EP 4
【路上教習の悪夢】女神ルチアナのスピード狂と、クレカの死
「フハハハハ! 見なさい太郎! この私が『仮免』とやらを取得するのは、当然の帰結というわけね! さぁ、いざ下界の愚民どもが這いずる公道へ出陣よ!」
アルクス城下町に新設された『タローモータース』の出口ゲート。
助手席に座る太郎は、分厚いフルフェイスヘルメットを被り、右手に100均の『教官用・巨大ハリセン』を、左足は『補助ブレーキ』の真上にガッチリと固定した完全武装状態で、深い絶望の溜息を吐いていた。
「(……どうしてこうなった。コース内での教習は、ひたすら超低速で這うように走って奇跡的に減点されなかっただけなのに……嫌な予感しかしない)」
運転席で高笑いをしているのは、世界を創造した女神ルチアナである。
彼女の被っているヘルメットには『神』という文字がデカデカと書かれており、無駄に煌びやかなドレスの裾がペダルに引っかかりそうで非常に危なっかしい。
「いいか、ルチアナ。ここは教習所の中じゃない。一般の市民や馬車が行き交う公道だ。制限速度は時速30キロ。歩行者優先。これを少しでも破ったら、即座に教習を中止して――」
「ええい、御託はいいわ! 神の御成よ! 道を開けなさァァァイ!」
太郎の注意事項を完全に無視し、ルチアナがアクセルを乱暴に踏み込んだ。
『ブギャァァァンッ!!』
仮免許練習中のプレートをつけた教習車が、けたたましいスキール音を上げて公道へと飛び出した。
「うおっ!? 早速スピード出しすぎだ! 減速しろルチアナ!」
「うるさいわね! こんなノロノロ運転じゃ、私の神格が疑われるわ! もっと風を感じなさい!」
ルチアナの目は、完全にイッていた。
創造神としての全能感と、鉄の箱(車)を意のままに操る(と勘違いしている)高揚感が、彼女の脳内で危険な化学反応を起こしていたのだ。
「フャッハー! どきなさいどきなさい! 神の暴走よ!」
「バカヤロウ! 前方、オークの集団! ブレーキ!!」
太郎が悲鳴を上げながら、左足の補助ブレーキを思い切り踏み込む。
『キキィィィィッ!!』
タイヤが白煙を上げ、横断歩道を渡っていたオークの集団のわずか数センチ手前で、車は急停止した。
「おいコラァ! どこ見て運転してんだ!!」
「あわわ、すみません! 教習中なもので!」
怒鳴るオークたちに、太郎が助手席の窓から必死に頭を下げる。
しかし、運転席のルチアナは全く反省していなかった。
「チッ、下等生物どもが神の進路を塞ぐとは生意気な。……太郎、この車、魔力を直接注ぎ込めばもっとスピードが出る構造になっているわね?」
「は? お前、何言って……」
太郎が止める間もなく、ルチアナは両手でハンドルを強く握りしめ、自身の莫大な『神気』を魔導エンジンへと直接流し込んだ。
「いでよ、我が神力! 限界突破の『神の加速』ォォォッ!!」
『ギュゴォォォォォォォォォォンッ!!!』
教習車の魔導エンジンが、本来の設計を完全に無視した異常な出力を発揮した。
車体全体が黄金のオーラに包まれ、後部のマフラーからは青白いプラズマが噴き出す。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
太郎の身体が、強烈なG(重力加速度)によってシートに縫い付けられた。
時速30キロ制限の城下町を、ルチアナの教習車は時速100キロを超える猛スピードで爆走し始めたのだ。
「アハハハハ! 最高よ! これなら福岡ドームまで日帰りで行けるわ!!」
「補助ブレーキが! お前の神力でペダルが固定されて踏めない! 止まれぇぇ! 前に! 前に店があるぞ!!」
太郎の絶叫の先。
大通りのカーブの出口に、ド派手なのぼり旗を立てた巨大な特設テントが設営されていた。
『ニャングルマート・大収穫祭! 高級太陽芋・箱売り会場』である。
「うお!? な、なんやあの猛スピードの鉄の箱は!?」
テントの前で法被を着て客引きをしていた猫耳商人・ニャングルが、迫り来る黄金の教習車を見て目玉を飛び出させた。
「曲がりきれない! ルチアナ、ハンドルを切れェェェ!!」
「えっ!? あ、あああッ!?」
スピードを出しすぎた車は、当然カーブを曲がりきれるはずもなく。
ドッッッシャァァァァァァァン!!!
