EP 3
【神々の没落】笑うルチアナにツケは巡る
「あーっはっはっはっは!! 傑作! 最高に傑作だわ!!」
タローソンの店内に、ルチアナの下品な高笑いが響き渡っていた。
手には半分飲みかけのストロング系チューハイ。ピンク色の芋ジャージを揺らしながら、彼女は腹を抱えて爆笑している。
その視線の先には、20万円の請求書を突きつけられ、顔面を土気色にしてへたり込んでいる『永遠のライバル』カグヤの姿があった。
「ププッ……! なぁにが『ブラックカードにボーナスが振り込まれすぎて困ってる』よ! 中身は督促状の山じゃないの! 質屋のタグを付けたままのレンタカーで見栄を張って、挙げ句の果てにボッタクリ駐車料金で詰むなんて……っ! 港区女子(偽)の末路として完璧すぎて涙が出るわーっ!」
「キィィィィッ! う、うるさいですわ! 偶然ですの! 今日はたまたま、手持ちの現金が少なかっただけで……っ!」
カグヤが床に座り込んだまま、ギリィッと歯ぎしりをする。
だが、高級ハイブランドで固めたその姿は、今や『ただの借金まみれの痛い女』という現実の前に、何の威厳も放っていなかった。
「あー面白い。今日の裏垢のポストはこれで決まりね。最高の酒の肴をありがとう、カグヤちゃん♡」
ルチアナが勝ち誇ったように笑い、残りのチューハイをグイッと飲み干そうとした、その時である。
『ジジジジジジジジジ……ッ』
レジの奥で、太郎が操作する端末から、果てしなく長いレシートがプリントアウトされ始めた。
それはまるで白い滝のように床へと伸び落ちていく。
「……あー、ルチアナ。カグヤの底辺っぷりを笑ってるところ悪いんだけどさ」
太郎が、その異常に長いレシートをピリッと破り取り、カウンター越しにルチアナの目の前にヒラヒラと提示した。
「お前も、人のこと笑ってる場合じゃないぞ」
「……へ?」
ルチアナの笑顔が引き攣った。
「毎日のストロング系チューハイ、イカソーメン、新作の唐揚げ弁当、それにタローソン限定の月人君コラボお菓子全種コンプリート。……今月に入ってからの、お前の『ツケ』の合計金額だ。カグヤが払うって言ったのは今日の分だけだからな」
太郎が極めて事務的な、そして無慈悲な声で合計金額を読み上げる。
「総額、金貨50枚――日本円にして、ジャスト『50万円』だ。……さて、月末だし、そろそろ耳を揃えて払ってもらおうか」
「ご、ごじゅっ……!?」
ルチアナの目玉が飛び出んばかりに見開かれた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 私のツケ、そんなに溜まってたの!? 嘘でしょ!?」
「嘘じゃない。毎日コツコツと飲み食いすれば塵も積もって山となるんだよ。ほら、明細書。サインも全部お前の筆跡だろ」
突きつけられたレシートには、ルチアナの堕落しきったタローソン生活の歴史が、1円の狂いもなく克明に記録されていた。
「だ、だからって……今すぐ払えなんて殺生よ! 私のクレカの限度額がヤバいのは太郎も知ってるでしょ!? 来月、来月まで待ってちょうだい!」
「さっき自分で『限度額カツカツ』って言ってただろ。来月になったところで神界の予算が下りる保証もないし、お前、入ったそばからソシャゲのガチャに課金するから信用度ゼロなんだわ」
太郎は微糖の缶コーヒーをコンッとカウンターに置き、冷酷な目で二人の駄女神を見下ろした。
手元には、カグヤの20万円の請求書と、ルチアナの50万円の請求書。
「オホホホホ! ざまぁありませんわね、ルチアナちゃん! 50万のツケって、私より遥かに借金まみれじゃありませんの!」
「う、うるさいわね! アンタだって払えないくせに!」
目くそ鼻くその罵り合いを始める二人。
