EP 8
【頂上決戦】特大メガレモンと、譲れぬ想い
「さぁ、泣いても笑っても、次が最後の戦いだ! 『第1回 太郎国レモン早食い選手権』、ついに決勝戦!!」
魔獣コロシアムを震わせる、十万人の大歓声。
先ほどの準決勝で、リーザの『ド底辺の叫び』に涙した観客たちは、今や完全にこの狂気の祭典の虜となっていた。誰もが立ち上がり、拳を振り上げ、コロシアムの砂上に残った二人の乙女に声援を送っている。
円形ステージの中央。
そこには、向かい合うようにして二つの真新しいテーブルが設置されていた。
東のテーブルには、太郎国の第二夫人にして世界最強の剣聖、ライザ。
彼女の全身からは、先ほどまでの疲労を感じさせないほど、極めて濃密で鋭利な『竜殺しの闘気』が立ち上っていた。しかし、よく見ればその肩で荒く息をしており、限界まで舌を闘気でコーティングし続けた代償として、口元がわずかにピクピクと痙攣している。
西のテーブルには、海中国家シーランの親善大使にして地下アイドル、リーザ。
ピンク色の芋ジャージは土埃とレモンの果汁で汚れ、首にかけたタオルはヨレヨレ。しかし、その瞳だけは、飢えた野獣のようにギラギラと異様な光を放っていた。彼女の足元には、先ほどの準決勝で観客から投げ込まれた小銭を吸い込んだ『お賽銭箱型掃除機』が、ズッシリと重い音を立てて鎮座している。
「旦那様への愛を貫く最強の剣聖か! それとも、貧乏根性で這い上がってきた奇跡のアイドルか! 両者、一歩も譲らぬ構えだ!」
実況席の太郎が、100均のメガホンを片手に観客を煽る。
「さて、決勝戦のルールを発表しよう。早食いでも大食いでもない。これから僕が用意する『最後の試練』を、己の力だけで先に完食した方が、栄えある優勝者となる!!」
太郎は実況席のテーブルの上に立ち上がり、右手を高く天へと掲げた。
「いでよ、100円ショップ! 農業・園芸コーナーの奥底に眠りし、禁断の果実……!!」
『ゴゴゴゴゴゴゴォォォォォッ!!』
太郎のスキル発動と同時に、コロシアムの上空に現れた亜空間ゲートから、これまでのレモンとは明らかに異質な、不気味な黄色のオーラを纏った『巨大な物体』が二つ、ドスゥゥゥンッ! と凄まじい地響きを立ててステージのテーブルに落下した。
「な、なんだあれは!?」
「で、でけぇ! スイカ……いや、人間の顔面くらいあるぞ!?」
観客たちが度肝を抜かれて叫ぶ。
テーブルの上に鎮座していたのは、通常のレモンの数十倍はあろうかという、超特大サイズの黄色い果実であった。
「紹介しよう。100円ショップの園芸コーナーで『観賞用』あるいは『強力なフルーツ酸クリーナーの原料』として売られている謎の品種……名付けて、【顔面サイズの特大メガレモン】だ!!」
太郎の残酷なアナウンスが響く。
「通常サイズのレモンと比べて、果肉の密度は五倍! そして何より、酸っぱさの指標であるクエン酸濃度は驚異の『300%(当社比)』!! 一口かじれば、味蕾はおろか、脳細胞すらもすっぱさに支配されるという、正真正銘の黄色い悪魔だ!」
「「「さ、さんびゃくパーセントぉぉ!?」」」
コロシアム中が戦慄する。
通常のレモンでさえ、オークやドワーフ、さらには神々をも泡を吹かせて沈めたのだ。その300%の酸味と、顔面サイズの質量。それはもはや、食べ物ではなく『兵器』と呼ぶべき代物であった。
「負けられませんわ……!」
しかし、ライザの闘志は一切衰えていなかった。
彼女は竜殺しの魔刀の柄を固く握りしめ、メガレモンを睨みつける。
「どんなに酸っぱくとも、どんなに巨大だろうと関係ありません。私が欲しいのは、旦那様と二人きりでの、一週間ぶっ通しの極上温泉ハネムーン旅行……! その愛の逃避行の切符を、こんなアイドルの小娘に譲るわけにはいかないのですっ!!」
ライザの叫びに呼応するように、彼女を包む闘気が黄金色に輝き、圧倒的なプレッシャーとなってコロシアムを支配する。
一方のリーザは。
「温泉……旅行……? 愛の、逃避行……?」
リーザは、虚ろな瞳でメガレモンを見つめたまま、ギリリッと歯を食いしばった。
「ふざけるな、ですわぁぁぁぁぁっ!!」
突然のリーザの絶叫に、ライザがビクッと肩を揺らす。
「こっちはねぇ! 毎日毎日、パンの耳と、公園の雑草と、茹で卵で命を繋いでいるんですのよ! 温泉旅行だぁ!? そんな贅沢な悩みで、私の『金貨100万枚(100億円)』への道を邪魔しないでくださいませ!!」
リーザの瞳から、血の涙が噴き出さんばかりの強欲のオーラが立ち上る。
「ここで負けたら、私は明日も、明後日も、鳩とエサを巡って喧嘩する生活に逆戻りですわ! そんなの絶対に嫌ですの! 私は、お金が、お金が欲しいんですのォォォッ!! 愛より、金ですわぁぁぁっ!!」
『愛』を叫ぶ剣聖と、『金』を叫ぶ底辺アイドル。
決して交わることのない二つの巨大な執念が、特大メガレモンを挟んで激しく衝突する。
「……よし。両者の気合いは十分だな」
太郎がメガホンを下ろし、静かに右手を振り下ろした。
