EP 7
【魔王と邪神の虫相撲】アビス怪人VSゼンマイ式おもちゃ
アルクス城下町に昼下がりののどかな陽光が降り注ぐ中、タローソンの前では、今日も規格外の存在たちが暇を持て余していた。
「……あーあ。平和ね。平和すぎて欠伸が出るわ。どこかに私が本気で重力魔法をぶつけられるような、骨のある反逆者でもいないかしら」
店舗の入り口にある車止めブロックに腰掛け、100均の『果汁100%ストレート・りんごジュース(紙パック)』をチューチューと吸っているのは、美しき魔王ラスティアであった。
その隣では、ヨレヨレのスーツを着た邪神デュアダロスが、100均の微糖缶コーヒーを啜りながら、パチンコ雑誌(異世界風にアレンジされた魔導遊戯雑誌)をパラパラと捲っていた。
「しゃあないやろ、ラスティア嬢ちゃん。太郎はんが交番なんか作るから、この街から荒くれ者が絶滅してしもうたんや。ワシもルナミスパーラー(パチンコ)の開店時間まで、暇で暇で死にそうじゃわ」
最強の魔王と、最凶の邪神。
かつては世界の覇権を巡って人間たちに絶望を与えていた二柱が、コンビニの前でヤンキーのようにたむろしている。すっかりタローソン(と太郎)のペースに毒された、哀しき強者たちの末路である。
そんな二人の視界に、ピンク色の芋ジャージを着たアイドルが、黄色いメガホンでがなり立てている姿が飛び込んできた。
「さぁさぁ! アビス怪人の展示は一回10円ですわよ! 見ていってくださいませ!」
「ん? なんだあいつ。リーザのやつ、また小銭稼ぎか?」
ラスティアとデュアダロスが近づいていくと、リーザは「あっ、魔王様に邪神様! ちょうどいいところに! 10円払って、この恐怖の怪人を見ていってくださいませ!」とザルを突き出した。
「ふん。私から10円なんていう小銭を取ろうなんて、いい度胸ね。ほら、金貨よ。釣りは取っておきなさい」
ラスティアが指先で金貨をピンッと弾いてザルに入れると、リーザは「ひゃっほう! VIP客ですわー!」と歓喜の舞を踊った。
二人はビールケースの上の『100均プラスチック虫かご』を覗き込んだ。
「……なんだこれ。ただの黒い虫じゃない」
「ホンマや。カブトムシの出来損ないみたいなフォルムしとるな。これが怪人? リーザちゃん、ついにただの虫を怪人やと言い張る詐欺に手を出したんか?」
『誰がカブトムシの出来損ないだァァァッ!!』
虫かごの中の腐葉土の上で、スイカの汁で口の周りをベタベタにしたアビス怪人が、プラスチックの壁をドンドンと叩きながら絶叫した。
『よく聞け人間ども! 俺様は次元の底より這い出でし、アビス怪人! 恐怖と絶望を振り撒く、真の支配者よ! 貴様らのような下等生物は、俺様の魔力の前にひれ伏す運命にあるのだ!!』
怪人は全身から(彼なりに)凄まじい威圧感を放ち、渾身の脅し文句を叫んだ。
しかし。
殺虫剤で極小サイズに圧縮された彼の声帯から発せられる声は、やはりどう聞いても。
『ミィィィィィィッ!! ミミィィィッ!!』
という、セミとハムスターを足して二で割ったような、極めて可愛らしく、そして五月蠅い鳴き声でしかなかったのである。
「うわっ、鳴いた。結構うるさいわね、この虫」
「威嚇しとるんやろ。……おっ、そうや! ラスティア嬢ちゃん、ええもん見せたるわ」
デュアダロスはニヤリと笑うと、ポケットからゴソゴソと何かを取り出した。
それは先ほどタローソンの店内で、暇つぶしに100円で買ってきた『ゼンマイ式・カブトムシのおもちゃ(プラスチック製)』であった。
側面のネジを巻くと、短い六本の足が「ジタバタジタバタ!」と機械的に動き、前進するという、極めてチープな玩具である。
「これを使ってな、この黒い虫と『虫相撲』をさせるんや! どっちが勝つか、ワシと賭けへんか?」
「へぇ……虫相撲。悪くない暇つぶしね。いいわ、私はこの黒い虫に金貨一枚賭けるわ。腐っても怪人を名乗っているんだから、おもちゃには勝つでしょう」
『な、なんだと!? 俺様を、虫相撲だとォォ!? 貴様ら、俺様を誰だと――』
アビス怪人が抗議する間もなく、デュアダロスは「ジリリリリリ……!」とゼンマイを限界まで巻き上げ、虫かごの天井の小窓を開けて、そのおもちゃを容赦なく投入した。
『ドスッ!』
腐葉土の上に、赤と茶色の毒々しいカラーリングを施されたプラスチック製のカブトムシが降り立った。
『ジジジジジジジッ……!!』と、不気味な機械音を鳴らしながら、六本の足を猛烈な勢いでバタつかせている。
