第一章 100円ショップの勇者
木造アパート二階の自室、六畳一間。
佐藤太郎、二十歳。
経済系大学に通う、ごくごく普通のコンビニアルバイトだ。
彼は悪夢の七十二時間の暗黒ワンオペバイトが終わり、コンビニの廃棄唐揚げ弁当と缶ビールで一杯やろうとしていた。
プシュッ!!
小気味よいプルタブの音がした。
「はぁ……ったく……今回はヤバかった。
何で僕が七十二時間もワンオペバイトをしなきゃいけないんだ」
ゴクッ、ゴクッ!
冷えたビールが、渇いた喉を一気に流れ落ちていく。
「ぷっはぁ〜! たまんないなぁ! さぁて唐揚げ唐揚げ」
太郎が、弁当の唐揚げに箸を伸ばそうとした時だった。
ブルウゥウウウーーーンンン!!
「ん? なんだ?」
太郎は缶ビールをテーブルの上に置いて、辺りを見渡した。
ドガガガガッシャアアアン!!
鼓膜を突き破らんばかりの衝撃音。
それと同時に、佐藤太郎の視界はあり得ない光景を捉えていた。
何と、木造アパートの【二階】の天井からトラックが突き破ってきた。
「な、何だとおおおおおお!?」
哀れ佐藤太郎。享年二十歳。
唐揚げ弁当を食べ損なった、儚いコンビニ社畜人生だった。
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天上界セレスティア。
荘厳な審判の場……ではなく、コタツ部屋だった。
「あ、そろそろ起きそうね」
女神ルチアナが、みかんの皮を剥きながら呟いた。
「う……ここは……」
太郎が意識を取り戻して、目の前にいる美女を見た。
ただし、芋ジャージ姿だったが。
「私の名はルチアナ。貴方達の言葉で言えば、神って所かしら」
ルチアナはみかんを食べながら言った。
「神様……そうか、僕は死んだのか……足はあるけどな」
太郎は自分の姿を確認した。
パーカーにジーンズにスニーカー。
太郎がいつも着ている普段着である。
「その通りよ。ちょっと待ってねぇ。
え〜っと……目薬目薬」
ルチアナは散らかったコタツ部屋の中からハンドバッグを手にし、中から目薬を取り出した。
「え?」
ルチアナは目に目薬を差した。
ルチアナの目から、嘘くさい一筋の涙が流れる。
「私は感動しました! 貴方が暴走トラックから、轢かれそうになっている猫を助けようとした! その気高き善行を!」
ルチアナの芝居がかった大根演技が光る。
何故か、天上から光が差し、荘厳な音も流れてきた。
「ね、猫!? トラック!? いやいや! 猫なんて助けてねぇよ!? 僕はトラックに潰されたんだ! アパートの二階から! トラックが突き破ってきて! あんなのありかよ!」
太郎は地団駄を踏みながら抗議した。
「え?」
ルチアナは不思議そうに、懐からクシャクシャのカンペを出した。
「いや、カンペに書いてあるから。仕事増やさないでくれる?」
ルチアナの美しい顔に、面倒臭えという文字が浮かんできそうだった。
「カンペって何だよ!」
太郎は今にもキレそうだ。
「あ〜はいはい。私ぃ、一度異世界転生って殺ってみたかったの♡ 最近流行ってるからさぁ」
ルチアナはケラケラと笑いながら、ガラポン抽選機を持ってきた。
「やっての文字の意味が違う! ふざけんなああ!」
太郎は青筋を立てながら抗議した。
「はい! テンポよく行くわよ! 貴方にはアナステシア世界に行ってもらうから。ガラポン回して、スキルを渡すから。私この後、福岡にライブを見に行くんだから、飛行機の時間に遅れたら困るし」
ルチアナは腕時計を見ながら言った。
「こ、こんな理不尽な事があるのかよ」
太郎は渋々ガラポンを回した。
ガラガラ。
「えっと……【100円ショップ】?」
太郎は当たりクジみたいな紙を読んで言った。
「え〜っと、100円ショップね……え〜っと、100円ショップの品が出せるスキルね」
ルチアナは手元から、エンジェルすまーとふぉんのAIアプリ賢者君を見ながら説明した。
「そ、それだけ!? 僕はケンカなんてした事ないし! 全属性魔法とか剣神スキルとかじゃないのかよ!?」
太郎は必死に掛け合った。
自分のこれからの人生が決まるのだ。当然の反応だ。
「そんなスキルは私の予算じゃ出せないのよ。それに100円ショップは使い方次第では、英雄や勇者にもなれる可能性を秘めてるのよ? ま、使い方次第だけどね♡」
ルチアナはエンジェルすまーとふぉんを見ながら、他人事のように言った。
「本当かよ……」
太郎は呆れ顔だ。
「じゃ! 佐藤太郎、異世界アナステシア世界に……」
ルチアナは太郎の後ろに、スタスタと歩いて立った。
「な、なに?」
太郎はひくつきながら、悪い予感がした。
「アナステシア世界に行ってらっしゃあああい!」
ルチアナは健康サンダルキックを、太郎の尻めがけてお見舞いした。
ドコォッ!
