EP 8
【学科試験の悲劇】狼王フェンリルのカンニングと、赤点王
「……なぁ店長。なんで俺が、こんな狭い教室の机に座って、ちまちまと紙の束を睨みつけなきゃなんねぇんだ?」
タローモータースのプレハブ小屋に作られた『学科教習室』。
その最後列の席で、長い足を机の上に投げ出しながら、狼王フェンリルが不満げにシャーペン(100均の芯が折れにくいタイプ)を回していた。
「車ってのは、勘とセンスで走らせるもんだろ? 俺は昨日の実技教習(コース走行)、一度もポールにぶつからずに一発でクリアしたじゃねぇか!」
「実技のセンスは認めるよ。でもね、フェンリル」
教壇に立つ太郎は、黒板に『仮免学科試験・全50問』と大きく書き殴り、チョークを置いた。
「どんなに運転が上手くても、標識の意味や法律を理解していなければ、公道ではただの走る凶器だ。この学科試験で100点満点中、90点(45問正解)以上を取らなければ、絶対に仮免許は発行しない」
「チッ……めんどくせぇ。あーあ、俺は自由を愛するニートなのに、なんでこんな学生みたいな真似を……」
愚痴をこぼすフェンリルの斜め前の席には、ピンクの芋ジャージを着たリーザが、やる気満々でハチマキを締めて座っていた。
「ふふん! 私は原動機付自転車(原付カート)の免許を取って、タローイーツの配達エリアを拡大し、インセンティブ(Love & Money)を荒稼ぎするのですわ! こんな紙切れのテスト、アイドルである私の頭脳にかかれば五分で終わりますの!」
「はいはい。それじゃあ二人とも、試験開始!」
太郎の合図と共に、教室内にはカリカリとシャーペンが走る音だけが響き始めた。
「(……ケッ、こんなもん楽勝だろ。マルかバツの二択じゃねぇか)」
フェンリルは余裕の笑みを浮かべ、問題用紙の一問目に目を落とした。
『問題1:夜間の道路を走行中、対向車がいない場合のヘッドライトは、原則として上向き(ハイビーム)にしなければならない。マルかバツか』
「(……ハッ! バカにしやがって。夜の暗闇なんて、俺の『狼の眼』にかかれば真昼と同じだ。そもそもライトなんて点けなくても見えるし、上向きにして獲物(対向車)を威嚇したら喧嘩になるだろ。常識的に考えて下向きだ。答えはバツ!)」
フェンリルは迷いなく『×』に丸をつけた。
(※正解は『〇』。日本の交通ルールでは原則ハイビームである)
『問題12:踏切を通過する際は、必ず窓を開けて目と耳で安全を確認し、一時停止しなければならない』
「(……窓を開けるぅ? 俺の『狼の耳』は、十キロ先のウサギの足音すら聞き取れるんだぜ。わざわざ窓なんて開けなくても列車の音くらい聞こえるわ! だから窓を開ける必要はなし! 答えはバツ!)」
(※正解は『〇』。聴力が神話級だろうと、ルール上は窓を開けなければならない)
『問題25:前の車を追い越す際、前の車が急ブレーキをかけたとしても追突しないだけの安全な距離を保たねばならない』
「(前の車が急ブレーキ? ハッ、俺の反射神経ならコンマ一秒で避けられる。安全距離なんて俺のスペックには不要! 答えはバツだ!)」
(※正解は『〇』。フェンリルは自分の身体能力を基準にして法規を全否定している)
順調に『×』を量産していくフェンリルだったが、後半の『ひっかけ問題』のラッシュに差し掛かると、ついにその脳細胞(筋肉)が悲鳴を上げ始めた。
「(……な、なんだこれ。『〜してもよいが、〜の場合はこの限りではない』? 日本語が複雑すぎるだろ! どっちがマルでどっちがバツか、ゲシュタルト崩壊してきたぜ……!)」
冷や汗を流し始めたフェンリル。
ふと斜め前を見ると、リーザが鼻歌交じりに、ものすごいスピードで解答用紙を埋めているではないか。
「(……おいおい、あの小娘、もう全部解き終わってやがる。金にがめつい分、計算とかそういう頭は回るってことか?)」
フェンリルはニヤリと悪魔の笑みを浮かべた。
「(俺には『狼王の千里眼』がある。あの距離なら、小娘の解答用紙のマルバツが、ハッキリと読み取れるぜ……! 悪いが、答えは写させてもらう!)」
