EP 10
【懲りない神々】初任給と、新たなツケの始まり
「……ふぅ。これで、お前らの莫大な借金問題も一件落着だな」
タローソンのバックヤード。
うず高く積まれていた金貨の山を正確に計算し終えた太郎は、安堵の息を吐きながら、二人の女神に向かって分厚い茶封筒(給料袋)を手渡した。
「カグヤ。これはお前の分だ。オロチの借金の元本と、うちのボッタクリ駐車料金20万円を差し引いても、お前の手元にはまだこれだけの『現金』が残る。スパチャの威力、恐るべしだな」
「た、太郎様……っ」
カグヤは震える両手で、その茶封筒を受け取った。
ずしりと重い。
これまで、信者から貢がれた国宝級のアイテムを質屋のカウンターに叩きつけ、冷酷な査定額とともに受け取ってきた現金とは、明らかに違う重みだった。
「私……私、生まれて初めて、自分の労働(と炎上配信)で稼いだお金を手にしましたわ……っ。モップがけで腰が痛くなったのも、お賽銭箱を巡って大乱闘したのも……無駄じゃなかったんですね……っ」
カグヤの美しい瞳から、ポロポロと真珠のような涙がこぼれ落ち、縞々のエプロンを濡らす。
「ルチアナ。お前の50万のツケも、これで完全相殺だ。お前にもこれだけのお釣りが残ってる。大事に使えよ」
太郎がもう一つの茶封筒を渡すと、ルチアナもまた、鼻をグズグズと鳴らしながらそれを受け取った。
「うぅ……っ。太郎のバカ、ボッタクリ悪徳店長のくせに……。こんな時だけ優しいんだから……っ。ありがとう、太郎……っ」
芋ジャージの袖で涙を拭うルチアナ。
二人の最高神が、下界のコンビニエンスストアのバックヤードで、たった一つの給料袋を抱きしめて涙を流している。
その姿は、ある種の崇高な美しさを放っていた。
「……労働の汗って、悪くありませんのね。見栄を張って高級ブランドを身にまとうよりも、この縞々のエプロンを着て流した汗の方が、何倍も尊く感じますわ」
カグヤが、憑き物が落ちたような穏やかな笑顔で微笑む。
「ええ……。私も、クレカのリボ払いでガチャを回すような自堕落な生活はもうやめるわ。これからは、身の丈にあった生活をして、コツコツと堅実に生きていくわね」
ルチアナも、深く頷きながら誓いを立てた。
「ははっ、その意気だ。お前らも、やればできるじゃないか」
太郎が二人の頭をポンポンと撫でる。
(まぁ、こいつらのことだからすぐにボロが出るだろうが……今日は大目に見てやるか)
「店長! 私の分も! 私の分の給料袋もくださいませ!」
リーザが、背中にお賽銭箱型掃除機を背負ったまま、目をキラキラさせて飛びついてきた。
「おう、お前のはここだ。お前が一番稼いだからな。一番分厚いぞ」
太郎から分厚い封筒を受け取ったリーザは、中身の札束(金貨)を見て「ヒャハーッ!」と奇声を上げた。
「やりましたわぁぁっ! これで毎日、特売の茹で卵にマヨネーズをかけることができますわ! 憧れのマイ・ライブハウス建設に向けて、全額ガッチリ貯金しますのよ!」
相変わらずスケールの小さいド底辺な喜び方だが、その堅実さは女神たちに爪の垢を煎じて飲ませたいほどであった。
「さて、と。借金も返したことだし、今日はもうあがっていいぞ。お疲れ様」
太郎がタイムカードの打刻を促す。
「はいっ! お疲れ様でしたわ、店長!」
「明日もまた、真面目にモップがけしますわね!」
改心した女神たちが、晴れやかな顔でバックヤードを後にしようとした。
このまま終われば、タローソンを舞台にした『感動の労働賛歌』として、美しい大団円を迎えるはずだった。
――そう、その『通知音』が鳴らなければ。
『ピロリンッ♪』『ピロリンッ♪』
カグヤとルチアナのエンジェルスマートフォンが、全く同時に、けたたましい電子音を鳴らしたのだ。
「あら? ゴッドチューブからの通知かしら?」
「誰かから裏垢にリプが来たのかな?」
二人は何気なくスマホの画面を覗き込んだ。
そして。
「「――――ッッ!!」」
カグヤとルチアナの動きが、彫像のようにピタリと硬直した。
先ほどまでの穏やかな表情が、まるで悪霊に取り憑かれたかのように、スッと抜け落ちる。
「……ル、ルチアナちゃん。この通知……見ましたこと?」
カグヤの声が、ひゅうひゅうと震えている。
「え、ええ……。見たわ。見ちゃったわ……」
ルチアナの瞳孔が、極限まで開ききっていた。
彼女たちのスマホの画面にデカデカと表示されていたのは、大人気イケメンアイドル『朝倉月人』の公式アプリからの緊急プッシュ通知であった。
『緊急開催! 【朝倉月人・ジューンブライド限定SSR確定ステップアップガチャ】!!
