EP 7
【準決勝】最強の妻たちVS底辺アイドル
「さぁ、いよいよ『第1回 太郎国レモン早食い選手権』も佳境だ。阿鼻叫喚の予選をくぐり抜け、見事準決勝へと駒を進めたのは……わずか四名!!」
魔獣コロシアムに、太郎の少しダルそうな、しかしどこか楽しげな実況が響き渡る。
コロシアムの中央には、特設の円形ステージが組まれており、そこには四つのテーブルが用意されていた。それぞれのテーブルの上には、予選を遥かに凌ぐ量の『100均レモン(特選)』が山積みにされている。
「まずは、我が太郎国が誇る『最強の妻たち』陣営! 第一夫人サリー! 第二夫人ライザ! 第三夫人フレア!」
ワァァァァァッ! と、観客席から割れんばかりの歓声が上がる。
太郎国の防衛と秩序を担うトップ3の登場に、コロシアムの熱気は最高潮に達していた。
彼女たちの瞳には、一切の迷いも恐怖もない。
あるのはただ一つ、「旦那様(太郎)とイチャイチャする権利(優勝賞品)」を絶対に勝ち取るという、修羅のごとき執念だけであった。
「そして……最後の一人は。正直、僕もなんでここまで生き残ってるのか全く分からない。海中国家シーランの親善大使にして、タローソン周辺の野良犬のライバル……リーザ選手だ!」
「「「…………」」」
リーザが紹介された瞬間、コロシアム全体が奇妙な沈黙に包まれた。
彼女はピンク色の芋ジャージ姿のまま、テーブルの上のレモンを、まるで宝石でも見るかのようなウットリとした目で見つめている。
屈強なオークやドワーフ、さらには神々すらも打ち倒した『黄色い悪魔』を前にして、彼女からは一切の緊張感が感じられなかった。
「……まぁいいや。それでは準決勝、制限時間は十分! 用意……スタートッ!!」
銅鑼の音が鳴り響いた瞬間。
最強の妻たちのテーブルから、ドォォォォォンッ! と凄まじいオーラと魔力が天に向かって立ち上った。
「旦那様との温泉ハネムーン旅行は、絶対に私がいただきますわ!!」
ライザが両眼を血走らせ、全身に『竜殺しの闘気』を限界まで纏いながらレモンに喰らいついた。
予選の「微塵切り」で自滅した教訓を活かし、彼女は今回、闘気を舌の表面にコーティングして酸味を物理的に弾き返すという『絶対防御』を展開していた。
「ガリッ! むぐぅぅぅッ! 酸っぱ……くない! 闘気で中和すれば、ただの黄色いゴムボールですわ!」
ゴリゴリとレモンを皮ごと噛み砕き、強引に胃袋へとねじ込んでいく。しかし、その顔には限界ギリギリの脂汗が浮かんでいる。
「ふふふ……ライザさん、力技すぎますよ。私はもっとスマートにいきます」
サリーは、左手に回復魔法の杖を握りしめながらレモンを齧っていた。
「痛覚遮断は危険だと学んだので……酸っぱさで舌の細胞が溶けるのと同時に、超回復魔法で舌の細胞を再生し続ければいいのです!!」
『ヒール! ヒール! メガヒール!!』
サリーの口元が緑色の回復の光でチカチカと明滅する。破壊と再生の無限ループ。己の肉体を実験台にするような、魔法兵団長による狂気のレモン・イーター戦術である。
「アンタたち、バカじゃないの!? やはり炎こそが最強よ!」
フレアは不死鳥の炎を極限まで弱め、『バーナーで表面を軽く炙る』程度の絶妙な温度調整で、レモンの皮の苦味だけを飛ばして食べていた。
「これなら……これなら甘みが出るはず……うぅっ! やっぱり酸っぱいじゃないのよ! でも、負けられないわ!」
涙目で炭と化したレモンの残骸を口に放り込み続ける不死鳥。
三人の妻たちは、己の持てる全ての戦闘スキルと魔力を『ただレモンを食うためだけ』に全開にしていた。
コロシアムには凄まじい衝撃波と閃光が飛び交い、もはや早食い大会ではなく、魔神討伐戦のような大スペクタクルが展開されている。
「おぉぉ……! なんという凄まじい戦いなんだ……!」
「妻たちの執念……太郎王への愛の重さが、コロシアムを揺らしているぞ!」
観客たちが固唾を飲んでその狂宴を見守る中。
実況席の太郎は、ただ一人、全く別の方向を見て呆然としていた。
「……おい。あいつ、なんなんだ」
太郎の視線の先。
そこには、オーラも魔力も炎も一切使わず、ただ黙々と、そして信じられないほどのハイペースでレモンの山を消化し続けている少女――リーザの姿があった。
「あむっ……シャクシャク……ごくんっ。はぁぁ……」
リーザの食べ方は、妻たちのような『戦闘』ではなかった。
彼女はレモンを両手で大事そうに持ち、皮ごと一口齧るたびに、瞳をキラキラと輝かせ、天を仰いで『幸せの溜息』を吐いているのだ。
『ズーム・イン!』
