EP 6
【異次元の戦い】月兎の暴食と、神々の悶絶
「予選第1ラウンド、見事な全滅でした。医療班の皆さん、お疲れ様です」
太郎の極めて事務的なアナウンスと共に、コロシアムの中央から、白目を剥いて泡を吹くマッチョたちの山が次々と運び出されていく。
観客席からは、「……あの黄色い果物、魔王の呪いより恐ろしいんじゃないか?」「俺、エントリーしなくて本当に良かった……」という、畏怖と安堵の入り交じったざわめきが起きていた。
「さぁ、気を取り直して参りましょう! 続いては予選第2ラウンド! 事前の予選を免除された、我が太郎国が誇る『シード枠』の猛者たちの登場です!!」
太郎の掛け声と共に、コロシアムのゲートが開き、数名の『規格外の強者』たちが堂々と入場してきた。
その中には、レオンハート獣人王国の月兎族の姫であり、太郎国の親善大使(※現在シェアハウスで絶賛居候中)であるキャルル・ムーンハートの姿もあった。
「お嬢様、どうかご無理はなさらぬよう……」
入場ゲートの脇で、人狼族の執事リバロンが、銀のトレイに『水』と『おしぼり』を乗せて心配そうに声をかける。
「大丈夫よ、リバロン。あんな黄色い果物、月兎族の誇りにかけて一瞬で食い尽くして見せるわ! 優勝して、太郎様に『私の手作りサンドイッチを毎日食べて♡』ってお願いするんだから!」
キャルルはラフなパーカー姿のまま、タローマン製の特注安全靴の踵を鳴らし、自信満々でテーブルの前へと進み出た。
そして、そのキャルルの隣のテーブル。
そこには、ピンク色の芋ジャージに健康サンダルという、どこかで見たような(リーザと同じような)ド底辺の格好をした、銀髪の美しい女性が腕を組んで立っていた。
「ふふんっ。たかがレモンごときで、人間や獣人どもは随分とだらしないわね。神であるこの私にかかれば、あんなもの水みたいなものよ!」
ジャージの背中には、マジックペンでデカデカと『ルチアナ』と書かれている。
そう、このアナスタシア世界を創造した女神(第3種 惑星創造神格公務員)ルチアナ・アルセルラその人である。
普段は天界のコタツ部屋で酒を飲みながらゴッドチューブを見ている彼女だが、優勝賞金の『金貨100万枚(※彼女のエンジェルすまーとふぉんのクレカ限度額と同じ額)』という言葉に目が眩み、完全にお忍び(のつもり)で参加してきたのだ。
「……えーと。そこのジャージの神様。神の威厳はどこに置いてきたんですか?」
実況席の太郎がジト目でツッコミを入れる。
「うるさいわね! 神だって月末は色々とカツカツなのよ! 月人君の推し活(ソシャゲ課金)のためにも、この賞金は絶対に私がいただくわ!」
ルチアナが拳を握りしめ、ゴッドチューブのドローンカメラ(不可視)に向かってバッチリとウインクを決める。
『女神ルチアナ、下界の早食い大会に降臨! 果たして奇跡の食べっぷりを見せるのか!?』というテロップが、天界の配信画面に流れていた。
「はいはい。それじゃあ、神様もウサギさんも準備はいいですね? 予選第2ラウンド……スタートッ!!」
銅鑼の音が鳴り響く。
「いくわよっ! 月兎族の脚力、見せてあげる!」
キャルルが動いた。
彼女はテーブルの上のレモン(約20個)に向かって、自慢の脚力――『流星脚』の要領で、足の甲を使ってレモンを次々と空高く蹴り上げた。
ポンッ! ポンッ! ポンポンポンッ!
20個のレモンが、まるでジャグリングのように空中に舞い上がる。
「すごい! 手を使わずに、レモンを空中に打ち上げました!」
「そして……! な、なんだあれは!?」
キャルルは上を向き、大きく口を開けた。
そして、マッハ1に迫る圧倒的な動体視力と首の動きで、落下してくるレモンを『次々と丸呑み』し始めたのだ。
ゴクッ! ゴクッ! ゴキュッ!
