第十八章 タロー交番(ポリス)編
【起床と配役】サリー鍋のアラームと、タロー交番の設立
午前6時。タローソンの二階にある店長室。
遮光カーテンの隙間から差し込む朝陽よりも早く、その「音」は鳴り響いた。
「ゴォォォォォォォォォォンッ!!」
佐藤太郎の脳天を直撃したのは、金属と金属が激しくぶつかり合う、この世のものとは思えない重低音だった。
太郎は飛び起きた。飛び起きたというか、魂が一度肉体から離脱し、慌てて戻ってきたような衝撃だった。
「な、なんだっ!? 敵襲か!?」
寝ぼけ眼をこすりながら視界を整理すると、目の前には銀色に輝く大きな『寸胴鍋』が被さっており、その鍋の縁を、愛妻の一人であるライザが手にした金属製のスプーンで、先ほどまで全力で打ち鳴らしていた。
「おはようございますわ、太郎様! お目覚めのお時間です!」
「おはようございます、旦那様! 昨夜の残りの味噌汁を温めておりましたの!」
寸胴鍋を被せ、起床の合図を鳴らしたのはサリーだ。彼女はニコニコと微笑みながら、顔の横でパチパチと拍手をしている。
ライザは、まだスプーンを握りしめ、獲物を狙う剣士のような鋭い眼光を放っている。
「……おはよう。……おはよう、サリー、ライザ。あのね、アラームっていうのはもう少し……例えばこう、優雅に鳴らすものなんじゃないかな?」
太郎が力なく呟くと、ライザはハッとして、被せられていた鍋を丁寧に外し、その縁を優しく撫でた。
「なんと! 確かにそうですわね! 敵襲を知らせるゴングのような叩き方は、朝の目覚めに相応しくありませんでしたわ。次はもう少し、叙情的なメロディを奏でるように叩きますわね!」
「そういう問題じゃないんだよ……」
太郎は深いため息をつきながら、起き上がった。
しかし、ここ数日のアルクス城下町は、平和そのものではなかった。
かつては魔物との死闘が日常だったこの街も、太郎が持ち込んだ『自動車教習所』や『コンビニ』という文明の利器によって、劇的に変化していた。
特に問題なのは、自動車の導入に伴う「交通トラブル」や、「現代の悪しき風習」の持ち込みである。
一時停止違反を巡る馬車同士の小競り合い。
路地裏でのカップ麺の空容器の不法投棄。
さらには、教習所に憧れて真似事をする若者たちが、魔力でカートを暴走させるという事態が頻発していた。
「やっぱり、必要だな……」
太郎は鏡の前で寝癖を直しながら、決意を固めた。
「アルクスに、治安を守る『交番』を作ろう。日本の警察のような、地域に根付いた拠点がね」
朝食を済ませた太郎が店舗一階に降りると、そこにはフレアが早番として既に働いていた。
彼女はエプロンの上に、どこで手に入れたのか、無駄にキッチリとアイロンがけされた紺色の制服(ミニスカート仕様)を着込み、胸元には『一日署長』のタスキをかけていた。
「おはようございますわ、旦那様♡ 今日から私は、タローソンの巡回担当兼、交通安全キャンペーンの顔として出勤ですわ!」
フレアはくるりとターンを決め、制服のスカートを翻した。
「……フレア、それはどこで調達したんだ?」
「フフッ、魔法の服飾店(100均リメイク)でオーダーメイドしましたの! 制服を着ると、自然と身が引き締まりますわね!」
太郎は、彼女の熱意に押されながらも、今日の重要任務を告げた。
「いいかい、みんな。今日からタローソンの一角を拡張して『タロー交番』を設置する。街の治安維持、交通整理、そして何より『魔力カートの暴走防止』が任務だ」
太郎がホワイトボードにチョキチョキと配役を書き込んでいく。
「まず、署長は僕だ。……というか、他にやる奴がいない。鮫島くん、君は元ロス市警のキャリアを買って『ベテラン刑事』として現場の指揮を頼む」
店先でタバコを吸っていた鮫島が、深々とサングラスを下げて頷いた。
