EP 2
回復魔法と苺飴、そして筋肉村長
ポポロ村、村長サンガの家――その一室。
「うっ……」
微かな寝息を立てていた太郎は、重い瞼をゆっくりと開けた。
見知らぬ木造の天井。どこからか微かに土と草の匂いが漂ってくる。横たわっているのは、質素だが清潔なシーツが敷かれたベッドの上だった。
身体を起こそうとした、その時。
「き、気が付かれましたか!?」
バタバタバタッ! と慌ただしい足音と共に、一人の少女がベッドサイドに駆け寄ってきた。
亜麻色の髪を肩の辺りで切り揃えた、可愛らしい女の子だ。大きなエプロンを身につけており、どこか素朴な村娘といった風情がある。
歳は二十歳くらいだろうか。太郎と同い年くらいに見える。
「……ここは? 君は誰?」
太郎が状況を把握しきれずに尋ねると、少女はなぜか顔を真っ赤にして直立不動の姿勢をとった。
「――わ、私の名前は、サリーと言います! 50歳です! あ、違いますそれはお父さんの年齢だった! わ、私は二十歳です! 趣味は貯金で、恋人は絶賛募集中です! ああっ! 私はいったい何を言ってんだろ!? え、えっとえっと……あ、貴方は?」
サリーは極度にテンパりながら、身を乗り出して捲し立てた。
(ん? 貯金? 恋人? そこまでは聞いていないんだけどな……)
突っ込みどころ満載の自己紹介に、太郎の緊張が少しだけ解ける。
「ハハッ……僕の名前は太郎。佐藤太郎だ」
太郎は少し微笑みながら答えた。
(うん……慌てん坊だけど、悪い子じゃなさそうだ)
「サトウ? タロウ? ポポロ村では聞かないお名前ですぅ。も、もしかして異国の方ですか!?」
サリーは不思議そうに小首を傾げた。
「異国……いや、どう言ったら良いんだろう。僕は『日本』っていう国から来たんだ。女神ルチアナっていう、芋ジャージ姿のヤバい女神に謎のスキルを貰って、気付いたら森で倒れてて……」
太郎は頭を掻きながら正直に答えた。
ここで妙な嘘をついても仕方がないし、現代日本の記憶しかない彼に、この世界の気の利いた嘘などつけるはずもなかった。
「ふぇぇ!? い、芋ジャージ!? って何ですか!? ふ、不敬ですぅ! ルチアナ様はあれが『伝説の聖衣』だと言ってて……村の教会の女神像にも掛けられていますし! ……え? それに!? 創造神のルチアナ様から直接スキルを!? ニホン!?」
サリーは目を丸くし、興奮した様子で早口になった。
(おいおい……やりたい放題だな、あの駄女神……女神像にジャージ着せてるとか正気かよ)
太郎は、心の中で深い深いため息を付いた。
ここポポロ村は、辺境の長閑な村であり、外の世界の世俗には疎い。
神様から直々にスキルを授かった人間など、おとぎ話や神話の中だけの存在なのだ。
「太郎さん! ルチアナ様からどんなスキルを貰ったんですか? 私、すっごく知りたいですぅ!」
サリーは上目遣いで、小悪魔のように身を乗り出してきた。
(か、可愛い……)
太郎は内心でガッツポーズを決めながら、意識を集中させて電子ボード(スキル画面)を開く。
「えっと……そうだなぁ、何が良いかな?」
太郎は半透明のパネルを操作し、カテゴリーから『お菓子類』を選択。100Pを消費して【イチゴ果汁入りキャンディー(個包装・大袋)】を選んだ。
《ピッ♪》
《お買い上げありがとうございます。100P消費、残高600Pです》
頭の中に馴染み深いコンビニのレジ音が響くと同時、空中に現れた光の渦から、ポンッと大袋のキャンディーがベッドの上に落ちてきた。
「す、すごい! 本当に何もない空間から物が出た! 魔法の鞄も無いのに!」
サリーは興奮して両手を上げた。
このアナステシア世界において、無詠唱かつ無媒介で物質を創り出すスキルなど、伝説級のユニークスキルに等しい偉業である。それが100均の飴玉だとは誰も思うまい。
「ほら、サリー。甘くて美味しいから、これ」
パリパリッ。
太郎は、大袋の中から個包装の苺飴を一つ取り出し、セロハンの包みを開けてサリーの小さな掌に手渡した。
「ひゃっ!? こ、この透明でツルツルした魔法の紙は何ですか!? それに、こんなに綺麗な真ん丸の赤い宝石……私、初めて見ますぅ……!」
サリーは本物の国宝級の宝石を扱うような手つきで、震えながら苺飴を受け取り、恐る恐る口に運んだ。
「んんっ!? あ、甘ぁい……! なにこれ、美味しいぃぃっ♡」
サリーの瞳が、ぱぁっと、花が咲いたように輝いた。
砂糖が極めて貴重なこの異世界で、現代日本の香料と水飴がたっぷりと詰まったキャンディーの破壊力は凄まじい。
彼女は幸せの絶頂のような顔をして、口の中で苺飴をコロコロと転がしている。
(うん……やっぱり、超可愛い)
太郎は再び、心の中でガッツポーズをした。
「喜んでもらえて良かった。それで……サリー。ここは一体何処で、どんな場所なんだい?」
「はい! ここはポポロ村って言って、ルナミス帝国の領地にある人口五百人くらいの村です! 温暖な気候で、主に『太陽芋』や『ネタキャベツ』を栽培しています! 太陽芋はすっごく甘々で! イモッカって言うお酒にもなって、とっても美味しいらしいんですけど! あ、私はまだお酒は飲めませんけど!」
