EP 2
はじめての異世界人と、イチゴ味のキャンディー
ポポロ村、サリーの家。
「うっ……」
太郎は、寝かされていたベッドからゆっくりと起き上がろうとした。
「き、気が付かれましたか!?」
見知らぬ若い女性が太郎に駆け寄ってきた。
亜麻色の髪に、蒼いシスター風の服、可愛いらしい女性だ。
歳は二十歳か? 同い年くらいだろうか。
「……ここは? 君は誰?」
「――わ、私の名前は、サリーと言います! 二十歳です! 趣味は貯金で、恋人は募集中です! あ! 何を言ってんだろ! わ、私!? えっとえっと……あ、貴方は?」
サリーは極度にテンパりながら、身を乗り出して答えた。
貯金? 恋人? そこまでは聞いていないんだけどな。
「ハハッ……僕の名前は太郎。佐藤太郎だ」
太郎は少し微笑みながら答えた。
うん……悪い子じゃなさそうだ。
「サトウ? タロウ? ポポロ村では聞かないお名前ですぅ。も、もしかして異国の方ですか!?」
サリーは不思議そうに首を傾げる。
「異国……いや、どう言ったら良いんだろう。僕は日本っていう国から来たんだ。女神ルチアナっていう、芋ジャージ姿のヤバい女神にスキルを貰って……」
太郎は頭を掻きながら正直に答えた。
ここで嘘をついても仕方がないし、隠し通せる自信もない。
「ふぇぇ!? い、芋ジャージ!? って何ですか!? ふ、不敬ですぅ! ルチアナ様はあれが伝説の聖衣だと言ってて……村の教会の女神像にも掛けられていますし! え? それに!? 創造神のルチアナ様にスキルを!? ニホン!?」
サリーは興奮した様子で早口になった。
(おいおい……やりたい放題だな、あの駄女神。女神像にジャージって……絶対、二本線の入ったエンジ色のやつだろ……)
太郎は、心の中でため息をついた。
ここポポロ村は辺境の長閑な村であり、外の世界の世俗には疎い。
神様から直々にスキルを授かった人間など、おとぎ話の中だけの存在なのだ。
「太郎さん! ルチアナ様からどんなスキルを貰ったんですか? 知りたいですぅ!」
サリーは上目遣いで、小悪魔のように身を乗り出してきた。
か、可愛い……。
太郎は内心でガッツポーズを決めながら、電子ボード(スキル画面)を開く。
「えっと……そうだなぁ、何が良いかな?」
太郎はカテゴリーから『お菓子類』を選択し、100Pを消費して【イチゴ果汁入りキャンディー(個包装)】を出した。
《ピッ♪》
《お買い上げありがとうございます。100P消費、残高900Pです》
頭の中に馴染み深いレジ音が響くと同時、空中に現れた電子ボードから、ポンッと大袋のキャンディーが落ちてきた。
「す、すごい! 本当に何もない空間から物が出た!」
サリーは興奮して両手を上げた。
このアナステシア世界において、無詠唱で物質を創り出すスキルは、伝説級のユニークスキルに等しい。
「ほら、サリーさん。甘くて美味しいから、これ」
パリパリッ。
太郎は、大袋の中から個包装の苺飴を一つ取り出し、セロハンの包みを開けてサリーに手渡した。
「ひゃっ!? こ、この透明でツルツルした魔法の紙は何ですか!? それに、こんなに綺麗な真ん丸の宝石……私、初めて見ますぅ……!」
サリーは包装をつけたまま、苺飴をそのまま食べようとした。
「あ、違う違う。こうやって開けるんだよ」
太郎は慌てて飴を取り上げ、ツルツルとした包装を素早く剥いてみせた。
「ほら、これを……」
太郎は、サリーに渡そうとした、だが……その時だった。
「は、はい! あーん……」
サリーは、自ら口を開けた。
「えぇっ!? 僕が食べさせるの!? (こんな事は、20年間生きてきて初めてだ! )」
太郎は、顔を赤らめながら、サリーの口に苺飴を入れた
「んんっ!? あ、甘ぁい……! 美味しいぃぃっ♡」
サリーの瞳が、ぱぁっと、花が咲いたように輝いた。
砂糖が貴重なこの世界で、現代日本の香料と甘味が詰まったキャンディーの破壊力は凄まじい。
彼女は幸せの絶頂のような顔をして、苺飴を口の中で転がしている。
うん……やっぱり、可愛い。
太郎は再び、心の中でガッツポーズをした。
「喜んでもらえて良かった。それで……サリー。ここは一体何処で、どんな場所なんだい?」
「はい! ここはポポロ村って言って、ルナミス帝国の領地にある人口五百人くらいの村です! 温暖な気候で、太陽芋やネタキャベツを栽培しています! 太陽芋は甘々で! イモッカって言うお酒にもなって美味しいらしいんですけど! あ、私は飲めませんけど!」