「第1回 太郎国レモン早食い選手権、決勝戦……スタートッ!!!」
銅鑼の音が、運命の始まりを告げる。
「絶技・オーラ・イーター!!」
ライザは、全身の闘気を『口内』に一点集中させるという、剣聖らしからぬ極めて特殊な奥義を展開した。そして、顔面サイズのメガレモンに両手でしがみつき、皮ごと強引にガブリと噛み付いた。
「うおおおおっ! いただきますわぁぁぁ!」
リーザもまた、メガレモンに顔面からダイブするように飛びつき、その小さな口を限界まで開けて喰らいついた。
『ブジュゥゥゥゥッ!!』
二人の口の中で、酸度300%の凶悪な果汁が爆発した。
「――――――――――――ッッッ!!?!?!?」
瞬間。
ライザの口内をコーティングしていた黄金の闘気が、まるで薄いガラスが割れるように『パリンッ!』と音を立てて砕け散った。
「ば、バカな……っ!? 私の、竜をも防ぐ闘気障壁が……酸味(ビタミンC)に、溶かされ……っ!?」
物理的な防御力など、純度300%の化学的刺激の前には無意味だった。
圧倒的な『すっぱさ』が、ライザの痛覚神経を容赦なく蹂躙し、彼女の視界を真っ白に染め上げる。
「あががががっ! す、すっぱ……! 脳が、溶け……っ! 旦那様ぁぁ……っ!」
ライザは白目を剥きかけながらも、愛への執念だけで顎を動かし続ける。しかし、その動きは明らかに鈍り、口からはダラダラと果汁と泡が漏れ出していた。
一方のリーザ。
(……痛い……! なんですの、これ……!? さっきのレモンとは、次元が違いますわ!)
ド底辺の食生活で鍛え上げられた彼女の味覚をもってしても、酸度300%のメガレモンは『美味しさ』の限界を遥かに超え、直接的な『激痛』として彼女を襲っていた。
舌が痺れ、喉が焼け付くように痛い。胃袋が「これ以上は無理だ」と強烈な拒絶反応を示している。
(だめ……っ。もう、飲み込めない……! 吐き出したい……っ!)
メガレモンを抱えるリーザの腕が、力なく下がりそうになる。
しかし、その時。
リーザの脳裏に、これまでのタローソンでの過酷な日々が走馬灯のように駆け巡った。
『おじさん、その廃棄弁当、私がもらってもよろしくて!? え? 野良犬と勝負しろ? 望むところですわ!』
『鳩よ! そのパン屑は私のものですわ! 五円玉ミサイル! フンッ!』
『キャルル……家賃、来月まで待ってくださいませ……土下座しますわ……』
(……私は、なんのために、こんな異国の地で泥水をすすってきたんですの……!)
リーザの瞳に、再び強烈な光が宿った。
(アイドルとして、世界中のファン(の財布)を笑顔にするため! そして何より、私自身が『最強の富と権力』を手に入れるためですわ!!)
リーザのユニークスキル【貧乏神】。
それは、自らの運気を下げる代わりに、『悪運と逆境への耐性をMAXにする』という、極めてドMで泥臭い能力。
今、この『酸味の地獄』という最大の逆境において、彼女のスキルが完全に覚醒したのである。
「う、うおおおおおおおおっ!! 100おくえぇぇぇぇんっ!!」
リーザは痛みを気合いでねじ伏せ、再びメガレモンに喰らいついた。
シャクシャクシャクッ! ゴクリッ! シャクシャクシャクッ!
涙と鼻水、そして大量の果汁でジャージをドロドロに汚しながら、ただひたすらにメガレモンを削り取っていく。
「す、すげぇ……! あの小娘、あのメガレモンを気合いだけで食い進めてるぞ!」
「がんばれェェェッ! パンの耳アイドォォォォルッ!!」
観客たちが、総立ちになってリーザコールを叫ぶ。
「あ、あぁ……っ。旦那、様……。温泉……」
隣のテーブルで、ライザがついに限界を迎えていた。
彼女のメガレモンはまだ半分以上残っている。しかし、闘気を完全に破られ、致死量の酸味を脳に直接浴び続けた世界最強の剣士は、ついにその膝を折った。
「……ま、負け……ませ……ん……。愛は……勝つ……」
ドサァッ。
ライザは、うわ言のように太郎の名を呟きながら、ついにステージの床へと崩れ落ち、白目を剥いて完全に意識を失った。
「おおっと! ライザ選手、ここで痛恨のダウンだぁぁっ!!」
太郎の実況がコロシアムに響く。
残されたのは、リーザただ一人。
彼女の手の中にあるメガレモンも、残りあとわずか、最後の一口分を残すのみとなっていた。
「あ……あぁっ……! あと、一口……!」
リーザは震える両手で、最後の一欠片を高く掲げた。
胃酸は逆流し、舌の感覚はとうに消え失せている。それでも、彼女の眼前に広がるのは、金貨の山と、自分専用の豪華なライブステージの幻影。
「これで……私の、勝ちですわぁぁぁぁっ!!」
リーザが最後の一口を、口の中に放り込もうとした、まさにその瞬間。
限界を超えた彼女の肉体に、最後にして最大の異変が襲いかかろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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