だ。すっかり痛みが引いたわい!」
「良かったわぁ、お父さん! 太郎さんのお陰ね!」
「いやあ……僕はただ湿布を貼っただけだし」
太郎が謙遜すると、サンガは一つ大きな深呼吸(コホンッ!)をして、居住まいを正した。
「……あー、太郎。サリーの家で、一緒に住む事は……許可しよう」
「本当!? ありがとう、お父さん!」
サリーが満面の笑みで喜ぶ。
「ただし!!」
サンガは太郎をギロリと睨みつけ、極太の指を突きつけた。
「一緒の部屋に寝るんじゃねぇぞ! サリーの部屋には鍵をかける! そして、消灯は午後9時だ! 1秒でも過ぎたら俺が巡回に行くからな!!」
「う、うん……そりゃあ未婚の男女だし分かるけど……9時に寝るの!? 太郎さんと夜遅くまでお話出来ないじゃない!」
サリーは目をぱちくりさせ、ぷんすかぷんと頬を膨らませた。
「当然だ!! 不純異性交遊は断固として許さん!!」
サンガは鼻息を荒くして、断固たる決意を表明した。
「分かりました。僕を拾ってくれた上に、住む場所まで……本当にありがとうございます、サンガさん」
太郎は改めて、深く一礼した。
「……ふん! 湿布の礼だ。勘違いするな」
サンガは顔を背け、そっぽを向きながら短く答えた。どうやらツンデレ気味な筋肉らしい。
「これからよろしくね! 太郎さん!」
ドンッ、と。
またしても、サリーが太郎の腕に嬉しそうに抱きついてきた。柔らかな感触が腕に伝わり、太郎の心臓が早鐘を打つ。
「あぁ……よろしくな、サリー」
太郎は真っ赤になりながらも、心からの笑顔で答えた。
――かくして。
芋ジャージの女神ルチアナの健康サンダルキックによって異世界へと蹴り落とされた、元・社畜アルバイターの佐藤太郎。
彼は100円ショップのスキルを武器に、超絶可愛い村娘(ただし父親は過保護な筋肉ダルマ)との、ドキドキの同棲生活(※消灯9時)をスタートさせるのだった。
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