『ふ、ふん! なんだこの魂を持たぬゴーレムは! 動力源に魔力すら感じられん! このようなブリキのオモチャで、この俺様を倒せると思ったか!』
アビス怪人は鼻で笑い、おもちゃのカブトムシに向かって右手を突き出した。
『見よ! これが次元を焦がす、深淵の獄炎だァァァッ!!』
アビス怪人は全身の魔力を右手に集中させ、渾身の魔法を放った。
巨大な状態であれば、アルクスの街の半分を灰にするほどの絶大な威力を持つ魔法である。
しかし。
『……パチッ』
右手の先から出たのは、冬場にセーターを脱いだ時に発生する『静電気』レベルの、ごくごく小さな火花(?)だけであった。
「(……えっ?)」
アビス怪人が自分の右手を見て硬直した、その瞬間。
『ジジジジジジジジジッ!!!』
全く痛痒を感じないゼンマイ式カブトムシが、機械的な直進運動によって、アビス怪人の無防備な腹部に猛スピードで突進した。
『ドゴォォォォンッ!!』
『ぐはぁぁぁぁぁっ!?』
プラスチックの硬い角が、アビス怪人の漆黒の甲冑にクリーンヒット。
ただの『ゼンマイの物理的な推進力』である。しかし、極小サイズで体重が数グラムしかない怪人にとって、それはダンプカーにはねられたのに等しい衝撃であった。
「おっ、行った行った! ワシのゼンマイカブトの強烈な突進や!」
「ちょっと! なにやってるのよ黒い虫! 魔法陣展開して迎撃しなさいよ!」
外野で魔王と邪神が無責任に盛り上がる中、虫かごの中では凄惨な一方的蹂躙が展開されていた。
『おのれ……! この、魂なき人形めぇぇ!』
アビス怪人は立ち上がり、触手でおもちゃに打撃を与えようとする。
しかし、おもちゃのカブトムシは【障害物にぶつかっても、ゼンマイが切れるまでただひたすら足を動かして直進し続ける】という、ある意味で究極の『狂戦士』であった。
『ジジジジジジジッ!!』
『ぎゃあああっ! 足を踏むな! 痛い! プラスチックの足が甲冑の隙間にィィ!』
『ジジジジジッ!!』
『ひぃぃっ! やめろ、角で下から掬い上げるな! 俺様はひっくり返ると一人で起き上がれない仕様なんだァァ!』
ガンッ! と壁に押し付けられ、容赦なくプラスチックの足で蹂躙される破壊神。
一切の感情を持たず、ただ機械音を鳴らして前進する100均のおもちゃは、アビス怪人にとって、いかなる勇者よりも恐ろしい『絶対的殺戮マシーン』に思えた。
「あーあ、ひっくり返っちゃった。弱すぎるわね、この虫」
「ガーッハッハ! ワシの勝ちや! ラスティア嬢ちゃん、金貨一枚もらうで!」
ゼンマイが切れ、『ジ……ジ……』と動きを止めたおもちゃのカブトムシ。
その傍らで、仰向けにひっくり返ったまま、六本の足(触手)をピクピクと痙攣させているアビス怪人。
『……うぅっ……ぐすっ……』
アビス怪人の目から、大粒の涙がポロポロと溢れ出した。
『俺様は……俺様は、世界を恐怖のどん底に陥れるために、この次元へやってきたのだぞ……。それが、なぜ……なぜ、魂すら持たぬプラスチックの玩具に、こんな無残に敗北しなければならないのだ……!!』
虫かごの天井の隙間から、ラスティアとデュアダロスが「やっぱり見世物にもならないカスだったわね」「ほんまや、金返してほしいわ」と、無慈悲な言葉を吐き捨てて立ち去っていくのが見えた。
さらに、店内の奥からは、
「ぐおおおおおっ!! 尻が、尻が火を吹いているぅぅぅっ!!」
という、限界を迎えた王(太郎)の、情けない絶叫が微かに漏れ聞こえてくる。
『……許さん』
仰向けのまま、アビス怪人の瞳に、暗く、重く、底知れぬ『漆黒の憎悪』が宿った。
『許さんぞ、人間ども……! そして魔族ども……! この俺様に、これほどの屈辱を味わわせた罪……万死に値する!!』
怒り、悲しみ、屈辱。
それらの負の感情がトリガーとなり、彼の極小の体内に、再び『次元の深淵』と直結するゲートが開き始めていた。
さらに悪いことに、先ほど彼を覗き込んでいた魔王と邪神から漏れ出た『神話級の残渣魔力』を、アビス怪人の触手が無意識のうちに吸収していたのである。
『フフフ……ハハハハハ……!! 満ちる……満ちてくるぞ!!』
虫かごの中で、黒いモヤが急速に膨張し始める。
10円で見世物にされ、おもちゃに敗北した哀しき怪人の『怒りの大逆襲』が、今まさに始まろうとしていた。
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