第二十二章 ムーンキャピタル視察編
【大理石と婚約破棄】女性向けテンプレ街と、王のインフラ指摘
アルクス城下町の中心にそびえ立つ、王城の執務室。
そこでは、国王である佐藤太郎が、山積みにされた決裁書類を前に、微糖の缶コーヒーを啜りながら深いため息をついていた。
「……はぁ。ポポロ村の農業特区計画は順調だけど、流通ルートの拡大が課題だな」
かつて魔王軍の脅威に晒されていた辺境のポポロ村は、太郎の政策とユニークスキル【100円ショップ】の恩恵により、今や太郎国最大の農業生産拠点へと成長していた。しかし、生産力が上がりすぎたため、新たな交易相手を探す必要に迫られているのだ。
コンコン、と執務室のドアが控えめにノックされた。
「太郎様、今お時間よろしいでしょうか?」
「お、サリーか。入っていいぞ」
姿を現したのは、太郎国の第一夫人にして最強の全属性魔法使い、サリーである。彼女は分厚いバインダーを胸に抱え、どこか疲労困憊といった表情で執務室のソファに腰を下ろした。
「ポポロ村の事で、少しご相談があるのです」
「なんだ? 流通の件ならちょうど考えていたところだぞ」
太郎が首のタオルで汗を拭きながら尋ねると、サリーは重々しく頷いた。
「はい。実は、ポポロ村の新たな交易先として、『ムーンキャピタル』という都市と提携しようかと考えているのですが……」
「ムーンキャピタル? ああ、あの見栄っ張り女神のカグヤが直轄で治めてるっていう特区都市か。いいじゃないか、神様が治めてるなら資金力はあるだろうし。何か問題があるのか?」
太郎が首を傾げると、サリーはバインダーをギュッと抱きしめ、トラウマを思い出すような遠い目をした。
「……その街ね。とても、変な街なのです。視察に行く度に頭が痛くなるというか……」
「変? カグヤの趣味で、街中がハイブランドの看板だらけとかか?」
「いえ、そういう次元ではなくて……。まず、街の住人たちが、すれ違う人すべて異常なまでの美男美女なのです。それは百歩譲って良いとして……問題は、街の造りです。なんと、ムーンキャピタルの主要な道路や広場は、すべて『大理石』で舗装されているんですよ」
サリーの報告を聞いた瞬間、太郎が持っていた缶コーヒーの動きがピタリと止まった。
「……は大理石で?」
太郎の顔から、王としての余裕がスッと消え、元・社畜アルバイター(現代日本社会の常識人)としての鋭い眼光が光った。
「馬鹿か? 道路を大理石で舗装するだと?」
「は、はい。ピカピカに磨き上げられていて、歩く自分の顔が映るくらいに……」
「雨が降ったらどうするんだ! ツルッツルに滑って転倒事故が多発するだろ! 馬車の車輪だってブレーキが効かなくなるぞ! そもそも、大理石なんぞで全面舗装したら、土に水が染み込まないじゃないか。都市の『排水機構』はどうなってんだ!?」
太郎は立ち上がり、ホワイトボードにムーンキャピタルの想像図を描きながらバンバンとペンで叩き始めた。
「下水道のインフラ整備を怠れば、少しの豪雨で街が水没するぞ! カグヤの奴、都市計画法と土木工学を舐めてるのか!?」
「た、太郎様、落ち着いてください! 問題はインフラだけではないのです!」
サリーが慌てて太郎をなだめる。
「インフラよりヤバい問題があるっていうのか?」
「はい……。私、あの街に行く度に思うのですが。毎回毎回、広場や学園のパーティ会場で、意味もなく『婚約破棄』をされて、追放されて、泣いている女性がいるのです」
「……は?」
太郎は、あまりの唐突な展開に素っ頓狂な声を上げた。
「大理石の広場のど真ん中で、王太子や高位貴族の男性が、これ見よがしに令嬢を指差して『お前との婚約は破棄する! この国から追放だ!』って叫んでるんです。しかも、毎回違う女性が……。まるでそれが、あの街の日常の挨拶であるかのように」
サリーの言葉に、太郎は頭を抱えた。
「ちょっと待て。情報量が多い。……長年育ててきた自分の娘を、王太子に婚約破棄されたからって、その日のうちに家から追放? コスパ悪すぎだろ!!」
太郎の口から、ファンタジー世界には似つかわしくない『費用対効果』という単語が飛び出した。
「いいかサリー! 貴族の令嬢を一人育てるのに、どれだけの教育費とドレス代、そして『政治的資本』が投下されてると思ってるんだ! 幼少期からマナーを叩き込み、他国とのパイプ作りのために多額の投資をしている『最高級の資産』だぞ! それを、当主である父親が『あ、そうですか』とあっさり勘当して無一文で追放する!? 投資回収(ROI)の概念が完全に崩壊してるだろ!!」
太郎の極めて資本主義的、かつ現実的なツッコミが炸裂する。
「そ、そこまで計算して……」
「そもそもだ!」
太郎の怒りは収まらない。
「皇太子と伯爵令嬢の婚約なんていう国家の一大事業が、皇太子の一存(しかも公衆の面前での口頭)で即日破棄できるわけがないだろうが! 結納金はどうする! 違約金は! 両家の派閥のパワーバランスは! 議会の承認も経ずにそんな真似をしたら、翌日にはクーデターが起きるぞ! その国の法律や憲法はどうなってんだ!?」
あまりにも正論すぎる太郎の反論に、最強の魔法使いであるサリーは「た、確かに……法律手続きをすっ飛ばしてますね……」とタジタジになるしかなかった。
「で? その無計画に追放された令嬢はどうなるんだ? まさかそのまま野垂れ死ぬのか?」
