第一章 100円ショップの勇者
唐揚げ弁当と空飛ぶトラック、そして芋ジャージの女神
木造アパート「コーポ希望」の2階、家賃3万5千円の六畳一間。
佐藤太郎(さとう たろう・20歳)は、経済系大学に通うごくごく普通の大学生であり、そして……近所のコンビニに魂をすり減らす哀れなアルバイト店員である。
彼は今、地獄のような時間を終え、ようやく自室の床にへたり込んでいた。
店長の急病とバイト仲間のバックレが重なり、なんと悪夢の「72時間連続ワンオペ勤務」を強いられていたのだ。
「はぁ……ったく……今回はマジでヤバかった。なんでただのバイトの僕が、72時間も寝ずにレジ打ちと品出しとトイレ清掃をしなきゃいけないんだ……」
意識は朦朧とし、足は棒のようになっている。
だが、今の太郎にはささやかなご褒美があった。目の前の小さなちゃぶ台に置かれた、コンビニの廃棄でもらってきた「特盛り唐揚げ弁当」と、よく冷えた缶ビールだ。
プッシュ!!
静かな部屋に、小気味よいプルタブの音が響く。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ!
冷え切った黄金色の液体が、72時間分の疲労と渇いた喉を一気に洗い流していく。
「ぷっはぁ〜っ! たまんないなぁ! さぁて、お楽しみの唐揚げ、唐揚げっと……」
太郎が割り箸を割り、レンジで温め直して少しだけシナッとした唐揚げに箸を伸ばそうとした、まさにその時だった。
ブルウゥウウウーーーンンン!!
「ん? なんだ?」
太郎は缶ビールをテーブルの上に置き、怪訝な顔で辺りを見渡す。
外の道路からではない。音は、上から聞こえた。
メキメキメキッ! ドガガガガッシャアアアン!!
直後、鼓膜を突き破らんばかりの轟音と共に、太郎の視界は「物理的にあり得ない光景」を捉えていた。
なんと、木造アパートの【2階】である自室の天井を突き破り、巨大な大型トラックのフロントグリルが降ってきたのだ。
「な、何だとおおおおおお!?」
避ける暇などあるはずがなかった。
哀れ、佐藤太郎。享年20歳。
目の前の唐揚げ弁当を食べ損なったまま、彼の儚いコンビニ社畜人生は、空から降ってきたトラックによって理不尽に幕を閉じたのであった。
天上界 セレスティア・女神の自室
目を覚ますと、そこは荘厳な大理石の神殿……などではなく、生活感あふれる和室の「コタツ部屋」だった。
床には漫画雑誌が散乱し、テレビからはバラエティ番組の音が流れている。
「あ、そろそろ起きそうね」
コタツに入り、みかんの皮を器用に剥きながら呟いたのは、絶世の美女だった。
透き通るような銀髪に、宝石のような瞳。神々しいオーラを放っているが……いかんせん、着ている服がエンジ色の指定芋ジャージである。
「う……ここは……?」
太郎が意識を取り戻し、ゆっくりと身を起こす。
パーカーにジーンズ、履き潰したスニーカー。死んだ時と同じ、いつもの普段着のままだった。
「私の名はルチアナ。貴方達の言葉で言えば、神ってところかしら」
女神ルチアナは、みかんの房を口に放り込みながら名乗った。
「神様……。そうか、僕は死んだのか……でも、足はあるみたいだけど」
「その通りよ。ちょっと待ってねぇ……え〜っと、目薬、目薬っと」
ルチアナはコタツの上の散らかったティッシュ箱の横からハンドバッグを引き寄せ、中から市販の目薬を取り出した。
「え?」
ぽちょん、と目薬をさしたルチアナの瞳から、嘘くさい一筋の涙がツーッと流れる。
「私は感動しました……! 貴方が暴走トラックから、轢かれそうになっている子猫を助けようとした! その気高き善行に!!」
天上から急に後光のようなスポットライトが差し込み、どこからともなく荘厳な賛美歌が流れてきた。ルチアナの芝居がかった大根演技が炸裂する。
「ね、猫!? トラック!? いやいやいや! 猫なんて助けてねぇよ!?」
太郎はたまらず立ち上がり、地団駄を踏みながら抗議した。
「僕はトラックに潰されたんだ! アパートの2階の自室で! 天井をトラックが突き破ってきて! あんな理不尽な死に方あるかよ!!」
「……え?」
ルチアナは不思議そうに首を傾げると、ジャージのポケットからクシャクシャに丸まった紙切れ(カンペ)を取り出した。