サリーは頬を緩ませたまま、飴を舐め舐めスラスラと答えた。
ちなみに、太陽芋はさつまいもとじゃがいもを掛け合わせたような万能芋であり、イモッカは焼酎とウォッカが合わさったような度数37度の強烈な庶民の酒である。
「太陽芋……芋か……イモッカね。ちなみに、その『ネタキャベツ』ってのは何かな?」
「ネタを喋るキャベツです。収穫しようと包丁を向けると『ま、待ってくれぇ! 隣のおじさん夫婦のドロドロの不倫ネタを話すから命だけは~!』って命乞いをしてくる愉快なキャベツです♡」
サリーは無邪気な笑顔で、とんでもなく恐ろしいことを言った。
ちなみに、ネタキャベツが持っているネタ(ゴシップ)がエグくて貴重なほど、栄養価が高く美味しくなるらしい。
「そ、そうなんだぁ……」
太郎は、そんな人間の業が詰まった野菜を食べたくないと思いつつ、冷や汗をかきながら相槌を打った。
「あ、太郎さん! そこ! 腕に切り傷がありますね!」
不意に、サリーが太郎の右腕を指差した。
「ん……ああ、これか。森で角の生えた狼みたいな魔獣から必死に逃げてる時に、草や木の枝に引っ掛けたんだな」
太郎が言うと、サリーは部屋の隅に立てかけてあった白い杖を手に取った。
聖樹の若枝で出来ているというその杖は、彼女がお小遣いを必死に貯めて、ゴルド商会のキャラバンから金貨五枚(太郎の感覚で言えば、およそ五万円)で購入した自慢の品である。
「サリーさん? な、何を?」
太郎が不思議そうな顔をする。
「サリーで良いですよ! 私、こう見えても教会の見習いで、回復魔法が使えるんです!」
サリーはツンと鼻を高くして、誇らしげに胸を張った。
「回復魔法……! サリーは魔法が使えるんだ、凄い!」
サリーは杖を太郎の右腕に掲げ、目を閉じて詠唱を始めた。
太郎はサリーの横顔を見つめる。さっきまでの素朴でテンパっていた顔ではない。神聖な力を操る、聖職者のような真剣な表情だ。
「聖なる光よ……ヒール!」
サリーの杖の先端から、七色の淡い光が溢れ出した。
太郎の右腕が、お湯に浸かったようにじんわりと温かくなる。
「うお、気持ちいい……すげぇ、本当に魔法なんだ! 100均の絆創膏やマキロンなんか目じゃないな。これ、日本の病院や製薬会社が見たら発狂するぞ……」
光が収まると、太郎の腕にあった引っ掻き傷はみるみると塞がり、傷痕一つ残さず綺麗に消え去っていた。
「……うん! これで良し! 他に痛い所は無いですか? 私、全部治しちゃいますよ!」
サリーは杖を振り回し、やる気満々で宣言した。
「えっと、もう無いかな。すっかり良くなったよ、ありがとう」
太郎は自分の身体をペタペタと触って確認しながら答える。
「そうですかぁ……」
サリーは少しだけ残念そうな顔をした。
未知の激ウマお菓子(苺飴)を貰った分、得意の回復魔法でもっと太郎の役に立ちたかったのだろう。日本の100均お菓子の恩恵パワー、恐るべしである。
「あ! そうだ! 太郎さん! 私の父、サンガ村長に会って下さい!」
サリーは何かをパァッと思いついたように言った。
「サンガ村長? サリーのお父さん?」
「はい! 太郎さんが村の外の森の入り口で倒れていたのを、私とお父さんで見つけて、ここまで運んだんです!」
「そうだったのか。命の恩人じゃないか。わかった、すぐに挨拶させてよ」
太郎はベッドから立ち上がり、軽く伸びをした。
「では、居間に案内しますね♡ 太郎さん!」
――ムニュッ。
太郎の右腕に、彼女の豊かな柔らかさが容赦なく押し当てられた。
「おわっ!?」
太郎は顔を真っ赤にしながら、元気いっぱいのサリーに腕を絡められ、引っ張られるようにして部屋を飛び出していった。
ガチャ!
太郎達が居間に出ようと扉を開けた、その瞬間だった。
そこには、筋骨隆々で、なぜか屋内なのに黒いサングラスをかけた、まるでプロレスラーのような巨漢の親父が立っていた。
「あ、お父さん!」
サリーは、親しみを込めて言った。
「初めまして。随分と……うちの娘と『仲良くなった』んですなぁ……?」
ピキッ……ピキピキ……ゴオオオオオオッ!!
サンガ村長の極太の身体から、赤黒いオーラのような闘気が滲み出てきた。
腕に抱きつく愛娘と、見知らぬ(しかも怪しい服装の)若者。父親の脳内で何かがショートした音だった。
「お、お父さん!?」
圧倒的な殺気に呑まれ、太郎は思わず禁断のワードを口走ってしまった。
「……誰が、お義父さんじゃなああああい!!」
ドガガガガアアアン!!
サンガ村長の放った、村長レベルを遥かに超越した渾身のラリアットが、太郎の首元にクリーンヒットした。
「ひ、ヒィィィッ!」
太郎は白目を剥き、口から盛大に泡を吹いて、再び床に崩れ落ちた。
せっかく回復魔法で全快したばかりなのに、開始数分で再び気絶に追い込まれた佐藤太郎。
果たして彼の異世界スローライフ(?)の運命は!? どうなるのか!?
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