EP 10
【大団円】ルナキンでの打ち上げと、温かい日常
アルクス城下町の中心にそびえ立つ巨大商業施設『ルナミスデパート』。
その最上階にある24時間営業のファミリーレストラン『ルナミスキング』――通称ルナキンは、今夜、かつてないほどの異常な熱気と、圧倒的なカロリーの暴力に包まれていた。
「す、すごいですわ……! メロンパフェが甘い……! 甘いですわぁぁぁっ!」
「あぁ……っ。口の中の粘膜が、優しく保護されていくのがわかります……。生クリーム、最高……!」
「ハチミツをたっぷりかけたパンケーキ……! 焦げた炭とは次元が違う美味しさよぉぉっ!」
フロアを埋め尽くすのは、数時間前まで魔獣コロシアムで『黄色い悪魔』の酸味に蹂躙され、顔を梅干しのようにシワシワにして悶絶していた強者たちである。
剣聖ライザ、魔法兵団長サリー、不死鳥フレアの三人の妻たちは、テーブルいっぱいに並べられた特大パフェとパンケーキを前に、ポロポロと感動の涙を流しながら甘味を貪っていた。
無理もない。
致死レベルの酸味と、謎の特訓で傷つき果てた彼女たちの味覚にとって、ルナキンの提供する暴力的なまでの『糖分』は、いかなる高度な回復魔法よりも効く、究極の特効薬であった。
「ガーッハッハ! よく見ろ弟子よ、この『ルナミス・メガ盛りステーキ(特製デミグラスソース)』を! 脂と肉汁こそが正義! わけのわからん柑橘類など、二度とラーメンには入れんぞ!」
竜王デュークが、顔面サイズのステーキを豪快にナイフで切り分けながら歓喜の咆哮を上げている。
「お嬢様、こちらに甘いニンジンジュースをご用意いたしました。胃の粘膜を優しく保護してくれますよ」
「あむっ……美味しいっ! 胃袋がホッとするわぁ。リバロン、ありがとう……!」
人狼族の執事リバロンが甲斐甲斐しく世話を焼き、月兎族のキャルルがジュースを飲みながら幸せそうに耳をパタパタと揺らす。
「もう……! 神であるこの私が、なんでこんなファミレスのチョコバナナサンデーで感動しなきゃいけないのよ! 美味しいけど! 悔しいくらい美味しいけどっ!」
芋ジャージ姿の女神ルチアナも、口の周りにチョコレートをつけながら、ヤケ食い気味にサンデーを掻き込んでいる。天界の配信のカメラは、すっかり『深夜の飯テロ枠』と化していた。
コロシアムの参加者、運営スタッフ、そして太郎国の要人たち。
その全員が、ルナキンを完全貸し切りにし、メニューにある『甘いもの』と『脂っこいもの』を限界まで注文し、狂乱の大宴会を繰り広げているのだ。
そして、この前代未聞の爆食パーティーのスポンサー(奢り主)は他でもない。
「ふふふ……! 皆様、遠慮なくどんどん頼んでくださいませ! 支払いは全て、この私、第1回レモン早食い選手権チャンピオンのリーザが、一括で払いますわよーっ!!」
ピンク色の芋ジャージを着た地下アイドル、リーザ・シーラン・リヴァイアサンであった。
彼女の目の前には、ルナキンの名物『特盛り唐揚げプレート』と『チーズたっぷりハンバーグ』、さらには『山盛りフライドポテト』が鎮座しており、彼女は両手にフォークを持って幸せそうにバクバクと頬張っている。
数時間前。
コロシアムから血走った目でルナミスデパートへ駆け込んだリーザだったが、現実の壁は非情であった。
宝石店で高級品を買い漁ろうにも、デパートの在庫を全て買い占めたところで、100億円という膨大なポイントを数時間で使い切ることなど物理的に不可能だったのだ。
しかも、高額転売を防ぐための『ポイント購入品の即日換金禁止』という謎の規約まで存在した。
絶望に打ちひしがれたリーザが、最後に辿り着いたのが、このデパートの最上階にあるファミレス『ルナキン』であった。
『もうどうにでもなれですわ! こうなったら、私のファン(?)であるコロシアムの皆さんと、太郎国の皆様を全員招待して、ポイントが尽きるまで限界まで飲み食いしてやりますわぁぁぁッ!!』
かくして、リーザの強欲は『ヤケクソの太っ腹』へと反転し、太郎国の仲間たちを巻き込んだこの大宴会が開催される運びとなったのである。
「ははは。まぁ、100億円のポイントは到底使い切れないだろうけど、この店の月間売上記録くらいは軽く塗り替えそうだな」
喧騒から少し離れた窓際のボックス席。