「いや、カンペには『猫を庇って死亡』って書いてあるから。ちょっと、仕事増やさないでくれる? 私、忙しいんだけど」
ルチアナの美しい顔に、「面倒臭ぇ」という文字がありありと浮かんだ。
「カンペって何だよ! 誰が書いたんだよそれ!」
「あ〜、はいはい。細かいことはいいのよ。私ぃ、一度『異世界転生』ってヤツを殺って見たかったのよねぇ♡ 最近流行ってるからさぁ」
反省の色を一切見せず、ルチアナはケラケラと笑いながら、部屋の隅から商店街の福引きで使うような「ガラポン抽選機」を引っ張り出してきた。
「やっての漢字が『殺』になってるぞ! ふざけんなああ!」
青筋を立てて怒鳴る太郎を無視し、ルチアナはパンパンと手を叩いて進行を急かす。
「はい! テンポよく行くわよ! 貴方にはこれから『アナステシア世界』に行って貰うから。とりあえずこれ回して、出たスキルを渡すから。私、このあと福岡に推しのライブを見に行くんだから、飛行機の時間に遅れたら困るのよ!」
腕時計(某G-SHOCK)をチラチラ見ながら急かす女神。
「こ、こんな理不尽なことが有るのかよ……」
太郎は渋々、理不尽すぎる運命に抗えず、ガラポンの取っ手を回した。
ガラガラガラ……ポンッ。
出てきたのは、白い玉。
太郎は玉と一緒にポンと出てきた、当たりクジみたいな紙切れを拾い上げて読んだ。
「えっと……【100円ショップ】?」
「え〜っと、100円ショップね……どれどれ」
ルチアナは手元にある、羽の生えたスマートフォン(エンジェルすまーとふぉん)のAIアプリ『賢者君』をスクロールしながら説明する。
「『100円ショップの品が出せるスキル』ね。うん、そのまま」
「そ、それだけ!? 僕はケンカなんてした事ない普通のバイトだぞ!? 異世界って言ったら、普通は全属性魔法とか、剣神スキルとか、そういうチート能力じゃないのかよ!?」
太郎は必死に掛け合った。これからの自分の人生(二度目)がかかっているのだ。当然の反応である。
「そんな高級なスキル、私の今月の予算じゃ出せないのよ。それに、100円ショップだって使い方次第では英雄や勇者にもなれる可能性を秘めてるのよ? ま、使い方次第だけどね♡」
「他人事かよ! 本当かよそれ……」
太郎が呆れ果てて肩を落としていると、ルチアナはスタスタと太郎の後ろへ回り込んだ。
「じゃ! 佐藤太郎の異世界アナステシアでの新しい人生に……」
「な、なに?」
背後からの殺気に、太郎の背筋が凍る。悪い予感しかしなかった。
「行ってらっしゃあああい!!」
ルチアナの履いていた健康サンダル(足ツボを刺激するイボイボ付き)が、見事なハイキックとなって太郎の尻にクリーンヒットした。
ドコォッ!!
「いってぇぇっ! てめぇぇぇ!!」
太郎は痛みに顔を歪め、ルチアナに向かって中指を立てながら、光の渦の底、アナステシア世界へと真っ逆さまに蹴り落とされていった。
「さぁ〜て、福岡で水炊き食べよっ♡」
最後に聞こえてきたのは、そんな緊張感の欠片もない女神の呑気な声だった。
アナステシア世界・マンルシア大陸の森
「う……ここは……」
太郎が目を覚ますと、そこはむせ返るような緑の匂いがする場所だった。
身を起こして辺りを見渡す。鬱蒼と生い茂る巨大な木々。見上げても星空すらまばらにしか見えない、深い暗闇の森の中だった。
「えっと……まずはスキルの確認だ。えっと、【100円ショップ】!」
太郎が念じると、目の前の空中に、半透明の電子ボードがフワリと浮かび上がった。
そこには、見慣れた日本の100円ショップに並んでいるような商品のカテゴリがずらりと並んでいる。
【100円ショップ スキル】
地球の100円ショップに存在する商品をポイント(P)を消費して召喚できます。
現在所持ポイント:1000P (※異世界転生初回ボーナス)
基本レート:1商品 = 100P
「何々……100円の商品を出すのに100Pかかるってことか。初回ボーナスで1000P……ってことは、10個しか買えないのかよ。……いや、文句を言っても始まらない。とりあえず身を守るものだ」
太郎はボードを操作し、キッチン用品の項目から100Pを消費して「ステンレス製の万能包丁」を購入した。
手元にポツンと現れた、見慣れたパッケージの包丁の柄を握ってみる。
