EP 3
【偽造通貨行使罪】ピカピカの五円玉と、店長の鉄拳制裁
「美しい……。なんて美しい輝きでしょう」
タローソンの裏路地。泥だらけの芋ジャージ姿のリーザは、手のひらに乗せた一枚の硬貨をうっとりとした目で見つめていた。
先ほどまで泥にまみれ、茶色くくすんでいたそれは、彼女がジャージの袖で死に物狂いで磨き上げた結果、夕陽を反射して神々しいまでの黄金色を放っていた。
地球の日本国が発行する硬貨、『五円玉』。
素材は黄銅(真鍮)であり、磨けば確かに金貨に似た美しい光沢を放つ。しかし、中央にはぽっかりと穴が空いており、稲穂の絵柄と『五円』という漢字が堂々と刻印されている代物である。
だが、極度の飢餓と「高み(VIP客)を目指す」という歪んだ野心によって脳内麻薬がドバドバ分泌されているリーザの目には、それが『異世界最高純度の金貨』にしか見えていなかった。
「ふふっ、あははははっ! 完璧ですわ! どこからどう見ても、一切の曇りもない本物の金貨! これさえあれば、私はタローソンのVIP客として迎え入れられ、廃棄弁当ではなく『作りたての特上幕の内弁当』を毎日食すことができるのですわ!」
リーザは鼻息を荒くして立ち上がった。
泥だらけの顔を手でサッと拭い(余計に汚れが広がったが気にしない)、アイドルとしての優雅な作り笑いを顔に貼り付ける。
「さぁ、貧しき泥水をすする生活は今日で終わり。これからは、札束(金貨)で店長の頬を叩く、セレブアイドルの誕生ですのよ!」
リーザは意気揚々と裏路地を抜け、タローソンの正面入り口へと向かった。
ウィィィン……。
自動ドアが開き、心地よい入店チャイムが鳴り響く。
「いらっしゃいませー……って、リーザ? お前、なんでそんな泥だらけなんだ?」
レジカウンターに立っていたのは、真新しい紺色の制服(警察署長風)に身を包んだ店長、佐藤太郎であった。
交番設立の初日ということで、彼は制服姿のままレジ業務も兼任していたのである。
しかし、今のリーザの目に『署長の制服』など入っていなかった。彼女の視界は、己の放つセレブのオーラ(幻覚)で満たされている。
「ふふん! 泥など気にしないでくださる? これはセレブ特有の『泥パック美容法』ですのよ。……それより店長、今日はアルバイトとしてではなく、一人の『上客』として参りましたの」
リーザはツカツカとレジへ歩み寄ると、バンッ! とカウンターの上に『ピカピカの五円玉』を叩きつけた。
「……ん? なんだこれ」
太郎が首を傾げる。
「見ればわかるでしょう! 最高純度の金貨ですわ! さぁ、この店で一番高い『特上ポーション(エナジードリンク)』と『から揚げ棒』を十本、私のためにご用意なさい! お釣りはチップとして取っておいて構いませんわよ! オーッホッホッホ!!」
勝ち誇ったように高笑いするリーザ。
しかし、太郎は一切動じなかった。彼はカウンターの上の硬貨をヒョイとつまみ上げ、ジト目でまじまじと観察した。
「……リーザ。お前、これ『五円玉』だろ。僕が第一話でお前に渡した、100均の『おもちゃの五円玉(※本物そっくり)』じゃないか」
「な、なにを言っているんですの! よく見なさい、その神々しい黄金の輝きを! それは間違いなく金貨ですわ!」
「真鍮をピカピカに磨いただけだろ。真ん中に思いっきり穴が空いてるし、稲穂のマークも『五円』って漢字も書いてあるじゃないか。異世界の金貨に穴なんて空いてないぞ」
太郎の極めて冷静かつ論理的なツッコミが炸裂する。
しかし、引くに引けないリーザは、冷や汗をダラダラと流しながらも強引な言い訳を展開し始めた。
「そ、それは……! 最近の王都で流行っている、最先端の『モダン・アート・デザイン金貨』ですのよ! 穴が空いているのは軽量化のためであり、その謎の模様(漢字)は、金運を呼び込む古代魔法陣のレリーフですわ! 決して五円玉などというふざけた硬貨ではありませんの!!」
「……お前、同じ手(偽造通貨)で僕を騙せると思ったのか?」
太郎の声のトーンが、一段階下がった。
温厚なコンビニ店長の顔から、アルクスの治安を守る『タロー交番の鬼署長』の顔へと切り替わった瞬間であった。
「ひっ……!」
太郎の全身から、王宮武術指南役リュウ直伝の『静かなる闘気』が立ち昇る。
彼はレジカウンターからゆっくりと身を乗り出すと、右の拳を深く、そして静かに引き絞った。
「(……ヤ、ヤバいですわ! 逃げ――)」
リーザが踵を返そうとした、その瞬間。
『シュゴォォォォォォォォッ!!!』
太郎の放った『顔面パンチ(ストレート)』が、空気を切り裂きながらリーザの顔面へと迫った。
それは、白パイのようなおふざけではない。本物の武術の軌道を描く、必殺の一撃。
「死んだ!」とリーザが目を固く閉じた、そのコンマ一秒後。
『ピタッ……』
太郎の拳は、リーザの鼻先のわずか一ミリ手前で、完全に静止した。
寸止めである。しかし、拳から放たれた『風圧』だけで、リーザのピンクの髪が後ろへ大きく吹き飛び、彼女の顔面は恐怖で完全に引き攣っていた。
「……て、店長?」
リーザが恐る恐る目を開ける。
寸止めした拳のまま、太郎は中指を親指の腹に引っ掛け、バネのように力をタメた。
そのまま、リーザの広いおでこに向けて。
「反省の色なし! 悪質極まりない詐欺未遂!!」
パァァァァァァァァンッ!!!!
「あべばぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
顔面パンチからの、渾身の『署長デコピン』がリーザの額にクリーンヒットした。
凄まじい破裂音と共に、リーザの身体はコマのように錐揉み回転しながら宙を舞い、タローソンの出入り口のマットの上にスッテンコロリンと墜落した。
「い、痛ぇぇぇぇっ! おでこが! 私の美しいおでこが割れましたわァァ!」
リーザがおでこを押さえながら、床の上でのたうち回る。
太郎はレジからゆっくりと歩み寄り、100均の『おもちゃの手錠(※銀色のプラスチック製だが、謎に頑丈)』を取り出し、チャキッ! と音を立ててリーザの両手首に嵌めた。
「な、なんですのこれ!? 手が、手が離れませんわ!」
「リーザ。お前を『偽造通貨行使詐欺未遂』の現行犯で逮捕する。……今日からオープンした『タロー交番』の、記念すべき第一号の逮捕者だ」
「た、逮捕ォ!? ちょっと待ってくださいませ! 私はただのお買い物客で――」
「黙秘権はあるが、言い訳は取調べ室で聞く。立て、歩け!」
太郎はリーザのジャージの襟首を掴むと、ずるずると引きずりながら、タローソンの隣に併設された真新しいプレハブ小屋――『アルクス警察署・タロー交番』へと向かった。
***
「……で? 署長。こいつが初日の『ホシ(容疑者)』ってわけか」
タロー交番の奥に設置された、無駄にリアルな『取調べ室』。
薄暗い裸電球が一つだけぶら下がる狭い部屋で、ロス市警仕込みのベテラン刑事・鮫島が、タバコを咥えながら書類を机に叩きつけた。
「ああ。五円玉をピカピカに磨いて、金貨だと偽ってポーションを騙し取ろうとした、極めて悪質な詐欺未遂だ。余罪(過去の白パイ案件)も含めて、徹底的に吐かせてくれ」
太郎が腕を組んで睨みつける。
机を挟んだ向かい側には、手錠をかけられ、おでこを真っ赤に腫らしたリーザがパイプ椅子に座らされていた。
「ひぐっ……うぅぅ……。冤罪ですわ……! 私は不当な暴力を受けた被害者ですのよ……!」
リーザが涙目で訴える。
「泣き落としは通用しねぇぜ。ロス市警じゃ、お前みたいなコソ泥は腐るほど見てきたからな。……おい、カツ丼だ」
鮫島が指を鳴らすと、扉が開き、制服姿のサリーが「お待たせいたしましたわ」と、湯気を立てるドンブリを机の上に置いた。
100均スキルで召喚された『特製・カツ丼』である。
甘辛い出汁の香りと、黄金色に輝く卵とじのカツ。廃棄弁当を逃したリーザの胃袋を直撃する、最強の飯テロ兵器であった。
「ゴクリ……。な、なんですの、この暴力的に美味しそうな食べ物は……」
リーザの目が、完全にカツ丼に釘付けになる。
「食ってもいいぜ。……ただし、お前が『詐欺をやりました』と、すべての罪を自白すればの話だがな」
鮫島が凄みのある声で囁く。
普通なら、ここで「やりました! 食べさせてください!」と落ちるのがリーザというキャラクターである。
しかし、今日の彼女は違った。
「高みを目指す」と決意した彼女の脳内には、なぜか『前世(地球)の記憶』から引っ張り出された、最もドス黒く、最も往生際の悪い【ある職業】の姿が憑依していたのだ。
「……ふん。カツ丼ごときで、私の口が割れるとお思いですか?」
リーザは姿勢を正し、コホンと咳払いをした。その表情から、アイドルの愛嬌も、守銭奴の焦りも完全に消え去っていた。
「……いいでしょう。私の口から、今回の騒動の『真実』をお話しさせていただきますわ」
リーザの瞳が、凄まじい『政治家』の光を宿した。
タロー交番の取調べ室が、一瞬にして【謝罪会見場】の空気に包まれる。
究極の言い逃れコントが、今、幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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