EP 10
【免許皆伝】安全運転の王様と、最高のドライブ
「――そこから出てこい、ルチアナ。丸見えだぞ」
タローモータースのコース脇。ライザによって植え込みに放り込まれたテロリストたちの下敷きになり、「ひぃぃ、重い! マグロより重いわ!」とうめき声を上げていたのは、深宇宙マグロ漁船のゴム長靴と前掛けを装備した、創造神ルチアナであった。
「た、太郎ぉ……! 助けてぇ! 船酔いでゲロゲロなのに、毎日三トンのマグロを一本釣りさせられて……! 限界を迎えて空間転移で逃げてきたのよぉ!」
全身から生臭い磯の香りを漂わせ、ルチアナが太郎の足元にすがりつく。
その直後、空間が裂け、神界債権回収部隊(黒服レスラー)たちがヌルリと現れた。
「ルチアナ様。……脱走は契約違反です。直ちにマグローザへ――」
「待ってくれ」
太郎が黒服たちの前にスッと立ち塞がった。
「彼女の残りの借金……タローモータースとタローソンの今月の莫大な利益で、僕が全額立て替える。だから、これ以上連れ回すのはやめてやってくれないか」
「た、太郎……!」
ルチアナが涙と鼻水(とマグロの血合い)で顔をぐしゃぐしゃにして感動の声を上げる。
黒服たちは顔を見合わせ、電卓を弾いた後、深く一礼した。
「……全額返済、確認いたしました。さすがは太郎国王。では、我々はこれで」
黒服たちが去っていく。
「うぅぅ……ありがとう太郎! さすがは私の見込んだ人間よ! これで私も教習所に通って、月人君のライブに――」
「勘違いするなよルチアナ。立て替えた借金分は、タローソンで時給から天引きだからな。お前は明日から五年間、リーザと一緒にレジ打ちとトイレ掃除だ」
「そんなぁぁぁぁっ!?」
絶望する女神を他所に、太郎はパンッ! と手を叩いて皆の注目を集めた。
「よし! テロリストの残党は騎士団に引き渡す! デューク、テロリストが撒き散らしたススは、お前のブレス……じゃなくて、ルチアナに雑巾掛けさせて綺麗にする! ――そして何より、今日でついに、第一期生の『卒業検定』が全て終了したぞ!!」
太郎の宣言に、教習所の敷地に集まっていた面々から「おおっ!」と歓声が上がった。
***
数時間後。夕暮れに染まるタローモータースのロビーにて、『免許証授与式』が執り行われた。
「鮫島勇護。君の完璧な安全確認と法規遵守、実に見事だった。文句なしの『ゴールド免許』だ」
「フッ……サンキュー、教官。これで異世界のハイウェイも、俺の安全運転からは逃れられねぇぜ」
鮫島が黄金に輝くカードを受け取り、偏光サングラスの奥でニヒルに笑う。
「ライザ、ラスティア。車内でのテロリスト制圧(マナー遵守)、素晴らしかった。合格だ」
「はっ! 教官殿の教え、剣の道にも通ずるものがありました!」
「ふふん! これで私は、月人君の五大ドームツアーに堂々と自分の車で乗り込めるわ!」
「デューク。カツカレーを食べてからの縦列駐車、最後は一発で決めたな。合格だ」
「おう! これで豚神屋のラーメンを、熱々のままアルクス全土に届けられるわい! ガーッハッハ!」
皆が次々と免許証を受け取り、喜びに沸く中。
教室の隅で、一人だけ膝を抱えて暗いオーラを放っている男がいた。狼王フェンリルである。
「……どうせ俺は、標識の意味も分からない赤点王さ……。車なんて乗れなくても、走れば速いし……」
「フェンリル。……これ」
太郎がそっと差し出したのは、自動車の免許証ではなく、『原動機付自転車(原付)』と書かれた小さなカードだった。
「八時間のマンツーマン補習、よく頑張ったな。車の免許にはまだ知識が足りないけど、原付なら合格ラインだ。これに乗って、少しは風を感じてこい」