「……味を感じる前に、胃袋へ直接流し込む作戦か! 確かにそれなら、酸味は関係ない!」
観客席から感嘆の声が上がる。
執事のリバロンも「さすがはお嬢様! 完璧な戦略です!」と拍手を送った。
しかし。
レモンという果実は、物理的に『丸呑み』するには、いささか大きすぎた。そして何より、人間の(獣人の)胃袋は、皮ごと丸呑みされた20個のレモンを瞬時に消化できるほど強靭ではない。
「……んぐっ。ふふっ、楽勝よ……。こんなの、ちょっと胃が重い……だけで……」
キャルルがドヤ顔でピースサインを決めた、次の瞬間。
胃袋の中で急激に圧縮されたレモンの果汁と皮の苦味が、胃酸と強烈な化学反応を起こし、一気に食道を通って逆流してきたのだ。
「――――――――――――ッッッ!!?!?」
「ごぼぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
キャルルの可愛い顔が、瞬時に緑色(完全にアウトな色)に染まった。
酸味。苦味。そして物理的な膨満感。
それらが三位一体となって彼女の脳を破壊する。
「すっぱ……! 苦っ……! うぐぇぇぇぇぇっ!!」
キャルルは両耳(ウサギ耳)をプロペラのように高速回転させながら、その場にうずくまって強烈に悶え始めた。
「お、お嬢様ァァァッ!! 今すぐ胃洗浄を!!」
リバロンが悲鳴を上げながら、回復薬を持って駆け寄っていく。
「あー……。丸呑みは推奨しませんって言おうとしたのに。キャルル選手、リタイア!」
太郎がため息をつく。
「ふははははっ! バカな獣人ね! 果物を丸呑みするなんて、品性のかけらもないわ!」
その横で、女神ルチアナが高笑いを上げていた。
「神たる私は、極めて優雅に、そして美しくこの果実を平らげてみせるわ! 見なさい、天界の神々よ! これが創造神格公務員の圧倒的なディナーよ!!」
ルチアナは、100均の健康サンダルを履いたまま、気高くレモンを一つ手に取った。
そして、神の威厳を保ったまま、まるで高級フレンチのオードブルを食すかのように、極めて上品に、小さく一口かじった。
『シャクッ』
その、一瞬の静寂。
ルチアナの脳内に、今まで感じたことのない、強烈な【電気信号】が走った。
それは、彼女がアナスタシア世界を創造した時に感じた『世界の息吹』よりも、もっと直接的で、破壊的で、そして無慈悲な『大自然の暴力(ビタミンC)』であった。
「……………………ぇ?」
ルチアナの瞳から、神の威光がスッと消え失せた。
「あ…………。あば……っ」
コロシアムの巨大モニターに、女神の顔面が大写しになる。
絶世の美貌を誇るルチアナの顔が、ゆっくりと、しかし確実に、シワシワの『超・特大梅干し』へと収縮していく。
「あばばばばばばばばばっ!?!? ちょ、なにこれ!? 痛い! 舌が痛い!! 酸っぱァァァァァァァァッッ!!!」
神の威厳など、一秒で吹き飛んだ。
ルチアナはレモンを放り投げ、両手で顔を押さえながら、芋ジャージ姿のままコロシアムの砂にダイブし、ゴロゴロと無様に転げ回った。
「ヒィィィィッ!! 助けてヴァルキュリア! 毒よ! これ絶対、魔界の毒薬よぉぉぉっ!! クァwセdrftgyフジコlp!!」
ルチアナは神の言語すら忘れ、意味不明な奇声を上げながら、完全に顔面を崩壊させて悶絶し続けた。
『【速報】女神ルチアナ、謎の黄色い果実の前になす術なく敗北! 顔面梅干し状態!』
『神の威厳ゼロ! 芋ジャージ女神の爆笑リアクション!』
天界のゴッドチューブでは、このルチアナの無様な姿が大ウケし、かつてないほどの勢いで『PV(再生数)』と『お布施』が爆上がりしていた。
「神の顔芸、最高!」
「レモン一つで神が沈む世界線www」
視聴者(神々)からのコメントが滝のように流れる。
「……神様、PV稼げて良かったですね。ルチアナ選手、リタイア!」
実況席の太郎が、完全に呆れ果てた声で宣言した。
予選第2ラウンド。
シード枠として登場した規格外の強者たちでさえも、あの黄色い悪魔(100均のレモン)の前には、一切の抵抗を許されず、ただ「酸っぱい顔をして転げ回る」という屈辱的な敗北を喫したのである。
「さて……。いよいよ残すは、この狂気の祭典を最後まで生き残った、真の『バケモノ』たちによる準決勝だな」
太郎の視線の先。
そこには、酸味に対する数々の間違った特訓(自滅)を乗り越え、ある種の『耐性(というか狂気)』を身につけた、太郎の最強の妻たち(ライザ、サリー、フレア)の姿があった。
そして、その隣には――。
「……パンの耳よりは、マシですわ。……パンの耳よりは……っ!」
極度の貧乏根性により、涙と鼻水を垂らし、顔をシワシワにしながらも、もはや気合いと強欲(金貨100万枚)だけでレモンを齧り続けている、人魚姫リーザの姿があった。
「あの娘、本当に気合いだけで勝ち上がってきやがった……」
太郎は驚愕と共に、微糖の缶コーヒーを握りしめた。
ついに、最強の妻たちVSド底辺アイドルの、文字通りの『デスマッチ』が始まろうとしていた。
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