EP 10
【最高の交番】お巡りさんのいる日常
「……うぅぅ、私の、私の特上イチゴショートケーキがぁぁ……」
タロー交番の取調べ室。
昨日までの「大物政治家のようなふてぶてしさ」は完全に消え失せ、手錠をかけられたリーザは、机に突っ伏して本気で号泣していた。
「自業自得だ。仮病を使って病院のベッドを占領し、点滴の棒で街の設備を破壊し、おまけに公道での危険な逃走劇。……アイドルとしての知名度以前に、お前は人として大事なものをいくつか落としてるぞ」
腕を組み、鬼署長の顔で説教を下す太郎。
その横で、鮫島刑事がタバコの煙を吐き出しながら調書にペンを走らせる。
「さて、リーザ。お前の『偽造通貨行使未遂』および『公務執行妨害』『器物損壊』に対する判決を言い渡す」
太郎がバインダーを机に置き、リーザの目を真っ直ぐに見据えた。
「明日から一ヶ月間、タロー交番の『便所掃除』の刑に処す。もちろん無給だ。そして、期間中のまかないは……タローソンの廃棄弁当のみとする!」
「ひぃぃぃぃっ! べ、便所掃除!? アイドルである私の美しい手が、不特定多数のお尻を受け止める便器を磨くなんて! しかも無給!? 鬼! 悪魔! 署長の血も涙もないブラック権力ゥゥ!」
リーザが取調べ室の床を転げ回って抗議するが、太郎は一切の慈悲を見せなかった。
「文句があるなら二ヶ月に延ばすぞ」
「……喜んで磨かせていただきますわ」
即座に土下座の姿勢をとるリーザ。彼女のブレない手のひら返しに、鮫島も「……ある意味、大したタフさだぜ」と苦笑いするしかなかった。
***
数時間後。夕暮れ時。
タローソンの裏路地(搬入口)には、哀愁漂う一つの影があった。
「ゴシゴシ……キュッキュ……。便器の裏側の黄ばみが落ちませんわ……」
100均のトイレブラシとゴム手袋を装備し、交番のトイレ掃除を終えたばかりのリーザである。
彼女の足元には、今日の唯一の報酬である『消費期限が三時間切れた特盛り唐揚げ弁当』が置かれていた。
ショートケーキの夢は破れ、政治家のような権力(仮病)も剥がれ落ち、残ったのは泥臭い便所掃除と廃棄弁当だけ。
「……結局、私はここ(底辺)に戻ってくる運命なのですわね」
リーザが力なく弁当のフタを開けた、その時だった。
「……グルルルルッ」
路地裏の奥から、低く唸る声が聞こえた。
見れば、数日前にこの場所で『廃棄弁当』を巡って死闘を繰り広げた、あの凶暴な野良犬が、再び涎を垂らして唐揚げ弁当を狙っているではないか。
「……またお前ですか」
リーザはため息をつき、おもむろに鼻の穴に自前の五円玉を二枚装填した。
「フンッ!!」
『ガンッ!』
「キャンッ!?」
音速の鼻息で発射された五円玉が、見事に野良犬の眉間にクリーンヒット。野良犬は前回と全く同じように目を回し、バタンと倒れ込んだ。
「……ふふっ。高み(VIP客)を目指すのも悪くありませんでしたが、やっぱり私には、この路地裏で野良犬と飯を奪い合う『泥臭い生活』の方が、性に合っているのかもしれませんわね」
リーザは鼻で笑うと、冷めた唐揚げを素手で掴み、大きな口を開けて頬張った。
「……美味しい。やっぱりタローソンの唐揚げは、労働の後に食べるのが一番スパイスが効いてますわ!」
夕日に照らされる路地裏で、便所掃除明けのアイドルが野良犬の横で廃棄弁当を貪り食う。
それは、彼女なりの『平和な日常』への帰還であった。
***
一方、表通りの『タロー交番』。
アルクスの街を茜色に染める美しい夕日の中、交番の前には、この数日で定着した『温かくもカオスな日常の風景』が広がっていた。
「……よいか、人間の小娘。ここから真っ直ぐ進み、三つ目の角を右に曲がるのだ。間違っても二つ目の角ではないぞ! もし次に道に迷うようなことがあれば、この私が貴様を消し炭にしてくれるわ!!」
「ひぃぃっ! は、はいぃ! ありがとうございます、優しくて怖いお巡りさん!!」
魔王ラスティア(一日署長のはずが、すっかり権力に味を占めて居座っている)が、迷子の冒険者に威圧感たっぷりで、しかし『極めて正確な道案内』をしている。恐怖政治と親切が融合した、全く新しい交通指導であった。
その横の窓口では。
「おおっ! あったか! 君が落としたという『勇者のペンダント』、無事に見つかって良かったのゥ! ガーッハッハッハ!」
「ありがとう、大きなお巡りさん! 竜王様って、本当はとっても優しいんだね!」
巨漢の竜王デュークが、子供からお礼を言われ、またしてもナイアガラの滝のような男泣きを流しながら、頭の小さな警察帽を揺らしている。
さらに、パトロールから戻ってきたライザとフレア、そしてサリーが、交番の入り口で笑顔で報告を上げる。
「署長! 本日のアルクス城下町、異常ありません! 一時停止違反ゼロ、路駐ゼロですわ!」
「皆さん、タロー交番の制服を見ると、とってもお行儀が良くなりますのよ♡」
「旦那様、温かいお茶が入りましたわ!」
妻たちの明るい声が、交番の中に響き渡る。
太郎は署長の制服のまま、入り口の前に立ち、缶コーヒー(100均スキルで出した微糖)のプルタブをカシュッと開けた。
「……お疲れ様。みんなのおかげで、今日も街は平和だ」
太郎がコーヒーを一口飲むと、隣に並んだ鮫島が、タバコに火をつけながらニヒルに笑った。
「フッ……。ロス市警じゃ、毎日が銃撃戦とカーチェイスの連続だった。だが……こういう平和な『田舎の交番』ってのも、悪くねぇな。……まぁ、迷子を探してるのが竜王で、道案内してるのが魔王ってのは、世界中探してもここだけだろうがな」
「あはは、違いない」
太郎は夕焼けに染まる街並みを見渡した。
かつては魔物との戦争に怯え、強さだけが絶対の正義だったファンタジー世界。
そこに『交番』という、現代日本のささやかなインフラを持ち込んだ。
結果として、魔王が道案内をし、竜王が落とし物を探し、邪神が職務質問に怯え、アイドルが便所を磨くという、とんでもなくカオスな空間が出来上がってしまった。
しかし、街を行き交う市民たちの顔には、かつてないほどの『安心感』と『笑顔』が溢れている。
強大な力を持つ者たちが、その力を「世界を滅ぼすため」ではなく、「迷子を見つけるため」や「ルールを守らせるため」に使う。
それは、魔法や剣よりも遥かに尊い、新しい世界のカタチだった。
「……おい、店長。裏路地で廃棄弁当食ってたリーザが、また野良犬と喧嘩始めてるぜ」
鮫島が裏口の方を顎でしゃくる。
「あいつ、また五円玉飛ばしてるのか……。仕方ない、ちょっと署長として『喧嘩の仲裁』に行ってくるか」
太郎は空になった缶コーヒーをゴミ箱に捨てると、100均のハリセンを片手に、苦笑いしながら裏路地へと歩き出した。
誰もがルールを守り、誰もが助け合い、そして誰もが少しだけおバカに生きる街。
アルクス警察署・タロー交番は、今日も異世界の平和を、夕日の中で優しく見守り続けているのだった。
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