EP 9
【大捕物】入院患者リーザの脱走と、交番ポリス出動
「ハァッ……ハァッ……! 待っていなさい、特上イチゴショートケーキ……! 今、私が行きますわァァァ!!」
夕暮れ時のアルクス城下町。
石畳のメインストリートを、凄まじいスピードで疾走する一つの影があった。
タローソンの芋ジャージの上に、ペラペラの薄い『病院着(100均のフリーサイズ寝巻き)』を羽織ったアイドル・リーザである。
彼女の右手には、点滴用のスポーツドリンクがぶら下がった『点滴スタンド(キャスター付き)』がしっかりと握られており、石畳とキャスターが擦れて「ガラガラガラガラッ!!」と爆音と火花を撒き散らしている。
それはまさに、重病患者による決死の逃亡劇。
しかし、彼女を突き動かしているのは生存本能でも自由への渇望でもない。ただひたすらに、タローソンで先着五名のみに販売される『限定・超高級・特上イチゴショートケーキ』への、底なしの食い意地(執念)であった。
「(あの純白の生クリーム! 宝石のように輝く真紅のイチゴ! そして口の中でとろけるフワフワのスポンジ! あんな至高のスイーツを、他の有象無象の冒険者どもに渡してたまるものですか! 私の、私のケーキですわ!!)」
リーザの瞳には、すでに血走った『$』マークすら浮かんでおらず、ただ巨大なイチゴの幻影だけが映っていた。
本来なら病み上がり(仮病だが)で体力が落ちているはずだが、食欲という名のブーストがかかった彼女の脚力は、並の魔獣を凌駕していた。
しかし、アルクスの治安を守る『タロー交番』のポリスたちも、ただ黙って見過ごすわけにはいかない。
『ウゥゥゥゥゥゥゥーーーッ!!!』
背後から、けたたましいサイレンの音が迫ってきた。
見れば、黄色と黒の警戒色に塗られた教習車を『白黒のパトカー仕様』に塗り替え、屋根に100均の赤い回転灯とメガホンをガムテープで括り付けた『タロー交番専用パトカー』が、猛スピードで追跡してくるではないか。
運転席でハンドルを握るのは、元ロス市警のベテラン・鮫島。
そして助手席からメガホンを構えて身を乗り出しているのは、鬼署長の太郎である。
「前の点滴スタンドを引きずっている不審者! 止まりなさい! 君は今、完全な『脱走』および『公道での危険行為』を犯しているぞ!」
太郎の警告が街中に響き渡る。
「うるさいですわ! 私はただのお買い物客ですの! ケーキを買う権利は誰にでも平等にあるはずですわ!」
リーザは振り返りもせず、さらに加速した。
「チッ……。点滴スタンドを相棒みたいに扱い込みやがって。だが、ロス市警のカーチェイスを舐めるなよ」
鮫島が偏光サングラスを光らせ、ギアをトップに入れた。パトカーのエンジンが唸りを上げ、リーザとの距離が一気に縮まる。
「捕まりますわ……! ならば、路地裏へ!」
リーザは急激に方向転換し、パトカーでは入れない狭い路地へと滑り込んだ。
「店長、車じゃ追えねぇ!」
「大丈夫だ、鮫島くん! 上空には『機動巡査』を配置している!」
太郎がトランシーバー(通信石)のボタンを押す。
「こちら署長! 容疑者が中央通り裏のBブロック路地へ侵入! ライザ、追跡できるか!」
『こちらライザ! 対象を視認しました! これより確保に向かいます!』
路地裏を爆走するリーザの頭上。建物の屋根から屋根へと、身軽に飛び移りながら追跡してくる影があった。
タロー交番の機動巡査・ライザである。
「逃がしませんよ、リーザ! 病人は大人しくベッドに戻りなさい!」
ライザが屋根から一気に跳躍し、リーザの目の前へと華麗に着地した。
「ひぃっ!? 剣聖のお巡りさん!」
「さぁ、観念して――」
ライザがリーザの肩を掴もうと手を伸ばした瞬間。
「させませんわ! アイドル・ステップ・回避!」
リーザは点滴スタンドを軸にして、地面スレスレを滑るような超絶スライディングを披露。ライザの手を間一髪ですり抜け、再び走り出した。