「いえ、それが……。泣いている令嬢の前に、必ずと言っていいほど、超絶美形の『公爵様』が通りかかって……」
サリーは、思い出すだけでも鳥肌が立つのか、身震いをしながら説明を続けた。
「その公爵様が、泣いている令嬢の顎を指でクイッと持ち上げて……いきなり、キ、キスをして慰めるのです。そして『今日からお前は私のものだ』と言って、お姫様抱っこで連れて行ってしまうんです……!」
「――――ブフッ!!」
太郎は、口に含みかけていた微糖の缶コーヒーを、盛大に吹き出した。
「ゲホッ、ゴホッ!……顎を、クイッ!? 公衆の面前で、初対面の女にディープキスだと!?」
「は、はい……大理石の広場のど真ん中で、です……」
「軽犯罪法違反(公然わいせつ)で即刻逮捕しろ!!」
太郎が机をバンッと叩いて立ち上がった。
「初対面で顎を触ってキスなんて、ただの性的な変質者だろうが! なにが『お前は私のものだ』だ、人身売買か!? そもそも、そんな真っ昼間から広場をフラフラ歩いてナンパしてる暇があるなら、領地の仕事はどうした! そいつは『公爵』なんだろ!? 領地の税収管理とか、治水工事の視察とか、書類仕事が山ほどあるはずだ! なんで公爵が平日の昼間にニートみたいに散歩してるんだよ!!」
太郎の、国のトップ(実務担当者)としての血の叫びがこだまする。
「私にも分かりません……! でも、とにかくあの街はそんなおかしな事ばかり起きるんです! ただ……交易相手としての魅力は凄まじくて……」
サリーがバインダーのページをめくり、一枚の美しいガラス瓶の写真を見せた。
「ムーンキャピタルの特産品に『聖女の涙』と呼ばれる、どんな傷も癒やす(と言い伝えられている)非常に高価な霊水があるのです。これをポポロ村の野菜と交換できれば、我が国の財政は大きく潤います。だから提携の交渉を進めたいのですが……」
「……ちょっと貸してみろ」
太郎はサリーから、見本として持ち帰ってきていた『聖女の涙』の小瓶を受け取り、蓋を開けて匂いを嗅ぎ、少しだけ指につけて舐めてみた。
「ペロッ……うん」
太郎は極めて冷静な顔で、小瓶を机に置いた。
「これ、ただの塩化ナトリウム水(塩水)だぞ」
「……え?」
「多分、ヒロイン(令嬢)が流した涙をプラシーボ効果でありがたがってるだけだろ。成分を分析するまでもない、100均で売ってる食塩水と同じ味だ。こんなもん交易品にしてポポロ村の美味い野菜を渡すなんて、詐欺に引っかかるようなもんだ」
「えええええっ!? これ、金貨10枚もしたのに!?」
サリーがショックで頭を抱える。
「それにサリー。交渉に行くのはいいが、お前、一人で大丈夫なのか?」
「そこなのです! 私がムーンキャピタルに赴いて、女性の担当者と仕事の話をしているだけで、なぜかさっきの公爵様が物凄い形相で睨んでくるんです。『俺の女に近づくな』みたいなオーラを出してきて……仕事の邪魔で仕方ありません!」
「……女同士が仕事の話をしてるだけで不機嫌になるとか、そいつ情緒不安定すぎんだろ。ヤバいDV男の兆候だぞ」
太郎がドン引きした顔で言った。
「その上、その公爵様が連れている『モフモフの聖獣』も厄介で……。女性には『キュ〜ッ♡』と鳴いて懐くくせに、男の人が近づくと巨大な火柱を上げて燃やそうとするんです!」
「はぁ?」
太郎の眉間から、ピキリと青筋が立った。
「男にだけ敵意を向けて火を吹く?……サリー。そのモフモフ、中身は絶対に『若い女の匂いが好きな中年親父』だぞ。騙されるな」
「ちゅ、中年のおじさん……!? あんなに可愛い顔をしているのに!?」
「ファンタジーを舐めるな。可愛いガワを被ったおっさんなんて腐るほどいる。それに……人間様(しかも無害な男)に噛み付いたり火を吹いたりするなら、狂犬病の疑いで即刻『保健所』行きだろ! 飼い主(公爵)の管理責任と賠償問題はどうなってんだ!」
太郎はもはや、ツッコミの連続で息も絶え絶えになっていた。
大理石の排水問題。コスパ最悪の追放劇。法律無視の公爵。食塩水の交易品。そして、保健所行きの親父聖獣。
女性向けテンプレという名の『インフラと常識の崩壊』が、ムーンキャピタルには蔓延しているのだ。
「……そもそも、第一産業(農業)や第二産業(工業)はどうなってるんだ。街中の人間が恋愛や婚約破棄ばかりしていて、誰が畑を耕し、誰がバキュームカー(汲み取り車)を運転して下水を処理してんだよ!」
太郎は力強く立ち上がり、首のタオルをビシッと締め直した。
「サリー。ポポロ村の代表として、俺が直々にその『ムーンキャピタル』とやらの視察に行ってやる。我が国の常識と法律、そして『インフラの重要性』を、そのお花畑な連中の脳天に叩き込んでやる!」
「た、太郎様……! ありがとうございます! 太郎様がいれば百人力です!」
サリーが安堵の涙を流して太郎の手にすがりつく。
かくして。
『100均スキルを持つ現実主義の王』が、女性向けテンプレ満載のカオス都市へと乗り込むことになった。
彼が持ち込むのは、魔法でもロマンスでもない。
現代社会の『圧倒的な正論』と『コンプライアンス(法令遵守)』である。
ムーンキャピタルの甘ったるい常識が、太郎によって粉砕される日は近い。
読んでいただきありがとうございます。
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