太郎は深くため息をつくと、レジの下からゴソゴソと『ある物』を取り出し、二人の顔面にバサァッ!と投げつけた。
「きゃっ!?」
「な、なんですのこれ!?」
二人の顔を覆ったのは、青と白の縞模様が特徴的な、タローソンの従業員用ユニフォーム(エプロンとベスト)であった。
「うちの店はね、無銭飲食や違法駐車をするような輩に施しをする慈善事業じゃないんだ。金がないなら……『身体』で払ってもらおうか」
「「カ、カラダァァァッ!?」」
二人の女神が両腕で胸を隠し、悲鳴を上げる。
「勘違いするな。健全な時給労働だよ」
太郎がホワイトボードを指差す。そこには『アルバイト急募! 時給銅貨8枚(800円)』と書かれていた。
「時給800円。カグヤは20万だから……250時間。ルチアナは50万だから……625時間。今日からみっちり、深夜シフトを含めてタローソンでバイトして借金を返済しろ。逃げたら天界の主神とゴード商会に借用書を送りつけるからな」
「じ、時給800円!? 世界神の私の労働力が、たったの800円ですって!?」
カグヤが信じられないものを見る目で抗議する。
「店長(王)である俺の時給換算より高いんだから文句言うな。神だろうが魔王だろうが、この店じゃ『払えない客はただの労働力』だ。四の五の言わずに着替えろ」
太郎の元コンビニアルバイターとしての謎の威圧感(と借金の弱み)の前に、二人の女神はついに反論する言葉を失った。
***
数十分後。
「……なんで私が、こんな底辺の作業を……ブツブツ」
「アンタが変な見栄張って高級ワインなんか頼むからでしょ! モップがけ、そこムラになってるわよ!」
タローソンの店内に、屈辱に塗れた神々の姿があった。
ルチアナはピンクの芋ジャージの上にタローソンのベストを羽織り、手にハタキを持って商品棚の埃を払っている。
カグヤに至っては、数十万円するシャネリアのジャケットの上に縞々のエプロンをねじ込み、ギラギラと光るダイヤモンドの光輪の下で、泣きべそをかきながら床のモップがけをさせられていた。
「あぁ……私のルイ・ルナのドレスに、モップの汚水が……っ」
「動かす手が止まってるぞカグヤ。時給引くからな」
レジの中から太郎が容赦なくゲキを飛ばす。
絶対的な権威と魔力を持つはずの彼女たちが、100均のモップとハタキを握らされ、時給800円の労働に勤しむ姿。それはまさに、神の威厳が地に墜ちた歴史的瞬間であった。
その時である。
『カランコロン♪』
入店チャイムの軽快な音が響き、自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませ……」
床を磨いていたカグヤが、虚ろな目で、マニュアル通りの力ない挨拶を口にする。
「こんばんは〜。太郎様、夜食用のニンジンジュースと、明日の朝のパンを買いにきました……って、え?」
店に入ってきたのは、レオンハート獣人王国の姫であり、ルチアナたちのシェアハウスに居候している月兎族の少女、キャルルであった。
キャルルは、入り口のマットのすぐ横で、モップを握りしめている女性の姿を見て、完全にフリーズした。
美しい黒髪。夜空を思わせる神秘的なオーラ。そして頭上でギラギラと輝く光輪(ダイヤモンド付き)。
それは、月兎族が毎晩祈りを捧げ、神棚に飾ってある肖像画と寸分違わぬ、大いなる月の世界の女神・カグヤその人の姿であった。
「カ……カ、カグ、ヤ……様……?」
キャルルが持っていた買い物かごを、ポロリと床に落とす。
「あ」
カグヤの動きも、完全に停止した。
(や、やばいですわ!? よりによって、一番の狂信者種族(月兎族)の姫君に、この惨めな時給労働の姿を見られてしまいましたわ!?)
