EP 4
【取調室の攻防】カツ丼と、容疑者リーザの完全否認
タロー交番の取調べ室。
薄暗い照明の下、目の前には極上の湯気を上げる『カツ丼』が置かれている。
通常であれば、この「刑事ドラマの定番」を前にすれば、どんな強情な犯罪者も涙を流して自供を始めるものだ。しかし、目の前の容疑者・リーザは違った。
彼女はカツ丼の蓋をカツンと閉めると、まるで国会議事堂の議場に立っているかのような、堂々たる態度で太郎と鮫島を見据えた。
「――お言葉ですが、署長。先ほどから、こちらのカツ丼という食べ物で私の自白を誘導しようとなさっていますが、そのような卑劣な手法には断固として抗議させていただきますわ」
「はぁ? カツ丼はただの食事だ。自白の誘導とか関係ないだろ」
太郎が怪訝な顔でバインダーを叩きつける。
「いいからさっさと認めろ。その『五円玉』を『金貨』と偽って、店の商品をだまし取ろうとしたな?」
リーザは鼻でフンと笑い、ゆっくりと背もたれに深く寄りかかった。
「署長。……お言葉ですが、今回の件に関しましては、私自身、寝耳に水であります。ですので、私個人としては、身に覚えがございません」
「身に覚えがございませんだと……? お前、さっきまでレジで堂々と高笑いしてただろ!」
「それは、あくまで『硬貨のデザインを巡る、上客と店主のクリエイティブな意見交換』であります。詐欺を企てたという事実は、現時点では事実無根であります。……よって、私に対する容疑は、現時点では全くの論理的飛躍であると断言させていただきますわ」
鮫島がタバコの煙を天井に吹き出し、呆れたように肩をすくめた。
「……店長、こいつ……。筋金入りの『タヌキ』だぜ。俺がロスで追っかけてた、税金逃れをしてた悪徳政治家と同じニオイがする」
「認めないなら、決定的な証拠を出してやる。お前が磨いていたその五円玉、裏には『日本国』という文字が刻まれてるんだぞ」
太郎が証拠品袋に入った五円玉を突きつけると、リーザは即座に目を細め、驚くほど滑らかな口調で反論を始めた。
「あぁ、なるほど。その『ニホンコク』なる謎の刻印ですね。……私としましては、その刻印がどのような意図で施されたものなのか、現段階では把握しておりません。ですので、面識はございますが、あくまで一般的な付き合いであり、深い関係ではございません!」
「硬貨との付き合いなんてあるか! だいたい、なんだその『深い関係ではございません』っていうのは!」
太郎が机をバン! と叩く。
しかしリーザは、怯むどころか、さらに畳み掛けるように言葉を並べ立てた。
「署長。ご指摘の件については、事務所――つまり、私の秘書である人魚界の広報担当に確認させたところ、事務的なミスが判明いたしました! どうやら、私の懐に混入していた『古代魔法の触媒』が、たまたまその硬貨とすり替わっていたようでして……」
「……お前、秘書なんて雇ってたのか?」
「私は一切、そのような報告を受けておりませんでした! ですので、これについては完全に、私が知らないところで進んでいた、私の部下による事務的な不手際であります!」
「お前の部下なんて、路地裏に住んでる野良犬と、タローソンの廃棄弁当待ちの冒険者しかいないだろ!」
「……現在、当局が調査中(というか、私の頭の中で現在進行形で理由を捏造中)の案件でありますので、これ以上の私からのコメントは、法的リスクを考慮して、差し控えさせていただきますわ!!」
リーザは勝ち誇ったように顎を上げ、腕を組んだ。
その姿は、不祥事を起こした政治家が、記者会見で「コメントは差し控えさせていただきます」を連呼して逃げ切る、あの忌々しい光景そのものであった。
「……鮫島刑事。こいつ、どう思う?」
「……店長。こいつに、これ以上何を言っても無駄だぜ。今のこいつは、法律の隙間をすり抜ける天才だ。……だが、一つだけ弱点がある」
鮫島がニヤリと笑い、カツ丼の蓋を再び開けた。
部屋中に、卵でとじられたカツの、食欲をそそる香りが充満する。
「……何をしているんですの」
リーザの喉が、ゴクリと大きく鳴る。
さっきまで「高みを目指すアイドル」の気品を装っていた彼女の瞳から、一瞬にして理性が消え去った。
「これは『カツ丼』だ。……食い物だぞ、リーザ。腹が減ってるんだろ? 食べさせてやるから、正直に『やりました』と言え」
「そ、そんな……! 私はカツ丼の誘惑に屈して自白するような、そんな軟弱なアイドルではありませんわ……!」
リーザは必死に顔を背ける。しかし、五分、十分と時間が経つにつれ、彼女の身体は、カツ丼の香りに無意識のうちに引き寄せられていた。
彼女の鼻が、ヒクヒクと獣のように動く。
「……くっ、いい匂いですわ……。カツ、揚げたてですのね。卵の半熟加減、最高ですわ……」
「白状すれば食わせてやる」
「……っ!!」
リーザの葛藤は頂点に達した。
アイドルの尊厳か。カツ丼という名の『食』か。
そして、彼女が結論を出そうとした、その時だった。
「……う、うっ……!!」
リーザが唐突に、胸元を押さえて苦悶の表情を浮かべた。
「ど、どうした!?」と太郎が立ち上がる。
「ううっ……! 胸が、胸が痛いですわ……! あああっ!!」
リーザは椅子から転げ落ちると、床を転げ回って大げさな悲鳴を上げ始めた。
「……急にどうした。まさか、取調べのストレスで過呼吸か?」
「だ、だめですわ……! 医者、医者を呼んでくださいませ……! アイドル活動の過密スケジュールが、私の身体を蝕んでいたのですわぁぁぁ!!」
その迫真の演技に、太郎と鮫島は顔を見合わせた。
「……おい、さっきまで廃棄弁当を巡って野良犬と死闘を繰り広げていた奴が、何のスケジュールだ?」
「お、おのれ……! これぞ、私の……体調不良という……究極の逃げ道ですわぁぁぁ!!」
リーザは最後の力を振り絞り、太郎の足に爪を立てると、泡を吹いて気絶してみせた。
「……店長。こいつ、マジで倒れたのか?」
太郎は呆れ果てて、リーザの首筋に指を当てた。
「……いや、生きてるけど、脈拍がめちゃくちゃ速い。……ただの演技だ。だが……」
太郎は溜息をついた。
「救急車(フレアの軽トラ)を呼べ。病院の特別室へ連行だ。……病院の監視カメラで、入院中にどう動くかを確認するぞ」
「了解。……ったく、手間のかかるガキだぜ」
こうして、タロー交番の記念すべき初日の取調べは、容疑者が仮病で入院するという、異世界初の『病院送り逃亡劇』として幕を閉じた。
しかし、取調べ室の机の上に残された『カツ丼』だけが、唯一の無実の被害者として、太郎の手で美味しくいただくことになったのは、また別の話である。
病院の特別室に搬送されたリーザの、さらなる「雲隠れ入院」への戦いが、今、始まろうとしていた。
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