「なっ……!? あの速度から、点滴の棒を支点にして曲がっただと!? なんという体幹……これが、ケーキへの執念だというのか!」
最強の剣士ですら驚愕するほどの、物理法則を無視したアクロバット。食欲の前に、一切の常識は通用しなかった。
「ライザが抜かれた! フレア、前方にバリケードを展開しろ!」
太郎の指示が飛ぶ。
路地を抜け、タローソンへと続く大通りに出たリーザの前に、第二の関門が立ちはだかった。
「そこまでですわ、リーザさん!」
交通安全指導官のフレアが、道路のど真ん中に『100均のカラーコーン』と『進入禁止のトラテープ』、さらにタローソンの『買い物カート』を山積みにした、完璧な巨大バリケードを築き上げていた。
「フフッ、この『フレア特製・絶対防壁』は越えられませんわよ! 諦めて病院へ帰りなさい!」
バリケードの高さは二メートル以上。どう考えても飛び越えることは不可能だ。
しかし、リーザは減速しなかった。
「甘いですわ! 私は高み(トップアイドル)を目指す女! こんな障害、飛び越えてみせますのよ!!」
リーザは全力疾走のまま、手に持っていた点滴スタンドを、棒高跳びの要領で地面(石畳の隙間)にガコンッ! と突き立てた。
「なっ!?」フレアが目を見開く。
「いっけぇぇぇぇっ!!」
点滴の金属棒が、リーザの体重と速度のエネルギーを受けて限界までしなり――そして、強烈な反発力と共に彼女の身体を上空へと弾き飛ばした。
「ピョーーン!!」
夕焼け空を背景に、ピンク色の芋ジャージが美しい放物線を描く。
点滴のチューブをたなびかせながら、リーザはバリケードのはるか上空を飛び越え、見事な着地(前転)を決めてみせた。
「嘘でしょう……!? 点滴の棒で棒高跳びを……!?」
フレアが信じられないものを見る目でへたり込む。
「やった……! やりましたわ! これで私の前を遮るものは誰もいませんの!」
リーザは立ち上がり、勝利の笑みを浮かべた。
視線の先、わずか数十メートルの距離に、煌々と明かりが灯る『タローソン』の店舗が見える。
入り口のガラス越しに、スイーツコーナーのショーケースが輝いているのが分かった。その中には、間違いなく『特上イチゴショートケーキ』が鎮座しているはずだ。
「ケーキ……! 私のケーキ……!!」
リーザは涎を垂らし、フラフラとした足取りでタローソンの自動ドアへと手を伸ばした。
ウィィィン……。
自動ドアが開く。
しかし、リーザの目に飛び込んできたのは、純白のケーキではなく。
「――ゲームオーバーだ、リーザ」
制服の帽子を目深に被り、腕を組んで立ちはだかる、タロー交番の鬼署長・佐藤太郎の姿であった。
彼の右手には、夕日を反射して妖しく光る『100均の巨大ハリセン』がしっかりと握られている。
「しょ、署長!? なんでここに……!?」
「鮫島くんの運転するパトカーで先回りして、裏口から入ったんだよ。……お前、自分の食い意地のために、アルクスの街をどれだけ巻き込んだと思ってるんだ」
太郎の背後から、追いついてきたライザ、フレア、サリー、そして鮫島刑事が次々と姿を現し、リーザを完全に包囲した。
「あ、ああ……! あと一歩、あと一歩だったのにぃ……!」
リーザが崩れ落ち、ショーケースの中のショートケーキに向かって手を伸ばす。
「お前の『政治家・雲隠れ入院作戦』もここまでだ。……連行しろ!」
太郎の冷酷な指示により、リーザの両腕にガチャリと『おもちゃの手錠』がかけられた。
「いやぁぁぁっ! ケーキ! 私のケーキがぁぁぁっ!! 不当逮捕ですわー!!」
リーザの絶叫が、夕暮れのアルクス城下町に虚しく響き渡る。
かくして、タロー交番の総力を挙げた大捕物は、容疑者リーザの確保という形で幕を閉じた。
しかし、このドタバタ劇の結末は、ただの「逮捕」では終わらない。
タロー交番の平和な日常の締めくくりが、次なる最終話で待っていた。