純白のタキシードに身を包んだ月人君が登場!
なんと今回は、ステップ5(天井)まで回せば、必ず限定SSRが排出&特別プロポーズボイス付き!
さぁ、月人君と永遠の愛を誓おう!!』
「じゅ、ジューンブライド限定……っ! つ、月人君のタキシード姿……っ!」
ルチアナの鼻の穴が全開に広がり、荒い息が漏れる。
「永遠の愛を誓うプロポーズボイス……っ! それはつまり、月人君が私に求婚しているということですわね!? 神と人間の種族を越えた愛の結実ですわ!!」
カグヤの光輪が、危険な色(ギャンブル依存症特有の赤色)にチカチカと点滅し始めた。
「ちょ、ちょっと待てお前ら。嫌な予感がするぞ」
太郎が慌てて制止しようとするが、すでに手遅れであった。
「て、天井まで回せば確定……! つまり、お金さえ積めば確実に月人君をお迎えできるという神運営の慈悲……!」
「見なさい、ルチアナちゃん! 私たちの手元には今、労働の汗の結晶である『分厚い給料袋』がありますわ!! 計算すると、ちょうど天井まで回せる金額ですの!!」
二人の女神は、つい一分前に立てた「身の丈にあった堅実な生活」という誓いを、宇宙の彼方へとブン投げた。
「「引くっきゃない!!」」
もはや、そこに神の威厳も、労働の尊さもなかった。
あるのはただ、「推しの限定SSR」というデジタルデータに魂を売った、哀れなソシャゲ廃人の姿のみ。
二人はその場でエンジェルスマートフォンを操作し、今もらったばかりの給料(金貨)を、光の速さで課金システムへと突っ込んだのだ。
『チャリンッ! チャリンチャリンッ!』
魔法の音と共に、彼女たちの稼いだお金が、電子の海へと消えていく。
「や、やめろバカ! それはお前らがモップがけと炎上配信で血反吐を吐いて稼いだ金だぞ!!」
太郎のツッコミも虚しく、二人の指は止まらない。
「いきますわーっ! 月人君、私のもとへいらっしゃいませぇぇっ!! 10連ガチャ、スタート!!」
カグヤが狂気の笑みを浮かべてタップする。
画面に虹色の演出(SSR確定演出)が走った。
「「キターーーーーッ!! 虹色演出!!」」
二人の女神が抱き合って歓喜の悲鳴を上げる。
そして、現れたSSRカードのシルエットが実体化する。
『SSR確定! 【筋肉隆々・ボディビルダー朝倉(※エイプリルフール復刻版)】』
「「…………は?」」
カグヤとルチアナの笑顔が、パリリンッ!と音を立てて砕け散った。
「ち、違う! 私が欲しいのはタキシード姿の月人君よ! なんで復刻版のマッチョが出てくるのよぉぉっ!」
「こ、これだから悪徳運営は……っ! 『※ただし他のSSRが排出される確率もあります』という極小の注意書きを見落としましたわ!」
すり抜け爆死。
ソシャゲにおける最も残酷で、最も心が折れる瞬間である。
「ま、まだですわ! まだ給料は残ってますの! 次こそは必ず……!」
「回す! 当たるまで回すのよぉぉっ!」
狂乱の追加課金。
しかし、現実は非情であった。
【N】【R】【SR】……そして時折排出される【SSR(すり抜け)】。
ジューンブライド限定の朝倉月人は、いつまで経っても姿を現さなかった。
そして、数分後。
「……あ」
カグヤのスマホの画面に、『残高が不足しています』という無慈悲な赤い文字が表示された。
ルチアナのスマホも同様であった。
「…………」
二人の女神の目から、光が完全に消え失せた。
「あ……あぁ……っ」
先ほどまでの分厚い給料袋は、すっかり空っぽになり、ただの薄っぺらい紙切れと化して床に落ちていた。
過酷な深夜シフト、時給800円の労働、オロチの襲撃、そして全世界に醜態を晒した炎上ライブ。