「て、店長……! あんた、マジで最高の教官だぜ……!!」
フェンリルが涙を流して原付免許を抱きしめる。
「ふふん! これで私も配達エリア拡大ですわ!」
同じく原付免許を受け取ったリーザも、隣で歓喜の舞を踊っていた。
「よし! 免許の授与はこれにて終了! ……皆、せっかくの免許皆伝だ。今日は僕の運転で、全員で『卒業ドライブ』と行こうじゃないか!」
太郎が親指で外を指差す。
そこには、太郎の100均スキルとドワーフの技術が融合して生み出された、十人以上が乗れる巨大な『特製オープン仕様・魔導ミニバス』が停まっていた。
「おおおおっ!!」
太郎が運転席に座り、助手席にはライザ。
後部座席にはフレア、サリー、ラスティア、デューク、鮫島、フェンリル、デュアダロス、ルチアナ、そしてリーザが、それぞれ嬉しそうに乗り込んでいく。
「全員、シートベルトは締めたな? ――出発するぞ!」
『ブォォォォォォンッ!!』
心地よいエンジン音と共に、巨大なオープンカーがタローモータースのゲートを抜け、夕暮れのアルクス大平原へと走り出した。
頬を撫でる風。沈みゆく茜色の太陽が、大草原を黄金色に染め上げている。
車内では、デュークとデュアダロスが「この鉄の箱、なかなか風流じゃのゥ」と笑い合い、ラスティアがアイドルの曲を上機嫌で口ずさみ、鮫島が「……速度ヨシ」と後部座席から太郎の運転をチェックしている。
「あはははっ! 太郎様! 風が、風が気持ちいいですわ!」
助手席のライザが、子供のように身を乗り出してはしゃぐ。
「こらライザ、走行中に身を乗り出すのは危険だぞ。減点一だ」
太郎が教官の顔で注意しながらも、その口元には隠しきれない柔らかな笑みが浮かんでいた。
かつて地球の日本で、しがないペーパードライバーだった自分。
異世界に転生し、王様になり、そして自動車教習所の教官になった。
神々や魔王、竜王といった規格外の存在たちに、シートベルトの締め方や一時停止のルールを教え込み、こうして一台の車に乗って同じ夕日を見ている。
(……魔法で空を飛ぶのもいいけどさ。やっぱり、みんなでこうして車に乗って、バカみたいに笑いながら走る『日常』ってのが……最高に贅沢なんだよな)
太郎がアクセルを優しく踏み込み、オープンカーがなだらかな丘を登っていく。
眼下に広がるのは、豊かに発展した太郎国の城下町。あちこちに魔導ランプが灯り始め、星空と夕焼けが交じる幻想的な景色が広がっていた。
「わぁ……。綺麗……」
後部座席から身を乗り出し、その絶景を見下ろしていたリーザが、ポツリと呟いた。
彼女の瞳には、いつもの$マークはなく、ただ純粋な感動だけが映っていた。
「……ねぇ、店長。私、今まで世界で一番美しいのは、ピカピカに光る金貨だと思っていましたの」
「お、珍しく殊勝なこと言うじゃないか」
リーザは風にピンク色の髪を揺らしながら、満面の笑みで太郎を振り返った。
「ええ。五円玉(偽造硬貨)じゃ絶対に買えませんが……。みんなで見るこの景色の価値は、間違いなく『金貨一万枚』以上ですわね!!」
その言葉に、車内の全員がドッと吹き出した。
「あははは! 結局お金換算かよ!」
「リーザらしいですわね!」
笑い声が、夕暮れの大平原にどこまでも響き渡っていく。
誰もがルールを守り、誰もが笑顔で走れる道。
太郎が作り上げた『タローモータース』は、異世界に新たな風と、かけがえのないドタバタな日常をもたらしたのだった。
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