「いってぇ! てめぇぇぇ!!」
太郎は悪態をつきながら、ルチアナに中指を立てながら、アナステシア世界に蹴り落とされた。
ルチアナの「さぁ〜福岡で水炊き食べよっ♡」という声が、最後に聞こえた声だった。
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アナステシア世界、マンルシア大陸。
森。
「う……ここは……」
太郎は目を覚まし、起き上がった。
太郎は辺りを見渡した。
生い茂る木々。深い暗闇が広がっていた。
「えっと……まずはスキルだ。えっと、【100円ショップ】!」
太郎の前に電子ボードが現れた。
カテゴリーから選ぶことも、ワード検索することも、音声購入も可能だった。
太郎は説明欄を読んだ。
「何々、地球の100円ショップの品が出せます。100円って本気かよ……おっ、異世界転生初回ボーナスで1000Pか……じゃあとりあえず……」
太郎は100円ショップスキルから100P消費して、ステンレスの包丁を購入した。
ガタンッ……カランッカランッ……
ステンレス包丁が、何もない空間から出て、無造作に落ちてきた。
太郎は、刃渡り十数センチほどの包丁を拾って、しげしげと見つめる。
「100均の包丁なんて、薄いステンレスを打ち抜いただけのペラペラだぞ……果物は切れても、魔物の骨なんて斬れるわけがない」
太郎の言う通り、ゴブリンや魔獣に見つかれば、こんな安物包丁では負けるのは火を見るより明らかだ。
「とりあえず、水を探さないとな。それに人に会わないと」
太郎は当てもなく暗い森を歩き出した。
――しばらくして……
ぐぅぅ〜。
太郎の腹が鳴った。
「仕方ない。スキルで……」
太郎はスキルから300P消費して、焼き鳥の缶詰と500mlの水とターボライターを出した。
太郎は木の枝を集めて、焚き火をした。
パカッ。
太郎は缶詰を手で開けた。
ガツガツ。
太郎は黙々と焼き鳥を食べ始めた。
「水や食べ物が出せるってのはありがたいよなぁ」
パチッ、パチッ。
焚き火の中で木の枝が燃えている。
「グルルル……」
闇の茂みから、狼だろうか、頭に剣が生えた魔獣が出てきた。
サーベルウルフである。
「う、うわあああ!?」
太郎は飛び上がった。
「グルルル……」
サーベルウルフは唸り声を上げている。
「く、来るなぁ! 来るなよぉ!?」
太郎は一心不乱に包丁を振り回した。
サーベルウルフはお構いなしに、太郎に近づく。
「このままじゃ、殺られる!? そ、そうだ!! 制汗スプレー! 購入!」
太郎の脳裏に、コンビニの陳列棚で毎日見ていた『火気厳禁』のマークが閃いた。
太郎はスキル機能にある音声認識機能で100P消費し、制汗スプレーを出した。
「これなら!! 喰らえええ!!」
ブシュウウウウウウウウーーー!!
ゴオオオオオオオオオオ!!
太郎はサーベルウルフの顔面に向けて、制汗スプレーを噴射し、ターボライターで引火させた。
「ギャッ!? ギャウウウン!?」
サーベルウルフは顔面を燃やしながら、地べたを這いずり回って悲鳴を上げた。
獣の肉が焼かれる匂い、悪臭が太郎の鼻を突いた。
「う、うわあああああ!?」
太郎は、ただ必死に、その場から逃げ出した。
《ピッ♪》
太郎の頭の中に、まるでコンビニのレジのような機械音が鳴った。
《サーベルウルフの討伐を確認しました。お買い上げありがとうございます。討伐報酬として500P加算します。現在1000P♪》
「うるさい! うるさ〜い! はぁっ、はぁっ」
太郎は逃げることに必死だった。
サーベルウルフを倒した?
いや、もし仲間がいたらどうするんだ?
頭の中がぐちゃぐちゃになったまま、太郎は走り続けた。
どのくらい走っただろうか。
「あ、明かり?」
太郎の目の先に、明かりが見えてきた。
「た、助かった……のか……」
太郎の意識は、そこで途切れた。
最後に見えたのは、揺れる明かり。
そして、こちらへ駆け寄ってくる誰かの足音だった。
――佐藤太郎。
後に数々の伝説を作り、やがて【建国王】と呼ばれることになるコンビニバイト大学生の、これが偉大なる第一歩である。




