EP 6
【悪役令嬢とド底辺アイドルの商魂】パンの耳と自立への道
「……おい。この街、いくらなんでも異常すぎないか?」
変質者ストーカーと化した氷血公爵ヴァルターを無力化し(パンツ一丁で気絶させ)、広場を後にした太郎一行。
ムーンキャピタルの大理石で舗装された美しい街並みを歩きながら、太郎は路地裏や噴水の陰を指差して、深いあきれ声を出した。
「あっちの路地裏で泣いてる女。こっちのベンチで項垂れてる女。……ちょっと歩いただけで、豪華なドレスを着て泣き崩れてる令嬢が五人もいるぞ」
太郎の指摘通り、街のあちこちに『行き場を失った高貴な女性』が放置されていた。
「ぐすっ……。私、殿下のためにあんなに王妃教育を頑張ったのに……。妹をいじめたという無実の罪で、婚約破棄されるなんて……っ」
「お父様にも勘当されて、お財布も馬車も取り上げられて……。私、これからどうやって生きていけばいいの……っ」
彼女たちは皆、典型的な『悪役令嬢(冤罪)』や『不遇なヒロイン』のテンプレートを背負わされ、家を追い出されたばかりの女性たちであった。
「あのねぇ……。何度も言うけど、貴族の娘を無一文で放り出すって、親(当主)はバカなのか? 誘拐されて他国に情報を売られたり、人質にされたりするリスク管理が全くできてないだろ。第一、こんなドレス姿で路銀もなしに街に放り出したら、野垂れ死ぬか犯罪に巻き込まれるのがオチだぞ」
太郎が、為政者としての危機管理能力の無さに頭を抱える。
「た、太郎さん。あの人たち、なんだか数時間前の私を見ているみたいで……。すごく可哀想です」
エミリアが、太郎の背中から同情に満ちた視線を向ける。
「公爵様みたいな変な人に拾われる前に、なんとかしてあげられないでしょうか……?」
太郎が首のタオルで汗を拭き、どうやって保護して太郎国の労働力(ポポロ村の農作業など)に回すか考えようとした、その時である。
「皆様ぁ! お待たせいたしましたわ! 愛と希望と、圧倒的な原価率ゼロをお届けする、ド底辺アイドル・リーザがムーンキャピタルに降臨ですわーっ!!」
『ズドドドドドドドッ!!』
凄まじい足音と共に、大理石のストリートを爆走してくるピンク色の芋ジャージの影があった。
背中にはお賽銭箱型掃除機を背負い、両手には巨大な麻袋を二つ引きずっている。太郎国の最強の商人、リーザ・シーラン・リヴァイアサンであった。
「お、リーザ。お前もこの街に来てたのか」
「当然ですわ、店長! このムーンキャピタルは、お金持ち(カモ)がうじゃうじゃいると聞きましてよ! 私のオリジナルグッズを売り捌く絶好の市場ですの!」
リーザの目が、完全に$マークになって血走っている。
リーザは太郎たちに挨拶もそこそこに、周囲を見渡した。
そして、路地裏でドレスを汚して泣き崩れている『追放された令嬢たち』を視界に捉えると、その強欲な瞳をピカァッ!と輝かせた。
「……なるほど。あそこで泣いているお嬢様たち。あれがサリー様の言っていた『意味もなく追放されて泣いているテンプレ令嬢』ですわね?」
「あぁ。エミリアが気にしててな。なんとかしてやりたいんだが……」
太郎が言い終わる前に、リーザは麻袋をドサッと置き、ニヤリと極めて邪悪な(しかし頼もしい)笑みを浮かべた。
「お任せくださいませ、店長! あの悲壮感、あの美貌……そして『無一文で後がない』というハングリーな状況! 彼女たちは、私のビジネスにおいて最高の『未開拓の人的資源』ですわ!!」
「……お前、アイドルじゃなくて完全に悪徳人材派遣会社の社長みたいな顔になってるぞ」
太郎のツッコミを背に受けながら、リーザは泣いている令嬢たちの一人――縦ロールの金髪が特徴的な、公爵令嬢シャルロッテの元へズカズカと歩み寄った。
