EP 5
【雲隠れの術】政治家リーザの体調不良と、仮病入院
「……あぁ、なんて清々しい朝でしょう。病院の特別室の空気は、監獄(取調べ室)とは違いますわね」
アルクス総合病院――という名の、タローモータースの奥に設置された『100均製品で即席DIYした特別隔離病棟』。
その真っ白な簡易ベッドの上で、リーザは優雅に寝返りを打った。首には太郎がどこからか持ってきた『首の牽引機(100均の荷造り用ロープと滑車で自作した拷問器具に近い何か)』が装着され、点滴代わりの『スポーツドリンクを垂れ流す逆さまのペットボトル』がベッド脇に吊るされている。
「うぅ……体調不良ですわ……。過密な芸能活動と、理不尽な警察権力による取調べで、私の心身はボロボロ……」
彼女はベッドの横に置かれた鏡を覗き込み、わざとらしく青白いメイク(小麦粉)を顔に塗りたくった。
完璧である。昨日の取調べ室での熱演が嘘のように、今の彼女は『悲劇の病弱アイドル』になりきっていた。
「これで三日間は入院生活を確保。その間に、五円玉(金貨)の隠し場所を変え、タローソンから廃棄弁当を盗み出すルートを再構築しなければ……。ふふふ、策士ですわね、私は」
リーザが一人でほくそ笑んでいるその時、部屋の隅にある『監視カメラ(100均の防犯ミラーと虫眼鏡で自作したアナログ監視装置)』の向こう側から、ジロリとこちらを睨む太郎の視線を感じた。
***
一方、タロー交番の署長室。
太郎はモニター代わりの防犯ミラーを覗き込み、深いため息をついていた。
「……鮫島くん。どう思う? あの容疑者の様子」
「……見事なもんだ。昨日まで取調べ室でカツ丼を食いたがっていた奴の動きじゃねぇ」
鮫島は壁に寄りかかり、煙をくゆらせながら呆れたように言った。
「体調不良と言いながら、あのベッドの上で器用に指先を動かして『金の隠し場所』のメモ書きを作ってやがる。……完全に政治家の『雲隠れ入院』の手口だな」
「ああ。記者会見をバックレるために急遽入院し、病室から指示を出すタイプだ。……リーザの奴、とんでもない政治家ムーブを覚えてきやがった」
太郎は立ち上がり、コートを羽織った。
「行くぞ、鮫島くん。これ以上、この『100均病院』のベッド代(光熱費)を浪費させるわけにはいかない」
「あいよ。……取調べ室より、病室の方が追い詰めやすいからな」
二人が病室(特別室)の扉を乱暴に開けると、そこには首を吊り下げられながら、一生懸命にメモを書きなぐっていたリーザの姿があった。
「――っ!? 署長! 鮫島刑事! ノックもなしに非常識ですわ!」
リーザは慌ててメモを枕の下に隠し、首の牽引機に身を任せて、わざとらしくガクガクと身体を震わせた。
「ふぅ……ふぅ……! 今、ちょうど看護師による緊急処置が終わったところですのよ! 予断を許さない状況なのです!」
太郎はニヤリと笑うと、ベッドの脇に置かれた『心電図(100均のタイマーを改造してピッピッと音を鳴らす装置)』のスイッチを、遠慮なくオフにした。
「はい終了。看護師から聞いたぞ。お前、さっきから『看護師さん、差し入れのポテチはまだかしら?』って催促してたらしいな」
「そ、それは……! 栄養補給ですわ! 病人は栄養を摂らなければ回復しないでしょう!?」
「そのわりには、隠し持っているメモ帳が『金貨(五円玉)の偽造技術の向上について』というタイトルになってるようだが」
太郎が枕の下からメモをひょいと引き抜くと、リーザの顔色が真っ青に変わった。
「……だ、だめですわ! それはプライベートな……! 私の体調不良は本物ですの! 診断書だってあるのですわ!」
「お前が自分で書いた紙切れのことか? 病院の印鑑が『タローソン・オリジナル』になってるぞ」
「……うぐっ」
完全に論破され、リーザは首の牽引機の中でバタバタと暴れた。
「離してくださいませ! 私は病人ですの! アイドルの命である『健康』を損なっているのですわ! 今ここで無理やり退院させたら、将来のソロライブが台無しになりますのよ!」
「ソロライブはいいから、さっさと取調べ室へ来い」
太郎が容赦なくリーザの首のロープ(牽引機)を外し、ベッドから引きずり下ろした。
リーザは「ひぇぇぇっ! 病院から強制退院させられるぅぅ!」と、まるで地獄へ引きずり込まれる罪人のような悲鳴を上げた。
しかし、リーザもただでは転ばない。
彼女は廊下に出た瞬間、廊下ですれ違った一般の冒険者に、渾身の力で悲痛な表情を見せつけた。
「たす……助けてくださぁぁい!! 悪徳署長に、病人を無理やり路上に放り出されようとしていますのぉぉ!!」
通路を歩いていた冒険者たちが、足を止めて太郎をギョッとした目で見た。
「おい、あのお巡りさん、病人を引きずってるぞ……」
「なんてことだ、魔王でもあそこまで非道じゃないぞ……」
冒険者たちの囁きが、太郎の背中に刺さる。
(……クソッ。こいつ、周囲の同情を買って世論を味方につける気か! アイドルの知名度を悪用するとは、どこまでも卑劣な……!)
