EP 4
【中身はおっさん!?聖獣の正体】URハエ叩きと、投げ飛ばされたモフモフ
「きゅぅ〜ん♡ きゅぅんきゅぅ〜ん♡(スーハースーハー♡ クンカクンカ♡)」
ムーンキャピタルの大理石の広場。
エミリアの足元に擦り寄ってきた、真っ白でフワフワの愛らしい妖狐の聖獣、コン太。
女性向けファンタジーの世界において、ヒロインを癒やす「モフモフのマスコット枠」として絶対的な人気を誇るはずの存在である。
しかし。
現在のコン太の行動は、どう贔屓目に見ても『聖なる獣』のそれとはかけ離れていた。
エミリアの豊満な胸の谷間に顔をグリグリと押し付け、鼻の穴を全開にして深く息を吸い込む。さらに、前足でエミリアのウエストをガッチリとホールドしたまま、下半身(腰)をリズミカルに『カクカク』と前後に激しく振っているのだ。
「……おい、エミリア。お前、前世で犬や猫を飼ったことはあるか?」
太郎が、首のタオルで汗を拭きながら、極めて冷めた目でコン太を見下ろした。
「えっ? い、いえ……ペット不可のマンションだったので、飼ったことはありませんけど……」
エミリアが戸惑いながら答える。
「そうか。だからそんな異常行動を『愛情表現』だと勘違いできるんだな」
太郎は微糖の缶コーヒーをコンッと広場のベンチに置き、ビシィッとコン太を指差した。
「よく見ろ! そいつ、エミリアの胸元で匂いを嗅ぎながら、明らかに『発情したオッサンの腰つき』で腰を振ってるぞ! それ、どう見ても中に中年親父の魂が入ってるだろ!!」
「なっ……!?」
エミリアの顔が、一瞬にして真っ赤に染まった。
太郎の的確すぎる指摘を受け、エミリアの脳内に、転生してからの『コン太との思い出(違和感)』が走馬灯のように駆け巡った。
『きゅ〜ん♡(お風呂上がり、脱衣所のカゴからエミリアの脱ぎたての下着を引っ張り出し、頭から被ってモゾモゾと匂いを嗅いでいた)』
『きゅぅっ!(エミリアが着替えようとすると、絶対に部屋から出て行かず、特等席から目を血走らせて凝視していた)』
『きゅぴ〜♡(夜、ベッドに潜り込んできて、なぜか必ず太ももの間に挟まろうとしていた)』
(あ……あれ、聖獣特有のイタズラや甘えだと思ってたけど……!? 全部、ただのエロオヤジのセクハラ行動じゃないですかぁぁっ!!)
エミリアの顔面から一気に血の気が引き、サーッと青ざめていく。
「そ、そういえば……私以外の女性には見向きもしないし、私が少しでも露出の多い服を着ると、異常なほどテンションが上がって……っ!」
「間違いないな。可愛いガワ(外見)を被って、合法的に若い女にセクハラを満喫しようとする、前世のキモいおっさんの魂が憑依してるパターンだ。タチが悪すぎる」
太郎が冷酷に断罪する。
「きゅ、きゅぅ〜ん……!?(ち、ちげーよ! 俺は高貴な聖獣様だぞ! デタラメ言ってんじゃねぇ!)」
コン太が、あからさまに動揺した様子で鳴き声を上げるが、その目は明らかに『図星を突かれたおっさんの焦り』を浮かべていた。
「おい、エミリアから離れろ、このセクハラ獣。俺の国の保健所に通報して、狂犬病の注射(極太)を100本くらい打ってやるからな」
太郎がジリッと一歩踏み出し、威圧感を放った。
その瞬間。
コン太の愛らしい瞳が、ドス黒い殺意と敵意に満ちた『野獣(あるいはキャバクラで説教されたオッサン)』の目へと変貌した。
「ギャウッ!! きゅぴぃぃぃぃぃぃッッ!!(うっせぇんだよ底辺ジャージ男がァッ! 俺の極楽ハーレム生活の邪魔すんじゃねぇぇぇっ!!)」
コン太はエミリアの腕からポーンと飛び降りると、太郎に向かって大きく口を開けた。
その小さな口の奥に、凄まじい熱量を持った魔力が収束していく。女性には甘ったるい鳴き声を上げるくせに、男が近づくと容赦なく焼き尽くすという、コン太特有の『嫉妬の火柱』である。
「た、太郎様! 危ないですわ!」
サリーが慌てて杖を構えようとする。
しかし、太郎は全く動じることなく、虚空に右手をかざした。
「人間様(しかも無害な男)に火を吹くなんて、完全に狂犬病だな。飼い主(公爵)のしつけがなってない証拠だ」
ゴォォォォォォォッッ!!!
