EP 7
【天界からの刺客】ヴァルキュリアの視察
「……いらっしゃいませぇ。温めますかぁ? もう勝手に温めていいですかぁ?」
「……お箸つけます? いえ、手で食べてくださいませ。エコですわ」
朝の7時。
アルクス城下町に爽やかな朝日が差し込む頃、タローソンのレジカウンターには、完全に生気を失い、ゾンビのように虚ろな目でバーコードをスキャンしている二人の女神の姿があった。
ルチアナとカグヤである。
過酷な深夜シフトを終え、さらにはリーザとの『まかない争奪・売上バトル』で敗北し、しなしなの廃棄弁当ですすり泣いた彼女たちのHPは、すでにマイナス領域へと突入していた。
「あー、もうダメ。足がパンパンよ……。神の御足が浮腫むなんて、あってはならないことだわ……」
ルチアナがレジの台に突っ伏し、芋ジャージの袖で涙を拭う。
「お黙りなさいな……。私なんて、シャネリアのジャケットに肉まんの匂いが染み付いてしまいましたわ……。質屋での査定額が下がってしまいますのよ……」
カグヤもまた、ギラギラと光る光輪を薄暗く点滅させながら、うわ言のように呟いている。
「おい、新人ども。朝の通勤・通学ラッシュが始まるぞ。ダラダラしてないで前を向け」
バックヤードから、品出し用の台車を押しながら太郎が発破をかける。
その後ろでは、特上ステーキ弁当を食べて完全にHPとMPを全回復させたリーザが、「シャキッとしなさいませ! 時給泥棒ですわよ!」と謎の先輩風を吹かせていた。
その時である。
『ピカァァァァァァァァッッ!!!』
タローソンの自動ドアの外、駐車場のど真ん中に、天を貫くような強烈な『神聖なる光の柱』が突如として降り注いだ。
あまりの眩しさに、太郎やリーザ、そして店内にいた数人の客たちが思わず目を細める。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
太郎が警戒し、腰の奥に隠し持っている神殺しの武具(雷霆)に手を伸ばしかけた瞬間。
光の中から、一人の美しい女性が姿を現した。
純白の鎧に身を包み、背中には神々しい六枚の純白の翼。手には裁きの聖槍を握りしめ、その冷徹な青い瞳は、極寒の吹雪のように鋭く澄み切っている。
天界の最高戦力にして、女神ルチアナの右腕(そして実質的なお目付け役)。
天使族長、ヴァルキュリアであった。
「……あ。終わった」
ルチアナが、レジカウンターの下にヒュッと身を隠した。
ヴァルキュリアは、タローソンの自動ドアの前に立つと、センサーが反応して『カランコロン♪』という気の抜けたチャイムが鳴るのを待ってから、ズンッ!と重い足取りで店内へと足を踏み入れた。
「ルチアナ様。どこにいらっしゃいますか。隠れても無駄ですよ。貴女のその、怠惰で腐りきった神気は、天界にまで悪臭を放っております」
ヴァルキュリアの声は、静かでありながら、絶対に逆らえない冷酷な響きを持っていた。
「ひぃぃっ! ヴァルキュリア!? なんで、なんで下界に降りてきたのよ!」
ルチアナがレジの中から恐る恐る顔を出す。
ヴァルキュリアはズンズンとレジに歩み寄り、バンッ! とカウンターの上に『分厚い書類の束』を叩きつけた。
「なんで、ではありません! 天界の神聖マンションの郵便受けから溢れ返っていた、この『魔導クレジットカードの督促状』の山はなんですか!!」
「あばばばばばっ!? み、見ないでぇっ! 乙女のプライバシーよ!」
「プライバシーも何もありません! クレジットカードが利用停止になり、借金取りから天界本部にまで電話がかかってくる始末! 挙げ句の果てに、下界のコンビニエンスストアで、芋ジャージの上にベストを着て『バーコードをピッピしている』とは、神の尊厳を何だとお考えですか!!」
ヴァルキュリアの怒声が、タローソンにビリビリと響き渡る。
ルチアナは完全に縮み上がり、「ご、ごめんなさい……月人君のガチャが……SSRが引けなくて……」と涙目で言い訳をするのが精一杯だった。
その横で、カグヤが「オホホホ……」と、極めて不自然な作り笑いを浮かべていた。
「大変ですわね、ルチアナちゃん。右腕がこんなにおっかないお目付け役だなんて。私のように、自己管理が完璧な神からすれば、信じられないだらしなさですわ♡ ヴァルキュリアさん、こってり絞ってやってくださいな」
カグヤがルチアナを切り捨て、自分だけは高みの見物を決め込もうとした、その瞬間。
ヴァルキュリアの氷のような視線が、カグヤへと突き刺さった。
「……月界の女神、カグヤ様。貴女も他人のことを言える立場ですか?」
「へ? わ、私は……」
ヴァルキュリアは、懐からもう一つの書類――『ゴルド質店の査定リスト』と『レンタカーの未払い請求書』を取り出した。
「天界監査局からの報告によれば、貴女は信者からの『蓬莱の玉の枝』や『火鼠の裘』といった国宝級の献上品を、受け取ったその日のうちに下界の質屋で換金。そのお金で夜の街でギャラ飲みを開き、さらには真っ赤なレンタカーを乗り回して延滞金を滞納しているとのことですが?」
「なっ――――!!?」
カグヤの顔から、スッと血の気が引いた。
「ど、どこでその情報を……!? 違いますわ! あれは、神聖な経済活動の一環であって……!」
「しかも、その頭に浮かべている下品なダイヤモンドの光輪。ローンの支払いが三ヶ月滞っており、ドワーフの宝石商から『差し押さえの手続きに入る』と天界にクレームが来ております」
「あばばばばばばっ!? や、やめてぇっ! 光輪を持っていかれたら、私はただのコスプレした港区女子になっちゃいますわーっ!」