魔導ビジョンのカメラが、リーザの表情を大写しにする。
そこにあったのは、酸味に歪む顔ではなく、極上のご馳走を味わうような、至福の笑顔であった。
「……美味しい……。本当に、美味しいですわ……!」
リーザの目から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「えっ? あの娘、泣いてるぞ?」
「やっぱり酸っぱいんじゃないか! 限界なんだ!」
観客がざわめく。しかし、マイクが拾ったリーザの独り言は、彼らの予想を遥かに裏切る、極めて重く、そして悲しいものであった。
「……パンの耳。……道端の雑草サラダ。……それが、私の毎日のご飯でしたの。雨の日は、お腹が空いて眠れなくて、お水で誤魔化していましたわ」
リーザはレモンを愛おしそうに撫でながら、震える声で語り続ける。
「でも……この黄色い果物は、噛むたびにジュワッと汁が出てきますの……! 雑草にはない、この圧倒的な水分量……! そして、この目玉が飛び出るほどの強烈な味(酸味)……! あぁ、これこそが『高級食材』の証拠ですわ!」
リーザにとって、レモンの致死レベルの酸味は「痛み」ではなく、「味があるという感動」でしかなかったのだ。
「こんなに新鮮で、ビタミンCがいっぱいの果物を、お腹いっぱい食べられる日が来るなんて……! しかもタダで!! 太郎国、最高ですわぁぁぁっ!!」
リーザは両手でレモンをわし掴みにし、皮の苦味も、種も、強烈な酸汁も、全てを『極上の恵み』として、ボロボロと感謝の涙を流しながら貪り食っていった。
そのド底辺すぎる魂の叫びと、あまりにも健気な食べっぷりは、魔導拡声器を通じてコロシアム中の十万人の観客の耳と心に直接突き刺さった。
「「「…………」」」
水を打ったように静まり返るコロシアム。
そして。
「うぅ……っ。り、リーザちゃぁぁぁん!!」
一人の冒険者のおじさんが、顔を覆って号泣し始めた。
「食え! いっぱい食えよぉ! 遠慮なんてすんじゃねぇぞぉぉ!」
「毎日パンの耳だけで頑張ってたのか……! うわぁぁぁん! 俺の財布の中身、全部持ってけぇぇ!!」
「アイドルは施しを受けないって意地張ってたのに……果物一つで感動して……泣けるぜェェッ!!」
ワァァァァァァァァァァッッ!!
コロシアム中から、先ほどの妻たちへの歓声とは全く質の異なる、同情と感動に満ちた『涙の大声援』が巻き起こった。
観客席から、まるで雨あられのように銅貨や銀貨がステージに向かって投げ込まれる。
リーザの横に置かれた『お賽銭箱型掃除機』が、空気を読まずにズゴゴゴゴッ! と小銭を全自動で回収していくが、もはや観客はそれすらも「彼女の生きる術なのだ」と涙ながらに許容していた。
「……な、なんなんですの、この空気は……!」
隣のテーブルで、闘気で舌をガードしていたライザが、観客の異様な熱気に押されてジリジリと後ずさった。
「魔法で……細胞を再生しても……あの子の、あの悲壮なオーラには勝てない……!」
サリーの回復魔法の光が、リーザの『ド底辺の輝き』の前に霞んでいく。
「あ、ありえないわ! たかが地下アイドルが、私たちを超えるスピードでレモンを消費しているなんて……っ! げほっ、炭が気管にッ!」
フレアが焦りのあまり、炭化したレモンを喉に詰まらせて咳き込んだ。
妻たちは気づいてしまった。
愛だの、欲望だの、そんなものは『明日のパンの耳を懸けた、極限の飢餓状態』の前では、ひどく薄っぺらいものだということに。
強者としてのプライド。魔法の力。それら全てが、一人の少女の「お腹いっぱい食べたい」という純粋な野生のパワーに飲み込まれていく。
「……はい、そこまで! サリー選手とフレア選手、魔力と胃袋の限界によりリタイア!!」
太郎の非情な宣告が下る。
魔法による細胞再生の痛みに耐えきれなくなったサリーと、炭を食い過ぎて胃がブラックホール化したフレアが、それぞれ白目を剥いてテーブルに突っ伏した。
残されたのは、執念で闘気を維持し続ける剣聖ライザと。
感謝の涙を流しながら、お賽銭箱の横でレモンをシャクシャクと食べ続ける、地下アイドル・リーザのみ。
「さぁ、いよいよ決勝戦だ」
太郎が実況席で立ち上がり、ニヤリと不敵に笑った。
「旦那様への愛」か、それとも「底辺からの脱却(100億円)」か。
第1回 太郎国レモン早食い選手権は、誰一人予想していなかった、異次元の頂上決戦へと突入しようとしていた。
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