コン太の口から、大理石の広場を飲み込むほどの巨大な紅蓮の火炎球が、太郎めがけて放たれた。
並の冒険者なら一瞬で炭化するほどの高火力。
「いでよ、100円ショップ! 害虫駆除の最終兵器……『UR・超合金ハエ叩き』!!」
太郎の手元にポンッ!と現れたのは、柄の部分がチタン合金で補強され、網目の部分が特殊な魔力吸収素材で編み込まれた、100均(※太郎のスキル補正で強度がバグっている)のハエ叩きであった。
「そんなもので、聖獣の炎が防げるわけ……!」
エミリアが悲鳴を上げる。
「フンッ!!」
太郎は、プロテニスプレイヤー顔負けの完璧なフォームで、迫り来る巨大な火炎球に向かってURハエ叩きをフルスイングした。
『スパーーーーーーーンッッ!!!』
凄まじい衝撃音。
ハエ叩きの網目が火炎球の魔力を物理的に捉え、弾性エネルギーへと変換する。
太郎の馬鹿力によって打ち返された炎は、見事な放物線を描いてムーンキャピタルの上空へと飛んでいき、空の彼方でドカンッ!と花火のように無害に爆発した。
「なっ……!?」
エミリアの顎が外れんばかりに開く。
「き、きべぇぇっ!??(俺の渾身の聖なる炎が、ハエ叩きでホームランされただとぉぉっ!?)」
コン太が、目玉が飛び出んばかりの表情で硬直する。
「ほら見ろ、エミリア」
太郎はURハエ叩きを肩に担ぎ、ニヤリと笑った。
「可愛いペットなら、怒られてもシュンとするはずだ。でもこいつは、図星を突かれてキレた挙句、男である俺にだけ明らかな殺意を向けてきやがった。……キャバクラで女の子にウザ絡みしてるのを注意されて、逆ギレして暴れてる酔っ払いのオッサンと、全く同じ生態だぞ」
太郎の完璧すぎる『オッサンの生態分析』に、エミリアの心の中で、コン太に対する『可愛いモフモフ』という幻想が、音を立てて完全に崩壊した。
「……お、オッサン。このモフモフの中には、気持ち悪いおっさんが……!」
エミリアの全身に、強烈な鳥肌が立った。
これまで、この獣と一緒にベッドで寝て、お風呂上がりに抱きしめ、胸の谷間に顔を埋めさせていたという事実。
それが全て、『中身がおっさんの確信犯的なセクハラ』であったと理解した瞬間。
社畜OL時代に培われた、セクハラ上司に対する『絶対的な拒絶反応』が、限界を突破した。
「きゅ、きゅぅぅ〜ん?(え、エミリアちゃ〜ん? 違うよ、ボクは可愛いコン太だよ〜?)」
コン太が、焦ったように上目遣いでエミリアの足元にすり寄ろうとする。
「ヒィィィィィィィィッ!!! 触らないでぇぇぇっ! 気持ち悪いぃぃぃぃっ!!!」
エミリアの絶叫が、大理石の広場に響き渡った。
彼女は、足にすがりつこうとしたコン太の首根っこをガシッと掴むと、火事場の馬鹿力で頭上高く持ち上げた。
「きゅえっ!?」
「セクハラオヤジは、保健所(あるいは警察)に行きなさいよぉぉぉっ!!」
ドゴォォォォォンッ!!
エミリアは、見事な一本背負いの要領で、コン太を硬い大理石の地面に思い切り叩きつけた。
「きゅべぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」
コン太はカエルのように手足をピーンと伸ばし、白目を剥いて完全に気絶した。
その口からは、「あ〜、女の子のおっぱい最高……」という、明らかにおっさんの声色での寝言が漏れ出ている。
「ぜぇ、ぜぇ……っ。や、やりました……私、自立の第一歩として、セクハラ獣を退治しました……!」
エミリアが肩で息をしながら、太郎に向かってVサインを決める。
「おう、よくやった。これで一つ、お前を縛り付けていた鎖が外れたな」
太郎が満足げに頷いた。
しかし、その平穏な(?)解決劇を、許さない男が一人いた。
「……俺の女に近づくばかりか、俺が与えた『聖獣』を傷つけるとは……」
広場の隅、大理石の街灯の陰から。
極寒の冷気と、ドス黒い殺意を纏った男が、ついにその姿を現したのだ。
「ヴァ、ヴァルター様……!」
サリーが息を呑み、杖を構え直す。
氷血公爵ヴァルター・フォン・アーデルハイト。
彼は、気絶したコン太を一瞥することもなく、ただ真っ直ぐに、狂気すら孕んだ青い瞳で、太郎を睨み据えていた。
「貴様という害虫は、俺がこの手で排除する。……エミリア、お前は黙って俺の腕の中にいればいい」
ヴァルターの手の中に、バチバチと青白い雷光を纏った魔剣が具現化する。
ソーシャルディスタンスを完全に無視し、出会って三分の女に異常なまでの執着を見せる『変質者(公爵)』との直接対決が、ついに迫っていた。
「……はぁ。仕事サボってる公爵の次は、ストーカーの相手かよ。ブラック企業よりタチが悪いな」
太郎は微糖の缶コーヒーを一気に飲み干すと、肩に担いだURハエ叩きを構え、面倒くさそうに首をポキリと鳴らした。
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