太郎は、ドリンクバーで注いできた微糖のホットコーヒーを啜りながら、幸せそうに笑い合う仲間たちの姿を、どこか慈しむような目で見つめていた。
首にタオルをかけたままのラフな格好は、相変わらず一国の王とは思えない。
しかし、彼の纏う空気は、激闘を終えた戦士たちを包み込むような、圧倒的な安心感に満ちていた。
「て、店長……! じゃない、太郎様!」
ドスドスと足音を立てて、両手に唐揚げを持ったリーザが太郎の席へとやってきた。彼女の口元は油でテカテカに光っている。
「どうしたリーザ。唐揚げのおかわりなら、タブレットで追加注文しといたぞ」
「ち、違いますわ! もちろん唐揚げも大事ですけれど……!」
リーザはゴクンと口の中のものを飲み込むと、背筋をピシッと伸ばした。
「私、まだ優勝賞品の『太郎様が願いを一つ叶える権利』を使っておりませんわ!」
「あぁ、そうだったな。現金化は無理だって言ったけど、それ以外なら可能な範囲で叶えてやるよ。なんだ? お城でも建ててほしいか? それとも、専用のライブハウスか?」
太郎が笑いかけると、リーザは少しだけモジモジとしながら、視線を泳がせた。
そして、顔を真っ赤にして、小さく、しかしハッキリと告げたのだ。
「……来月のお家賃がピンチなので、タローソンの深夜バイトのシフト……増やしてくださいませ」
「…………ぷっ」
太郎は思わず吹き出した。
金貨100万枚を手にするチャンスを得て、最強の妻たちが血眼になって争った『国王の願いを叶える権利』。
その使い道が、「コンビニのバイトのシフト増量」であった。
「あっ、笑いましたわね!? しょうがないじゃありませんの! 現金が手に入らなかったんですから、地道に稼ぐしかありませんわ! パンの耳生活から抜け出すには、安定した収入(時給)が必要不可欠なんですのよ!」
リーザが涙目で抗議する。
「あはははっ! ごめんごめん、お前らしいリアルな願いだなって思ってさ」
太郎は笑い涙を拭いながら、大きく頷いた。
「わかった。時給も少し色をつけてやるよ。あと、廃棄弁当は優先的にお前に回すように手配しておく」
「ほ、本当ですの!? さすが太郎様、太っ腹ですわーっ!! 一生ついていきますわぁぁっ!!」
リーザが万歳をして喜んでいると、そこにパフェのスプーンを持った妻たちが乱入してきた。
「ちょっとリーザ! 抜け駆けは許しませんわよ! 旦那様、私にもあーんしてくださいませ!」(ライザ)
「ライザさんズルいです! 旦那様、私にはパンケーキを切ってください!」(サリー)
「アンタたちうるさいわね! 旦那様は私が独占するって決まってるのよ!」(フレア)
「わーわー! 私がシフトの交渉をしている最中ですのよ! アイドルの営業を邪魔しないでくださいませ!」(リーザ)
太郎の周りに集まり、ギャーギャーと騒ぎ立てるヒロインたち。
遠くの席からは、デュークの豪快な笑い声や、ルチアナの「スパチャもっと投げなさいよ!」という神らしからぬ怒号、そしてリバロンを窘める鮫島のハードボイルドなため息が聞こえてくる。
窓の外に目を向ければ、アルクス城下町の美しい夜景が、宝石のようにキラキラと輝いていた。
「……あーあ。うるさい連中だ」
太郎は呆れたようにボヤきながらも、その口元には自然と、どうしようもないほどの優しい笑みが浮かんでいた。
魔王を倒す冒険でもなく、世界を救う壮大な戦いでもない。
ただ、100均のレモンに翻弄され、ファミレスの甘いパフェに涙を流し、くだらないことで本気になって笑い合える仲間たち。
(やっぱり、こういうバカバカしくて平和な日常が……一番の宝物だな)
太郎は微糖のコーヒーをゴクリと飲み干し、騒がしい妻たちと強欲なアイドルの頭を、順番にポンポンと撫でてやった。
「ほらほら、喧嘩しない。パフェも唐揚げも、まだまだ山ほどあるんだから。今日は朝まで、とことん付き合ってやるよ」
「「「やったぁぁぁっ!!」」」
太郎国の夜は更けていく。
圧倒的な強さと、それ以上のバカバカしさを持った仲間たちの宴は、まだ終わらない。
この温かくて、騒がしくて、愛おしい世界が、明日も明後日も、ずっとずっと続いていくことを、誰もが心の底から信じていた。
最高の仲間たちと、最狂の日常。
佐藤太郎と愉快な仲間たちの物語は、これからも、笑いと共にある。
【第1回 太郎国レモン早食い選手権編・完】