「……これで? これでどうするんだ? 短いし、軽いし。ゴブリンとか野生の熊とかに出くわしたら、どう考えても僕が負ける未来しか見えないんだけど」
ため息をつきながら、太郎は当てもなく歩き出した。
まずは水場を探すか、森を抜けて人に会わなければ話にならない。
しばらく、暗い森の中をガサガサと進んでいくと……。
ぐぅぅ〜……
静寂の森に、情けない音が響いた。
そういえば、太郎は72時間の過酷なワンオペ明けで、唐揚げ弁当を食べる直前に死んだのだ。腹が減って当然である。
「仕方ない、スキルで飯を……」
太郎は立ち止まり、再び電子ボードを開いた。
300Pを消費し、食料品コーナーから「焼き鳥の缶詰(タレ味)」と「500mlのミネラルウォーター」、そして日用品から「ターボライター」を召喚する。
落ちていた乾燥した木の枝を集め、ターボライターで火をつけて小さな焚き火を作った。
パカッ。
プルタブを引き、缶詰を開ける。
「いただきます……」
ガツガツ……。太郎は黙々と焼き鳥を口に運んだ。
チープな濃いタレの味が、疲労困憊の身体に染み渡る。
「……美味い。水や食べ物がすぐに出せるってのは、本当に有難いよなぁ」
パチッ、パチッ……!
焚き火の炎が爆ぜ、周囲を微かに照らす。少しだけ心が落ち着いてきた、その時だった。
「グルルルルル……」
背後の闇の茂みから、低い唸り声が聞こえた。
太郎がビクッと肩を震わせて振り返ると、そこには体長2メートルはあろうかという巨大な狼が立っていた。
ただの狼ではない。その額からは、鋭い刃のような一本の角が生えている。アナステシア世界に生息する凶悪な魔獣『サーベルウルフ』だった。
「う、うわあああ!?」
太郎は弾かれたように飛び上がった。
「グルルル……!」
サーベルウルフは涎を垂らし、完全に太郎を「エサ」として認識している。
「く、来るなぁ! 来るなよぉ!?」
太郎は右手に100円の包丁を構え、一心不乱に振り回した。しかし、そんな短い刃物で魔獣を威嚇できるはずもなく、サーベルウルフは余裕の足取りでジリジリと距離を詰めてくる。
(ダメだ、このままじゃ殺される!? 初日でゲームオーバーだ! そ、そうだ!!)
極限の恐怖の中、太郎の脳裏にコンビニバイト時代の「害虫駆除」の記憶が閃いた。
彼は瞬時にスキルボードを開き、防犯・日用品グッズのカテゴリから「強力殺虫スプレー」を召喚した。
左手に殺虫スプレー、右手にターボライター。
「これなら!! 喰らえええええ!!」
太郎はターボライターの火を灯し、その炎越しに、サーベルウルフの顔面目掛けて殺虫スプレーのボタンを全力で押し込んだ。
ブシュウウウウウウウウーーー!!
ゴオオオオオオオオオオオオッ!!
スプレーから噴射された可燃性のガスが炎に引火し、簡易的な、しかし強烈な「火炎放射」となって闇夜を焦がした。
「ギャッ!? ギャウウウウウウンッ!?」
予想外の爆炎を顔面にモロに浴びたサーベルウルフは、毛を焦がし、パニックに陥りながら地べたを這いずり回って悲鳴を上げた。
「う、うわあああああああ!?」
太郎は倒すことなど考えなかった。
魔獣が怯んでいる隙に、脱兎のごとくその場から逃げ出した。木の根に足をとられそうになりながら、息が千切れるほどに走り続ける。
「はぁっ……はぁっ……!」
どのくらい走っただろうか。肺が焼けつくように痛み、足が限界を迎えようとしたその時。
「あ……明かり……?」
木々の隙間、太郎の視線の先に、松明のような温かい光がいくつか見えてきた。
あれは、集落か町の城壁の光だ。
「た、助かった……のか……」
安堵した瞬間、限界を超えていた太郎の意識はプツリと途切れ、彼は草むらの中に倒れ込んだ。
こうして、理不尽極まりない理由で命を落とした一人のコンビニバイトは、異世界へと降り立った。
後に、彼が持つ奇妙な品々が世界に革命を起こし、数々の伝説を作り上げ、やがて「建国王」とまで呼ばれるようになるなど、今はまだ誰も知らない。
100円ショップのスキルを武器に戦う、佐藤太郎の波乱に満ちた物語が、今ここに幕を開けたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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