サリーは頬を緩ませたまま、スラスラと答えた。
ちなみに、太陽芋は、さつまいもとじゃがいもの掛け合わせたような芋であり、イモッカは焼酎とウォッカが合わさった度数37度の庶民の味方の酒である。
「太陽芋……芋か……イモッカ……。ネタキャベツってのは何かな?」
「ネタを喋るキャベツです。収穫する際に『ま、待ってくれぇ! 隣のおじさん夫婦の不倫ネタを話すから命だけは〜!』って命乞いをしてくるキャベツです♡」
サリーは無邪気な笑顔で恐ろしいことを言った。
ちなみに、ネタキャベツが持っているネタ(ゴシップ)が貴重なほど、栄養価が高く美味しくなるらしい。
「そ、そうなんだぁ……」
太郎は、聞いて得するネタなのかどうか疑問に思いつつ、冷や汗をかきながら相槌を打った。
「あ、太郎さん! そこ! 腕に切り傷がありますね!」
サリーが太郎の右腕を指差した。
「ん……ああ、これか。魔獣から必死に逃げてる時に、草や木の枝に引っ掛けたんだな」
サリーは、部屋の隅に立てかけてあった白い杖を手に取った。
聖樹の若枝で出来ているというその杖は、彼女がお小遣いを必死に貯めて、ゴルド商会のキャラバンから金貨五枚(太郎の感覚で言えば、およそ五万円)で購入した自慢の品である。
「サリーさん? な、何を?」
太郎が不思議そうな顔をする。
「サリーで良いですよ! 私、こう見えても回復魔法が使えるんです!」
サリーはツンと鼻を高くして胸を張った。
「回復魔法……サリーは魔法が使えるんだ、凄い!」
サリーは杖を太郎の右腕に掲げ、詠唱を始めた。
太郎はサリーの横顔を見つめる。さっきまでの素朴でテンパっていた顔ではない、聖職者のような真剣な表情だ。
「聖なる光よ……ヒール!」
サリーの杖から、七色の淡い光が溢れ出した。
太郎の右腕がじんわりと温かくなる。
「気持ちいい……すげぇ、本当に魔法なんだ! 100均の絆創膏や傷薬なんか目じゃないな。これ、日本の病院や製薬会社が見たら発狂するぞこりゃ」
光が収まると、太郎の腕にあった傷口はみるみると塞がり、傷痕一つ残さず綺麗に消え去っていた。
「……うん! これで良し! 他に痛い所は無いですか? 私、全部治しちゃいますよ!」
サリーは杖を振り回し、やる気満々で宣言した。
「えっと、もう無いかな」
太郎は自分の身体をペタペタと触って確認しながら答える。
「そうですかぁ……」
サリーは少しだけ残念そうな顔をした。
苺飴の美味しさに感動した分、回復魔法でもっと太郎の役に立ちたかったのだろう。
日本の100均お菓子のパワー、恐るべしである。
「あ! そうだ! 太郎さん! 私の父、サンガ村長に会って下さい!」
サリーは何かをパァッと思いついたように言った。
「サンガ村長? サリーのお父さん?」
「はい! 太郎さんが村の外で倒れていたのを、私とお父さんでここまで運んだんです!」
「そうだったのか。わかった、挨拶させてよ」
太郎はベッドから立ち上がった。
「では、案内しますね♡ 太郎さん!」
――ムニュッ。
太郎の腕に、彼女の豊かな柔らかさが容赦なく押し当てられる。
「おわっ!?」
太郎は顔を真っ赤にしながら、元気いっぱいのサリーに引っ張られるようにして部屋を飛び出していった。
ガチャ!
太郎達は、家を出ようと扉を開けた。
……そこには、 【筋肉】があった。
太郎の目の前には、筋骨隆々の、サングラスをかけた強面の筋肉ダルマの親父が立っていた。
「あ、お父さん!」
ムニュッ!
サリーは、太郎の腕を親しみを込めて、抱きつきながら言った。
太郎の腕に再び柔らかい感触が押し付けられ、脳の処理が完全にバグった。
「初めまして。随分と娘と仲良くなったんですなぁ」
ピキピキ……ゴオオオオ!?
サンガの身体から、赤黒い闘気が滲み出てきた。
「えっ……あ! ち、違うんです! お、お父さん!?」
太郎は、冷や汗をかきながらも、反射的に彼女と同じ地雷ワードを言ってしまった。
「誰っが! 貴様のぉっ! お義父さんじゃあああい!!」
ドガガガガアアアン!!
ドッコオオオン!!
「ひ、ヒィィィッ!」
サンガの怒りの赤黒い闘気の嵐が太郎を包みこんで、身体が、ギャグ漫画のように空高くカチ上げられていった。
異世界に来て二度目の理不尽な衝撃に、太郎の意識は再び深い闇へと落ちていった。
(……なんで異世界に来てまで、こんな目に遭うんだぁ!?)