その全ての対価が、わずか数分のガチャによって虚無へと帰したのだ。
「……あーあ。言わんこっちゃない」
太郎が、呆れ果てて額を押さえる。
「……て、店長ぉ……」
「た、太郎様ぁ……」
カグヤとルチアナが、ゾンビのような足取りで太郎にすり寄り、その足元にすがりついた。
「お、お腹が……空きましたわ……。今日のご飯を買うお金も、残っていませんの……」
カグヤが涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら懇願する。
「私、今月のお家賃も払えない……っ。ねぇ太郎、お金貸して……。せめて、消費期限切れの廃棄弁当、ツケで食べさせてぇ……っ」
ルチアナが情けない声で泣きつく。
先ほどの「堅実に生きる」という誓いはどこへやら。彼女たちは再び、借金とツケにまみれた『ド底辺の駄女神』へと完全に逆戻りしていたのだ。
太郎は、足元ですがりつく二人を冷酷な目で見下ろし。
右手を虚空にかざした。
「いでよ、100円ショップ! 特大ハリセン!!」
『スパーーーーーーーンッッ!!!』『スパーーーーーーーンッッ!!!』
「「あべばっ!?」」
容赦のないツッコミが、二人の頭頂部に炸裂した。
「一生働け、この懲りない駄女神どもが!! 廃棄弁当食いたきゃ、今日の深夜シフトも強制参加だからな! ツケの分だけモップがけしろ!!」
太郎の怒号が、バックヤードに響き渡る。
「ひぃぃぃっ! 鬼! 悪魔! ボッタクリ店長ぉぉっ!」
「また時給800円生活からやり直しですわーっ!! 誰か助けてくださいませーっ!」
床を転げ回って泣き叫ぶ神々。
その様子を、横で見ていたリーザが、「フフンッ!」と得意げに胸を張った。
「やはり、神様といえども欲望には勝てませんのね! 私はこの給料を、決して無駄遣いなどいたしませんわ! 明日のパンの耳をグレードアップさせるために、お賽銭箱にガッチリロックをかけて貯金しましたもの♡ ドヤァ!」
底辺を生き抜くアイドルの逞しさが、最高神のポンコツぶりを完全に凌駕した瞬間であった。
「はぁ……。どいつもこいつも、本当に世話が焼ける」
太郎は深いため息をつきながらも、どこか楽しげに笑い、微糖の缶コーヒーをプシュッと開けた。
アルクス城下町に、新しい一日が始まる。
タローソンの自動ドアが開き、「いらっしゃいませ!」という太郎とリーザの元気な声、そして「いらっしゃいませぇ……(涙声)」という女神たちの悲痛な声が響き渡る。
見栄と借金、そしてソシャゲの闇に飲まれた神々の労働生活は、これからも続いていく。
だが、この騒がしくも平和な『太郎国の日常』が、彼らにとって何よりも得難い宝物であることを、誰もが(薄々は)気づいているのだった。
最高にバカで、最高に愛おしい異世界コンビニエンスストア。
本日も、タローソンは絶賛24時間営業中である。
【神々のタローソン時給労働編・完】
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
これにて『神々のタローソン時給労働編』は完結となります!
「やっぱりガチャで爆死したww」「この女神たち、一生学ばないな(笑)」「太郎のハリセンオチ、実家のような安心感!」と少しでも楽しんでいただけましたら、大変嬉しく思います。
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皆様の応援が、次なる「太郎国」のカオスな日常を生み出す力になります。
次章も、腹を抱えて笑える最高のコメディをお届けできるよう頑張りますので、引き続き『太郎国』の物語をよろしくお願いいたします!




