EP 6
【煽り運転の邪神】デュアダロスのベンツ(風カート)と仁義なきクラクション
「おお! なんじゃ太郎はん、あのピカピカの鉄の箱は! ワシの愛車も、あの娘に磨かせんかい!」
夕暮れのタローモータース。
窓ガラスの清掃(罰ゲーム)をさせられているリーザと、一息ついていた太郎の前に、けたたましい魔導エンジンの爆音を響かせて『一台の車』が乱入してきた。
それは、ドワーフの技術長が太郎の設計図を元に特別に作り上げた、最高級の魔導自動車。
しかし、その外見は太郎の意図したものから大きく逸脱していた。
漆黒に塗られたボディ。無駄にピカピカと光る紫色の魔導ネオン。そして、地面と擦れるスレスレまで車高を下げた『シャコタン(車高短)』仕様。
フロントグリルには、どう見ても地球の高級車を意識したような、禍々しい三日月型のエンブレムが輝いている。
運転席でふんぞり返り、アルマーニのスーツを着崩しているのは、かつて世界を恐怖に陥れた邪神・デュアダロスであった。
「……デュアダロス。なんだいその趣味の悪い車は。しかも、車高を下げすぎてるせいで、教習所の入り口の段差で『ガガガッ!』って腹を擦ってたじゃないか」
太郎が呆れ顔で指摘する。
「フハハ! なにを言うか、この低さこそが漢のステータスじゃ! ルナミスパーラー(パチンコ屋)の駐車場でも、ワシのこの愛車が一番目立っとったわい!」
デュアダロスは葉巻を吹かしながら、ハンドルをバンバンと叩いた。
「それで? 洗車してほしいならタローソンで受付するけど」
「いや、その前にじゃ。ワシのこの卓越したドライビングテクニックを、教習所とやらで下界の愚民どもに見せつけてやろうと思うてな。コースを一周させろや」
言うが早いか、デュアダロスは太郎の許可も取らずにアクセルを吹かし、教習所のコース内へと強引に侵入していった。
「あっ、こら! 勝手に入るな! 今は一般の教習生が乗ってる時間だぞ!」
太郎が止める間もなく、黒塗りのシャコタンカートは、猛スピードで第一コースへと走り去ってしまった。
その頃、第一コースの『S字カーブ』付近。
「ひぃぃ、こ、怖いッス! 鉄の馬、ブルブル震えてるッス!」
教習車の運転席で、ガチガチに震えながらハンドルを握っていたのは、気弱なゴブリンの冒険者であった。
彼は時速10キロという、歩くのと同じくらいの速度で、S字カーブを慎重に、本当に慎重に進んでいた。
そこへ。
『ブォォォォォォォンッ!!』
背後から、デュアダロスの乗る黒塗りの魔導カートが、猛スピードで迫ってきたのである。
「チッ! なんじゃ前のノロマな黄色い車は! ワシの進路を塞ぐとはええ度胸じゃのゥ!」
デュアダロスはイライラと舌打ちをすると、ゴブリンの教習車の真後ろ、車間距離わずか数十センチのところまでピタリと張り付いた。
いわゆる『煽り運転』の開始である。
『パァァァァァンッ!! パァァァンッ!!!』
さらに、デュアダロスは魔力を込めた爆音のクラクションを狂ったように連打し始めた。
「オラァッ! どかんかいワレェ! トロトロ走っとったら後ろから踏み潰すぞ! さっさと道を譲らんかい!!」
「ひぃぃぃぃっ!? な、なんか後ろからすんごい怖い車が! 神話級の殺気を出して煽ってくるッスぅぅ!」
ゴブリンの教習生はパニックに陥り、ハンドル操作を誤ってS字カーブの縁石に乗り上げ、そのまま『ガコンッ!』とエンストしてしまった。
「アホが! 運転もろくにできん奴は公道から消え失せろ! ギャーッハッハッハ!!」
前方の教習車が停まったのを見て、デュアダロスは窓から顔を出し、極悪非道な高笑いを上げた。
邪神としての力など欠片も使っていない、ただの『柄の悪いチンピラドライバー』の姿がそこにあった。
「(……あの野郎、異世界で一番やっちゃいけない迷惑行為をしやがったな)」
コースの外でその光景を見ていた太郎の瞳から、一切の光が消え去った。
日本の現代社会において、社会問題にまで発展した『煽り運転』。
安全運転を第一とする教官(元ペーパードライバー)の太郎にとって、それはルチアナのスピード違反以上に、絶対に許すことのできない大罪であった。
「……リーザ、ちょっとそこに置いてある『100均のハリセン』を取ってくれ」
「は、はいですわ。……店長、なんだか背後からデュアダロス様以上のヤバいオーラが……」
太郎はリーザからハリセン(プラスチック製)を受け取ると、無言のまま、凄まじい脚力で地面を蹴った。
王宮武術指南役のリュウから叩き込まれた身体能力を全開にし、コース内を爆走する。
「おらおら! いつまで停まっとるんじゃ! 早くどかんか――」
デュアダロスが再びクラクションを鳴らそうとした、まさにその瞬間。
『ドスゥゥゥゥンッ!!!』
黒塗りのカートのボンネットの上に、空から降ってきた太郎が着地した。
その顔は、般若の如き『マジギレ教官』の表情である。
「なっ!? た、太郎はん!?」
驚くデュアダロスのフロントガラス越しに、太郎は闘気を限界まで込めたハリセンを振り上げた。
「危険運転、車間距離保持義務違反、および――執拗な煽り運転!!」
ガッッッッシャァァァァァァァァァァァン!!!