フェンリルは眼球に魔力を集中させ、リーザの答案用紙のマークを端から端まで完全にカンニングし、自分の用紙にコピーしていった。
「そこまで! 鉛筆を置いて!」
太郎の号令で試験が終了した。
「ふぅーっ! 完璧ですわ! 満点間違いなしですの!」とドヤ顔で伸びをするリーザ。
「ヘッ、まぁチョロい試験だったな」と、カンニングで乗り切って不敵に笑うフェンリル。
太郎は回収した二人の答案用紙をバインダーに挟み、100均の『教官用・赤ペン』で採点を始めた。
「……」
「……」
教壇で丸つけをする太郎の顔が、次第に般若のように険しくなっていく。
そして一分後。
「ドンッ!」と、真っ赤に染まった答案用紙が二人の机に叩きつけられた。
「リーザ、3点。……フェンリル、5点」
教室に、気まずい沈黙が落ちた。
「……は?」
フェンリルが目を点にする。
「さ、さんてん!? 私の完璧な頭脳が弾き出した答えが、たったの3点ですの!?」
リーザが叫ぶ。
「完璧な頭脳? ふざけるな!」
太郎がリーザの答案用紙をバシッと指差した。
「リーザ! この『問題30:歩行者が飛び出してきた場合、警音器を鳴らして警告し、そのまま進行してもよい』……なんでマルなんだ!」
「当然ですわ! 私の車(Love & Money号)の進路を妨害する歩行者など、撥ね飛ばして慰謝料を請求すべきですの!」
「教習所から出ていけ馬鹿野ろう! お前のはただの当たり屋思考だ!!」
スパーーーーンッ!!
太郎の100均ハリセンがリーザの脳天に炸裂する。
「そしてフェンリル! お前……自分のスペック(視力・聴力・反射神経)基準で交通ルールを全部『不要』にするな! 法律は普通の人間が安全に走るためのもんだ! さらに後半の解答……お前、リーザの答案丸写ししただろ!!」
「げっ!? な、なんでバレたんだ!?」
「間違えてる問題(当たり屋思考)の場所が全く同じだからだよ! 神話の狼王が、こんな底辺アイドルの答案をカンニングして赤点取ってんじゃねぇ!!」
スパーーーーンッ!!
本日二発目のハリセンが、狼王の頭にクリーンヒットした。
「いッてぇ! ……し、しかし店長! 5点は5点だ! 補習を受ければ――」
「フェンリル。お前には明日から毎日、朝九時から夕方五時まで、みっちり『マンツーマンの学科補習(八時間)』を受けてもらう。合格するまで、一生仮免はやらん」
「なっ……!? ま、毎日八時間のお勉強!? 俺はヒモニートだぞ! 労働(勉強)なんてしたら、俺のアイデンティティが崩壊しちまうぅぅぅ!」
フェンリルが頭を抱え、この世の終わりのような絶望の叫びを上げた。
「自業自得だ。明日から覚悟しておけよ」
太郎が呆れながら答案用紙を片付け、プレハブ小屋の窓から外を眺めた。
夕暮れの教習所。今日も無事に(?)ドタバタな一日が終わろうとしている。
そう思って、太郎がホッと息をついた、その時だった。
『ズガァァァァァァンッッ!!!』
教習所のコースの奥――実技の『卒業検定』が行われているはずのエリアから、凄まじい爆発音と、剣がぶつかり合う甲高い金属音が鳴り響いた。
「な、なんだ!? 今度は何事だ!?」
太郎が窓を押し開けて身を乗り出す。
コースの向こう側で、黒煙を上げて暴走する教習車(検定車)。
そして、その屋根の上で、不気味な黒装束に身を包んだ複数の『魔獣』たちが、武器を振り回して奇声を上げていたのだ。
「あれは……前章で壊滅したはずの『天魔窟』の残党!? なんでこんなところに!」
平和な自動車教習所に突如として降りかかった、ガチの命の危機(ハイジャック事件)。
しかし、太郎はすぐに思い出した。
あの暴走する検定車に乗っている『教習生』と『同乗者』が、誰であるかを。
「(……いや、テロリスト(あいつら)……襲う車を完全に間違えてるぞ……)」
タローモータースの最大の危機(という名の、テロリストにとっての地獄)が、けたたましいエンジン音と共に幕を開けようとしていた。
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