カグヤもまた、ルチアナと全く同じように、カウンターの下で頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「……はぁ。どいつもこいつも、最高神の自覚が欠片もありませんね」
ヴァルキュリアが、こめかみを押さえて深いため息をつく。
そして、彼女は天使の翼をバサァッ!と広げ、圧倒的な威圧感と共に二人の駄女神の首根っこをガシッと掴み上げた。
「ルチアナ様。そしてカグヤ様。貴女たちには、徹底的な『再教育』が必要です。……店長殿。バックヤードの空間を、数時間お借りしてもよろしいでしょうか?」
ヴァルキュリアが、太郎に向かって礼儀正しく頭を下げる。
「お、おう。いいよ。在庫の段ボールには触れないようにしてくれれば」
太郎が若干引き気味に許可を出す。
「感謝します。さぁ、お二人とも。来なさい」
「いやぁぁぁっ! た、太郎助けて! 殺される! 天使に絞め殺されるわ!」
「私にはファンがいるんですのよーっ! 離しなさいーっ!」
二人の女神は、ヴァルキュリアによってズルズルとバックヤードの奥深くへと引きずり込まれていった。
直後、分厚い鉄扉がバタンッ!と閉まり、中から『正座しなさい!!』というヴァルキュリアの怒号と、ドスゥゥゥン!という壁ドン(壁を破壊する勢いの物理的圧力)の音が鳴り響いた。
「ひぃぃっ!」「ごめんなさいですわーっ!」という悲鳴が、ドア越しに漏れ聞こえてくる。
「……あーあ。連れて行かれちゃったな」
太郎が、バックヤードの扉を見つめながら肩をすくめる。
「自業自得ですわ。あんなにお金にだらしないなんて、神様の風上にも置けませんのよ」
リーザがエプロンの紐をキュッと結び直しながら、呆れたように首を振る。
その時、時計の針が午前7時30分を指した。
アルクス城下町の朝。それは、タローソンにとって一日で最も忙しい『朝のピークタイム』の始まりである。
通勤前の冒険者、朝食を買い求める騎士団の面々、さらには登校前の魔法学校の生徒たちが、次々と店内に雪崩れ込んできた。
「店長! カツサンドと回復ポーション!」
「俺はタローマン特製肉まん二つ!」
「ホットコーヒーのLサイズお願いしまーす!」
レジには瞬く間にお客の長蛇の列ができた。
本来なら、ルチアナとカグヤを含めた三人体制で回す予定だった時間帯。それが今、バックヤードでの『5時間正座説教』により、実質的に太郎とリーザの二人きりになってしまったのだ。
「やれやれ。あいつら、結局一番忙しい時間に使えねぇな」
太郎が首のタオルを巻き直し、レジの前に立つ。
「店長! 文句を言っている暇はありませんわ! 私たちの華麗なるコンビネーションで、このピークを乗り切りますわよ!」
リーザが、もう一つのレジの前に立ち、気合いを入れる。
「おう。いくぞリーザ」
「はいですわっ!」
そこから先の光景は、まさに『プロフェッショナル』の一言であった。
「いらっしゃいませ! カツサンドとポーションで銀貨3枚になります! 次のお客様!」
「タローマン肉まんですね、ただいまお包みしますわ! 出来立ての熱々ですのよ!」
太郎の無駄のない正確なスキャンと、リーザのアイドル仕込みの愛嬌あふれる接客。
二人は一言も言葉を交わすことなく、阿吽の呼吸で袋詰め、お釣りの受け渡し、ホットスナックの提供を流れるようにこなしていく。
そこには、魔法も闘気も奇跡もない。あるのはただ、接客業を極めた者だけが到達できる『究極の効率化(レジ打ちのゾーン)』であった。
「す、すげぇ……。あの二人、手元を見ずにバーコードを読み取ってるぞ!」
「お釣りのスピードが神業だ!」
並んでいた客たちが、二人の鮮やかな手際に感嘆の声を上げる。
『ドガァァァンッ!!』
「ひぃぃぃっ! 許してぇぇっ!」
「クレカは、クレカはもうハサミで切りますわぁぁっ!」
バックヤードから時折漏れ聞こえてくる神々の情けない悲鳴をBGMにしながら、太郎とリーザは次々と客を捌いていく。
「……ふっ。やっぱり、働くってのはこうじゃなきゃな」
太郎が、少しだけ楽しそうに笑う。
「当然ですわ! 私たちの汗の結晶(時給)が、このタローソンを支えているんですのよ!」
リーザも満面の笑みで応えた。
神々の威厳がバックヤードで粉々に砕け散る中、タローソンのレジカウンターだけは、元コンビニアルバイターと底辺アイドルの手によって、最高に輝かしい労働の汗に包まれていた。
過酷な朝のラッシュは、こうして見事に乗り切られる。
しかし、神々の受難はこれだけでは終わらない。
次回、さらなる恐怖――『リアルな借金取り』がタローソンに襲来する。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
「ヴァルキュリアさん、完全におかんww」「カグヤの光輪がローンだったの笑う!」「太郎とリーザのコンビネーション、プロすぎる!」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価していただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします!(作者が泣いて喜びます!)
次回、第58話『【借金取り襲来】ゴルド商会と太郎の「100均論破」』!
ついにカグヤの借金の取り立てに、あのヤクザ風の男がタローソンへ! しかし、太郎が「現代の法律」と「100均グッズ」でまさかの撃退!?
引き続き、太郎国のドタバタ日常コメディをお楽しみください!
応援よろしくお願いいたします!




