EP 9
【暴走する試験車】天魔窟の残党と、教習所の「車内マナー」
「――あぁぁぁっ! 止まれぇ! 止まってくれぇぇっ!!」
タローモータースのコース内。
卒業検定の最終コースを走行していた一人の教習生が、泣き叫んでいた。
教習車の屋根の上には、天魔窟の残党と名乗る全身黒装束の集団が、四人も五人も這い上がり、蛮刀を突き立てて暴れまわっているのだ。
「ヒャハハハ! この教習車、俺たちが乗っ取ったぞ! 街へ突っ込んでパニックを引き起こしてやる!」
「待て、ハンドルを奪うな! 助手席にはあの『魔王』と『最強の剣士』が乗ってるんだぞ!」
屋根の上で叫ぶリーダーの言葉に、助手席の乗客がゆっくりと顔を上げた。
魔王ラスティアである。彼女は今、卒業検定の同乗試験中であり、運転している教習生は、魔王の威圧感で極度の緊張状態にある、ただの気弱な青年だ。
そして後部座席には、最強の剣士ライザが、腕を組んで目を閉じて座っている。
「……五月蠅いですね」
屋根から突き出された蛮刀の刃が、天窓をガリガリと削り、車内の緊張感を壊していく。
運転中の教習生は、もう泣くのを通り越して、魂が抜けかけていた。
「(どうしよう……テロリスト……、どうしよう……僕、今日で卒業して、明日から安全運転ドライバーになるはずだったのに……!)」
その時、教習所の中央事務所でモニターを監視していた太郎は、無線機を片手にニヤリと笑った。
「……襲う相手を完璧に間違えてるな。よりによって、今まさに『卒業検定』という、人生で最も神経がピリピリしている時期の二人をターゲットにするなんて……」
太郎は冷静に、無線機で指示を飛ばした。
「ライザ、ラスティア。車内での乱闘は、車内マナー違反で『減点対象』だ。……教習生をパニックにさせて、試験を台無しにするような真似は許さない。――完璧なマナーで、速やかに害虫を排除しなさい」
「「承知いたしました(教官殿)」」
車内から、二人の声が同時に返ってきた。
屋根の上のリーダーが、天窓から顔を覗かせた。
「おい魔王! 人質になって大人しく――」
『パシッ』
リーダーが言い切る前に、助手席のラスティアが、100均の『教官用・巨大ハリセン』を天窓から突き出し、リーダーの額を正確に打ち抜いた。
「五月蠅いわ! 今、ちょうど坂道発進のタイミングで私がイライラしているのが分からないの!?」
「あべしっ!?」
リーダーは一撃で気絶し、ルーフキャリアの荷台へ派手に転がり落ちた。
「な、なんだと!? ……やれ! 蛮刀でルーフを切り刻め!」
残るテロリストたちが、ルーフを切り裂いて中に突入しようと蛮刀を振り上げる。
「……教官殿の教習車ですよ。傷がついたらどうするつもりですか」
ライザが静かに目を開いた。
彼女は後部座席から、100均の『伸縮式・車内掃除用モップ』をスッと取り出すと、その柄を伸縮させ、窓の外へと突き出した。
「神速・掃除術――『チリ一つ残さぬ』!」
『シュババババッ!!』
ライザの超高速突きが、ルーフの上で蛮刀を振りかざしていたテロリストたちの手首を、ピンポイントでモップの毛先で弾き飛ばした。
骨を砕くわけでも、斬り刻むわけでもない。あくまで『掃除用モップ』の柄を使って、テロリストたちの武器だけを正確に剥ぎ取る。
「ぎゃああああ! 俺の手がっ!」
「な、なんだこの女! 剣も持たずにこれほどの手練れか!」
車は時速30キロでコース内を走行している。
ライザはモップの柄を巧みに操り、屋根の上で暴れるテロリストたちを、まるで『埃を払う』かのように一人ずつ車外へとポイポイと弾き飛ばしていく。
「ああっ! 俺たちのテロ計画が!」
「教習車の上で暴れるなど、車内マナーとして最低です!」
ライザは、突き落としたテロリストたちの最後の一人が地面に叩きつけられる瞬間、正確にモップの先端を伸ばし、彼らの襟首を引っ掛けて『そのまま路肩の植え込み』へと丁寧に放り込んだ。
「……以上です。車内の清掃、完了しました」
一瞬にして屋根の上から敵が消えた。
運転席の教習生は、もう何が起きたのか理解できず、ハンドルを握りしめたままフリーズしている。
「あ、あの……合格……でしょうか……?」
「……急ブレーキもかけなかったし、車線もはみ出さなかった。完璧な運転よ。合格にしてあげるわ」
ラスティアが教官のように上から目線で言うと、教習生は「あ、ありがとうございますぅぅっ!」と、涙と鼻水を流しながら、残り少ないコースを慎重に走り続けた。
***
騒動が収束した直後。
教習所のコースの入り口に、再び地響きのような足音が響いた。
「太郎よ! 聞けばこの『鉄の馬』とやら、我がラーメン屋の出前にも使えるというではないか!」
教習所の入り口から、今度は巨漢の竜王・デュークが、昨日食べさせてもらった『教習所カツカレー』の味を忘れられず、またしても入所を求めてやってきたのだ。
しかし、太郎は今、頭を抱えていた。
先ほどのテロリスト乱入騒ぎで、教習車がボロボロになり、さらにはテロリストが撒き散らした『謎の魔導爆弾』の黒いススが、敷地内に充満しているからだ。
「デューク……悪い、今日はもう営業終了だ。テロリストが撒いたススで、敷地内が真っ黒だぞ」
太郎の言葉に、デュークは目を剥いた。
せっかくカツカレーを食べる気満々で来たのに、営業終了だと?
彼は怒りのあまり、その巨大な拳を地面に叩きつけた。
「なにィッ!? 豚神屋の店主である我を追い返すというのか! この汚れ、ならば我の『竜王のブレス』で一掃してくれよう!!」
「いや、ブレスで掃除したら教習所ごと蒸発するだろ!」
デュークが怒りに任せて口を開き、超高熱のオーラを溜め始めた、その時である。
『ピロロロロロ……』
太郎の腰のデリバリー端末が、かつてないほど激しい警告音を鳴らした。
画面には『緊急要請:天界・黒服レスラーからの依頼』と表示されている。
「ん? 黒服たちから? ……なんだ、またルチアナが何かやらかしたのか?」
太郎が通話ボタンを押すと、ノイズ混じりの荒い声が聞こえてきた。
「太郎殿。……緊急事態だ。ルチアナ様が、またしてもマグロ漁船を脱走した。今、貴殿の教習所に潜伏している可能性がある」
「はぁ!? 脱走したのかよ、あの女神!」
太郎が顔を上げると、教習所の敷地内、先ほどテロリストが倒された植え込みの影から、芋ジャージを被った怪しい影が、コソコソと這い出してきた。
それは間違いなく、マグロ漁船の制服を着たルチアナだった。
「……見つけた」
太郎の目が冷たく光る。
卒業検定を終えたライザとラスティア、そして怒りに燃える竜王デューク。
そこに現れた脱走女神。
タローモータースの平和な(?)教習所は、今や『最強の強者たち』の溜まり場となり、カオスは限界を超えようとしていた。
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