太郎の振り下ろした100均のハリセンが、ドワーフの鍛え上げた強化防弾ガラスを粉々に打ち砕き、そのままデュアダロスの脳天にクリーンヒットした。
「あべばぁぁぁぁぁっ!?」
邪神の顔面がひしゃげ、凄まじい衝撃波が車内を駆け抜ける。
あまりの威力に、黒塗りのカートのタイヤが四輪ともバーストし、シャコタンの車体は地面に完全にめり込んで沈黙した。
「い、痛ェェェ……! なにをするんじゃ太郎はん! ガラスが、ワシの愛車のガラスが粉々に!」
頭から煙を上げながら、デュアダロスが涙目で抗議する。
太郎は粉々になったフロントガラスの枠に足をかけ、胸ぐらを掴んでデュアダロスを引きずり出した。
「いいか、邪神だかヤクザだか知らないがな! 前の車を煽る行為はな、重大な事故を引き起こす極めて悪質で危険な犯罪なんだよ!! 今の日本(地球)の法律なら、一発で免許取り消し、最悪の場合は即・刑務所行きだ!! 運転する資格なし! 一生三輪車に乗ってろ馬鹿野ろう!!」
太郎の魂からの説教(道交法講義)に、デュアダロスは完全に怯えきり、「ひぃぃ! すんません、ワシが悪うございました! 刑務所だけは勘弁してつかぁさい!」と土下座の姿勢で平謝りした。
「……謝る相手が違うだろ。前の車の教習生に謝れ」
「へい! ゴブリンの兄ちゃん、脅かしてしもうてほんまにすんませんでした!」
「ひ、ひぃぃ……! 神に頭を下げられたッス……!」
こうして、教習所内での理不尽な煽り運転は、教官の暴力的なまでの『法の下の平等』によって完璧に鎮圧されたのであった。
数十分後。
「……なんでワシが、こんなピンクのジャージの娘と一緒に、自分の車をスポンジで洗わなアカンねん……」
「文句を言わないでくださいませ! 窓ガラスが割れてるせいで、車内までカーシャンプーの泡が入り込んでドロドロですのよ!」
教習所の隅で、正座しながら愛車を磨くデュアダロスと、それにキレるリーザの姿があった。
太郎はそれを見守りながら、ようやく落ち着いて缶コーヒーのプルタブを開けた。
『ズシンッ……。ズシンッ……。』
しかし、平和は長くは続かない。
コーヒーを一口飲んだ瞬間、タローモータースの地面が局地的な地震のように大きく揺れ始めたのだ。
「……ん? 今度はなんだ?」
太郎が振り向いた先。
教習所の入り口ゲート(ルチアナが破壊して修理中)を潜り抜けてきたのは、見上げるほどの巨体を誇る大男――最強の竜王・デュークであった。
「太郎よ! 聞けばこの『鉄の馬』とやら、我がラーメン屋の出前にも使えるというではないか! この我にも、操縦の仕方を教えい!!」
腕を組み、自信満々に笑う竜王。
しかし太郎は、デュークの『三メートルを超える巨体』と、教習車の『コンパクトな座席』を見比べて、激しい頭痛を覚えた。
「(……いや、絶対に乗れないだろ、そのサイズ……)」
煽り運転の邪神を成敗した教官に休む暇はない。
次なる強敵が、教習所のコースへと足を踏み入れていた。