リーザは太郎の腕を掴み、涙目で訴える。
「署長、見てなさい。市民の皆さんからの『タロー交番への信頼』が、今の私への罵声によって崩壊していく音を……。ふふふ、私の勝ちですわ!」
リーザが勝利の笑みを浮かべた、その時だった。
「あら? あの病弱な方、昨日タローソンの裏路地で『野良犬相手に五円玉を鼻から発射して、から揚げ弁当を死守していた』、あのパワフルな芋ジャージの方じゃありません?」
人混みの中から、昨日リーザの決闘を目撃していた一人の冒険者が、冷静な声でそう言い放った。
「……は?」
路上が一瞬で静まり返る。
「え? あの泥だらけで野良犬に勝った人か?」
「なんだ、ただの詐欺師かよ」
「野良犬に勝てるなら病人じゃねぇだろ……」
冒険者たちの視線が一瞬で『同情』から『呆れ』へと切り替わる。
リーザの「悲劇のヒロイン作戦」は、彼女自身の過去の「野良犬死闘伝説」によって、ものの見事に瓦解したのである。
「う、嘘ですわ……! 私はそんな野蛮なことしていませんの! あれは影武者ですわ!!」
「はいはい。影武者の言い訳は取調べ室で聞く」
太郎はリーザの抵抗を一切無視して、タロー交番へと連行していった。
背後で、先ほどの冒険者が「野良犬に勝つアイドルなんて、前代未聞だな……」と苦笑いしているのが聞こえた。
「あああああっ! 私のファン層がぁぁぁ! ネット上の評判がぁぁぁ!!」
リーザの絶叫が、タロー交番の壁を突き抜けてアルクスの街に響き渡る。
政治家のごとき言い逃れも、過去の泥臭すぎる(物理的な)実績の前には、何の役にも立たなかったのである。
***
夜。
タロー交番の取調べ室。
太郎と鮫島は、疲れ切った様子でパイプ椅子に座っていた。
目の前では、またしても取調べ室の机の上で、リーザが「無実ですわ!」と騒いでいる。
「……店長。こいつ、病院から逃亡を図った件について、また『事務所の不手際』で通そうとしてるぜ」
鮫島が呆れ顔で手元のメモを見せる。
「もういいよ、鮫島くん。……リーザ。お前、観念しろ。もう『仮病』も『事務所のミス』も通用しないぞ」
太郎が鋭く告げると、リーザはシュンと項垂れた。
「……署長。一つだけ、正直に話してもよろしいですか?」
「……なんだ」
リーザは顔を上げ、真剣な眼差しで太郎を見つめた。
「……実は、私の本当の目的は、金貨の偽造でも、逃亡でもありませんでしたの」
「ほう? じゃあ何だ?」
「……明日、タローソンで発売される『限定・超高級・特上イチゴショートケーキ(先着五名)』を、病院食のふりをして一番に予約確保するための、これは『戦略的入院』だったんですのよ……!!」
「……」
太郎はあまりのショックに、コップに入った水を噴き出した。
「お前……。そんな理由で、病院のベッドを占領して、取調べを三日も遅らせたのか……!?」
「そうですわ! ケーキのためなら、私は魔神王にだって魂を売りますわ!!」
その瞬間、取調べ室の電球が「パチッ」と音を立てて消えた。
太郎の目の中に、怒りを超えた『虚無』が宿る。
「……鮫島刑事。こいつを、このまま牢屋(タローソンの地下倉庫)にぶち込んでくれ。ケーキが食えるまで、一週間はパンの耳以外与えるな」
「了解。……ケーキへの執念だけは、ロス市警の凶悪犯以上だな」
「いやぁぁぁっ! ケーキ! 私のイチゴショートケーキがぁぁぁっ!!」
リーザの断末魔のような叫び声が、夜のアルクスに響き渡る。
タロー交番の初日は、かつてないほど濃密なトラブルの連続で幕を閉じた。
しかし、これで終わりではない。
翌日。
リーザが地下倉庫で「ケーキよ……」と壁をガリガリと削っている間に、タロー交番には次なる『波乱の刺客』がやってくる。
タローソンの前を通りかかる、優雅で威圧感たっぷりの『一日署長』。
それは、昨日まで教習所での暴走が伝説となっていた、美しき魔王・ラスティアであった。
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