「ぐすっ……。誰か……誰か、私を救い出してくれる優しい殿方はいないの……っ」
シャルロッテが涙を拭いながら、テンプレ通りの『救世主(イケメンの公爵など)』が現れるのを待っていると。
「そこのお嬢様! 泣いている暇があったら、この麻袋を持ちなさいな!!」
リーザが、シャルロッテの顔面に『パンの耳がギッシリ詰まった袋』をドスゥッ!と押し付けた。
「ひゃうっ!? な、なんなのよアナタ! 庶民が私に気安く触らないでちょうだい! 私は無実の罪で追放された悲劇の令嬢……」
「悲劇だろうが喜劇だろうが、そんな涙で膨れた顔じゃ、お腹は膨らみませんのよ!!」
リーザの一喝が、路地裏に響き渡った。
「いいですか! 男が助けてくれるのを待つ? 甘いですわ! 殿方がくれるのは一時的な愛と束縛だけ! 最後に貴女を裏切らないのは、自分自身の足で稼いだ『現金』だけですのよ!!」
「げ、げんきん……っ!?」
シャルロッテが目を白黒させる。
「そう! アナタたち、今まで温室で育ってきたから分からないでしょうけど、無一文で外に放り出されたということは、今日から『鳩とパンの屑を巡って殴り合うサバイバル』が始まったということですわ! 泣いてる暇があるなら、一円でも多くのお金を稼ぎなさい!!」
リーザの、ド底辺を這いずり回ってきた本物のサバイバーとしての凄みが、シャルロッテたち追放令嬢を圧倒する。
「か、稼ぐって……私、王妃教育でお茶の淹れ方とダンスしか習っていないわ……。どうやって……っ」
「ふふん! ご安心なさい! この私が、原価率ゼロから現金を錬成する『究極のビジネス』を伝授して差し上げますわ!」
リーザは周囲で泣いていた他の令嬢たちも全員集めると、麻袋の中から大量の『パンの耳』と『その辺で摘んできた雑草(自称・無農薬ハーブ)』を取り出した。
「今日からアナタたちは、私のプロデュースする『地下アイドル研究生 兼 パンの耳販売部隊』ですわ! この『ワイルド・ラスク(パンの耳)』と『無農薬サラダ(雑草)』を、道行く貴族たちに売りつけるのです!」
「こ、こんなゴミみたいなものを!? 売れるわけないわ!」
シャルロッテが悲鳴を上げる。
「いいえ、売れますわ! アナタたちの最大の武器……それはその『悲劇のヒロインというステータス』ですのよ!」
リーザがホワイトボード(どこから出したのか)をバンバンと叩く。
「名付けて、『同情マーケティング』! アナタたちは道行く男たちに向かって、涙ながらにこう言うのです! 『婚約破棄されて、食べるものもありません……どうか、この手作りのパンの耳を買ってくださいませんか?』と! 綺麗な令嬢が泥だらけになってパンの耳を売っている姿に、男たちの庇護欲と優越感は最高潮に達し、財布の紐はガバガバになりますわ!!」
「「「なっ……!?」」」
令嬢たちだけでなく、後ろで見ていた太郎とエミリアまでもが、そのエグすぎる商法に息を呑んだ。
「……あいつ、人間の心理の闇を突く天才かよ」
太郎が戦慄する。
「さぁ、泣きなさい! もっと惨めに! もっと可憐に! そして、男どもの財布から小銭を根こそぎむしり取るのですわーっ!!」
リーザの熱血指導により、追放令嬢たちの『地獄の営業訓練』が開始された。
数十分後。
ムーンキャピタルの大通りは、異様な熱気に包まれていた。
「お、お願いです……っ! 婚約破棄されて、家を追い出されて……っ。私、これを売らないと今日生きていけなくて……っ。どうか、このパンの耳を、銀貨一枚で買っていただけないでしょうか……っ」