黄金のオーラを纏った教習車は、ニャングルマートの特設テントのど真ん中に、美しい軌道を描いて突っ込んだ。
宙を舞う無数の太陽芋。引き裂かれるテント。そして、ひっくり返るレジスター。
「ワイの、ワイの太陽芋があぁぁぁ!!」というニャングルの悲鳴が、アルクスの空に虚しく響き渡った。
……数分後。
山積みにされた太陽芋の残骸の中で、教習車のドアがボコンと開いた。
「けほっ……。いやぁ、100均の『衝撃吸収エアバッグ(ただの巨大クッション)』がなかったら死んでたよ……」
太郎がフラフラと這い出し、その後に続いて、頭に大量の芋を乗せたルチアナが「目が回るぅ……」と涙目で出てきた。
そこへ、ブチ切れたニャングルが電卓(魔導計算機)をバチバチと叩きながら迫ってきた。
「おんどれェェ! ワイの特設会場をめちゃくちゃにしよって! テントの修理代、商品の太陽芋(一万個)の損害、さらに営業妨害の慰謝料! 全部合わせて、金貨五百枚(約五千万円)や!!」
ニャングルが突きつけた天文学的な請求額に、太郎は頭を抱えた。
「(……教習所の保険、まだ下りないんだよな……)」
しかし、ルチアナはどこ吹く風だった。
彼女は芋を払い落とし、フッと傲慢な笑みを浮かべて懐から『エンジェルすまーとふぉん』を取り出した。
「フン。たかが金貨五百枚で騒ぐんじゃないわよ。神の口座は無限! このカードで全額一括払いにしてあげるわ!」
ルチアナがドヤ顔で、ニャングルの差し出した決済端末にカードをタッチした。
『ピピッ……。ピーーーーーーッ!!(エラー音)』
「……あら?」
ルチアナの顔が引き攣った。
『ERROR:ご利用限度額を大幅に超過しています。強制執行手続へ移行します』
無機質なシステム音声が鳴り響いた瞬間、周囲の空間が「メリメリッ」と嫌な音を立てて裂け始めた。
現れたのは、黒いサングラスと黒スーツに身を包んだ、筋骨隆々の『神界債権回収部隊(黒服レスラー)』たちであった。
「なっ!? こ、黒服! なんで! こないだリーザに月人君のタオルを渡して、借金はチャラになったはずじゃ……!」
黒服レスラーの一人が、無慈悲な声で告げた。
「ルチアナ様。先ほどの『神の加速』による魔力消費代金、および今回の器物損壊の賠償金により、貴女の口座は完全にパンクいたしました」
「ヒィィッ!?」
「これより、ルチアナ様には借金完済まで、神界特別労働施設『深宇宙マグロ漁船』にて強制労働に従事していただきます。……お連れしろ」
「いやぁぁぁ! マグロは嫌ぁぁぁ! 船酔いするって言ってるでしょ! 太郎! 助けてぇぇぇ!!」
屈強な黒服たちに両脇を抱えられ、ズルズルと空間の裂け目へ引きずり込まれていく女神。
太郎は、持っていたバインダーのルチアナの評価シートに、赤ペンでデカデカと『検定中止(一発退校)』と書き殴った。
「……自業自得だ。一生マグロ釣ってろ、馬鹿野ろう」
こうして、異世界初の路上教習は、女神の完全なる敗北と莫大な借金、そして大量の太陽芋の残骸を残して、大惨事のまま幕を閉じたのであった。
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