キャルルの瞳が、信じられないものを見るように小刻みに震えている。
神聖なる女神が。月兎族の誇りにして、絶対の信仰対象が。
深夜のタローソンで、縞々のエプロンをつけて、床の醤油のシミをモップでゴシゴシと擦っているのだ。
「ど、どうして……。カグヤ様が、どうしてコンビニでバイトなんてされているのですか……!? まさか、天界が財政破綻でもしたのですか!?」
キャルルの目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ち、違いますのよキャルル! これは……そう! これは『試練』ですわ!」
カグヤは慌ててモップを背中に隠し、必死に取り繕うとする。
「し、試練……?」
「ええ! 私たち神は、下界の民の苦労や生活を深く理解するために、定期的にこうして……ええと、自ら底辺の労働を体験するという『神聖なる視察任務』を行っているのですわ! 決して駐車料金をボッタクられて借金取りに追われているわけではありませんのよ!!」
墓穴を掘りまくる言い訳。
しかし、キャルルの純粋な信仰心は、その苦しい言い訳を奇跡的な解釈で捻じ曲げた。
「そうだったのですね……! 民の苦しみを理解するために、自ら進んでこんな過酷な深夜シフトに……! あぁ、カグヤ様! なんという慈愛に満ちたお方なのでしょう!」
キャルルはその場に膝をつき、両手を合わせて祈り始めた。
「あ、あははは……。わかってくれれば良いのですわ。さぁ、お買い物をして、早く帰って寝なさいな……」
カグヤが引き攣った笑顔で誤魔化す。
(ふぅ……。なんとか誤魔化せましたわ。これで私の威厳は保たれ……)
カグヤが安堵の息を吐きかけた、その時。
「おい新人。口を動かす前に手を動かしなさい。床のシミがまだ落ちてませんわよ」
バックヤードの扉がバンッ!と開き、ピンク色の芋ジャージ姿の少女――リーザが、腕を組んで鬼のような形相で現れた。
「ヒィッ!? リ、リーザ先輩!?」
カグヤがビクッと肩を跳ねさせ、慌ててモップがけを再開する。
「いいですか、カグヤ。時給800円の重みを舐めないでくださいませ! 貴女がサボった1分1秒は、私たちが食べる明日の茹で卵の塩の量に直結するんですのよ! さっさとそこを拭き終えたら、トイレ掃除に行ってくださいませ!」
「は、はいぃっ! 申し訳ありません、先輩っ!!」
世界神であるカグヤが、底辺アイドルであるリーザに怒鳴られ、涙目でペコペコと頭を下げながらトイレの方向へとダッシュしていく。
「…………」
その光景を目の当たりにしたキャルルの口から、パスタのように魂がスルスルと抜け出ていった。
「カグヤ様が……パンの耳アイドルのリーザちゃんに……顎で使われて、トイレ掃除に……っ。あぁ……私の、神様が……」
キャルルは白目を剥き、そのまま静かにタローソンの床へと崩れ落ちた。
「おいリーザ。お客さん(キャルル)が気絶したぞ」
レジの中から太郎が呆れ声で言う。
「あら、いけませんわ。キャルル、しっかりしてくださいませ! あっ、ついでにそこの落ちてる銅貨、拾っておきますわね!」
ちゃっかり小銭を回収するリーザ。
こうして。
神々の尊厳を完全に打ち砕いた、タローソンでの『地獄の時給労働』が幕を開けた。
明日からは、ド底辺のサバイバー・リーザを教育係に迎えた、狂気の接客研修が始まるのである。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
「ルチアナのブーメラン笑ったww」「ついに神々が時給800円のバイトに!」「キャルルちゃんの信仰心が崩壊するぅぅ!」と少しでも楽しんでいただけましたら、
ページ下部にある【ブックマークに追加】と、
【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価していただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします!(作者が泣いて喜びます!)
次回、『【ド底辺研修】リーザ先輩の黒い教え』!
教育係となったリーザが神々に教える「接客の極意」は、まさかの横領!? お賽銭箱を利用したブラックすぎる研修がスタートします!
引き続き、太郎国のドタバタ日常コメディをお楽しみください!
応援よろしくお願いいたします!