大理石の路上に膝をつき、美しいドレスを少しだけ土で汚したシャルロッテが、上目遣いで涙をポロポロとこぼしながら、通りすがりの貴族の青年にパンの耳を差し出していた。
「なっ……! 君は、シャルロッテ嬢!? あの高慢だった君が、こんな路上でパンの耳を……!?」
「はい……っ。私、自分の愚かさを恥じております……っ。どうか、お慈悲を……っ」
青年貴族は、かつて高嶺の花であった公爵令嬢が、自分にすがりついてパンの耳を売っているという強烈なシチュエーション(ギャップと庇護欲)に完全に脳を破壊された。
「か、買う! 銀貨一枚と言わず、金貨一枚で買おう! だからそのパンの耳を僕にくれぇっ!」
「あ、ありがとうございます……っ! アナタ様は、私の救世主ですわっ!」
シャルロッテは涙ながらに微笑み、青年貴族から金貨をひったくるように受け取った。
青年は、ボソボソのパンの耳を大事そうに抱えながら、恍惚とした表情で去っていく。
「や、やりましたわ、リーザ先生! 金貨一枚で売れましたわ!!」
シャルロッテが、手の中にある黄金の輝きを見て、歓喜の声を上げる。
「素晴らしいですわ、シャルロッテ! その調子で次から次へとカモを……いえ、お客様を釣り上げるのですわよ!」
リーザがメガホンを持って指示を飛ばす。
「私も! 私の『無農薬サラダ(雑草)』も売れましたわ!」
「こっちの『涙の塩味ラスク』は完売よ! もっと在庫(パンの耳)をちょうだい!」
あちこちで、元・悪役令嬢たちがなりふり構わずパンの耳と雑草を売りさばき、貴族の男たちから莫大な現金を巻き上げていた。
彼女たちの顔に、もはや『自分を捨てた王子への未練』や『ヒーローの助けを待つ悲壮感』は微塵もなかった。
あるのは、自分の手で商品を売り、自分の足で現金を稼ぎ出したという『圧倒的な労働の喜びと自信』である。
「……見て。私、自分の力でお金を稼いだのよ」
シャルロッテが、泥だらけの手で金貨を握りしめ、誇らしげに空に掲げた。
「もう、あんな薄情な殿下に縋る必要なんてないわ! 私には、この商売の才能と、現金があるんだから! いつか自分の力で商会を立ち上げて、あのバカ王子を見返してやるわ!!」
「そうですわ! 私たち、もう男の庇護なんて要りませんわーっ!!」
令嬢たちが、太陽に向かって力強く自立の叫びを上げる。
女性向けテンプレの『無力で可哀想なヒロインたち』は、リーザのパンの耳ビジネスによって、完全に『自立した逞しい商人』へとクラスチェンジを果たしたのである。
「……はっはっは! いいぞ、最高だお前ら!」
その様子を見ていた太郎が、腹を抱えて大笑いした。
「王子への復讐が『経済的な自立と起業』って、ファンタジー世界で一番健全なざまぁ展開じゃねぇか! やっぱ労働ってのは、人の目を覚まさせる最高の特効薬だな!」
「た、太郎さん……。リーザさんのやり方は少し(というかかなり)ブラックですけど……彼女たち、本当に活き活きしてますわ!」
エミリアも、令嬢たちの見事な立ち直りぶりに感動の涙を流している。
「フフン! 当然ですわ! 彼女たちの売上の50%は、プロデュース料として私のお賽銭箱に入りますのよ! これで私も大儲けですわーっ!!」
リーザが、チャリンチャリンとお賽銭箱を鳴らしながらドヤ顔を決める。
太郎国のド底辺パワーが、ムーンキャピタルのお花畑な常識を次々と上書きしていく。
しかし、この街の根源的な狂気である『異常な公爵』が完全に消え去ったわけではない。
次回、精神のバランスを完全に崩した氷血公爵ヴァルターが、太郎たちにさらなる執着を見せる。
読んでいただきありがとうございます。
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