「ロス市警のノウハウを、このド田舎に叩き込んでやるさ。……だが、俺は『クソッ、俺はこんな田舎の交番で、ドロのついたスニーカーを履いたガキどもを追いかけるために署長になったんじゃねぇんだ……!』って愚痴を言う役回りでいいのか?」
「そうそう、そのハードボイルドな愚痴が聞きたいんだよ」
太郎が鮫島の肩を叩き、続いて妻たちを見る。
「ライザ、君は『機動巡査』。高い身体能力を生かして、暴走カートを捕まえるのが仕事だ」
「承知しました! 犯罪の芽(とパンの耳)を見逃しませんわ!」
「フレア、君は『広報・交通安全指導官』。その制服で市民を魅了して、交通ルールを教え込んでくれ」
「お任せくださいませ、旦那様♡ 笑顔で交通違反チケット(反則金付き)を切りますわ!」
「サリー、君は『窓口・相談員』。交番に来る市民の悩みや、迷子の相談に乗ってくれ」
「はい! 何でもおっしゃってくださいませ、旦那様!」
最後の一人、リーザは……。
「私は!? 私はこの最強のアイドル(仮免取得者)なのに、配役がありませんの!?」
リーザが憤慨する。しかし太郎は、あえて彼女に重大な任務を与えた。
「リーザ、君は『特殊潜入捜査官』だ」
「特殊……潜入……? な、なるほど! 悪の組織に潜り込んで、秘密を探るのですね!」
「いや、ただの『万引きGメン』だよ。客に化けて店内で不審な動きをする奴を監視してくれ。万引きの現行犯なら、どんな大物でも100均ハリセンで成敗していい」
「……やりますわ。店長、私のためにとっておきの監視用変装セット(かつらとつけ髭)を用意してくださいませ!」
配役が決まると、太郎は交番の看板を店の入り口付近に設置した。
『アルクス警察署・タロー交番』。
看板の横には、なぜか『交通安全・交通ルールを守らぬ者はタローソン出禁』という張り紙までされている。
「よし、全員配置につけ! 本日からアルクスの治安維持作戦を開始する!」
太郎の号令と共に、それぞれの持ち場へと散らばる面々。
しかし、そんなタロー交番の記念すべき初日に、早速『厄介なトラブル』が舞い込んできた。
タローソンのおにぎりコーナーに、不審な影が入り込んでいるのを見つけたリーザ(Gメン)が、無線機代わりに使っている通信石を握りしめる。
「……こちら特殊潜入捜査官リーザ。おにぎりコーナーに、おにぎりをカバンに詰め込んでいる極めて怪しい輩を発見。……どうしますか、署長?」
太郎が無線で答える。
「……現行犯だ。力ずくで確保して取調べ室へ連行しろ。ただし、店内の商品を傷つけるなよ!」
「了解しましたの!!」
リーザは、おにぎりを掴もうとしていた犯人の首根っこを、プロレスのバックドロップの要領で華麗に地面へ叩きつけた。
「この泥棒猫ならぬ泥棒犬ですわ! タローソンの商品を盗もうとするなど、万死に値しますわよ!!」
「い、いや待ってくれ! 私はただの腹を空かせた……!」
犯人が弁解しようとするが、リーザは容赦なくおにぎりを奪い返し、犯人を羽交い締めにして交番へと引きずっていった。
「ふふふ……。これでまた一つ、私の評価が上がりますわね!」
こうして、タローソンを中心としたアルクスの街に、さらなるカオスな日常――『タロー交番』の歴史が刻まれ始めたのである。
署長の太郎は、取調べ室へと向かう途中でふと思った。
(……この国、前は魔王軍との戦争で国が滅びそうだったのに、今は教習所で免許を取って、交番で万引き犯を捕まえてる。平和になったもんだな……)
彼がそんな感慨にふけっていたのも束の間。
取調べ室の中から、リーザの「黙秘しますわ!」という、どこか聞き覚えのある(政治家的な)怒声が響いてきた。
「(……ああ、やっぱりこのメンツじゃ、平和なんて言葉は遠い先の話か)」
太郎が苦笑しながら取調べ室の扉を開けると、そこには、すでに『政治家風の言い逃れテンプレ』を完備したリーザの姿があった。
「リーザ、お前……。またその『身に覚えがございません』カードを切る気だな……?」
タロー交番の伝説(?)は、まだ始まったばかりである。




