EP 3
【ゴールド免許への道】T-SWAT鮫島のハードボイルド安全運転
「……ったく。こんな黄色と黒のチンケな車に乗るのは、LAのハイウェイでパンクしたポンコツを転がした時以来だぜ」
タローモータースの第一コース出発地点。
教習車の運転席にどっかと腰を下ろしたT-SWAT隊長・鮫島勇護は、偏光サングラスの奥の目を細め、ニヒルに笑った。
漆黒のタクティカルベストに身を包んだ屈強な男が、屋根に『仮免許練習中』と書かれたダサい車に乗っている図は、それだけでシュール極まりない。
「鮫島くん、ここはLAじゃなくてアルクス城下町だよ。……さぁ、準備が良ければエンジンをかけて出発して」
助手席に座る太郎は、先ほどの魔王ラスティアの教習で完全に『無の境地(教官モード)』に至っており、100均のバインダーを片手に淡々と指示を出した。
「ああ、任せな。元ロス市警のパトカー乗り、その真髄を見せてやる」
鮫島は流れるような動作でシートベルトを締め、キーを回した。
ラスティアのようにエンストなどしない。クラッチとアクセルの絶妙な連携、所謂『プロの足捌き』で、教習車は一切のショックなく滑らかに発進した。
「(おお、さすが鮫島くん。これなら安心して見ていられそうだな)」
太郎がバインダーにチェックを入れようとした、次の瞬間だった。
「――ターゲット(次のカーブ)を確認。一気に間合いを詰めるぜ」
「えっ?」
鮫島の声のトーンが、突然『ハリウッドのアクション映画』のそれに変わった。
『ギュルルルルルッ!!』
教習車が突如として猛加速し、第一の難関である『S字カーブ』へと時速80キロで突っ込んだのだ。
「ちょっ、鮫島くん!? スピード違反! スピード違反!!」
「騒ぐな店長。……俺の『ドリフト』は、ミリ単位で正確だ」
鮫島は減速することなく、ステアリングを限界まで切り込みながら、サイドブレーキをコンマ一秒だけ引き上げた。
『キキィィィィィッ!!』
タイヤが激しいスキール音を上げ、教習車の車体が真横にスライドする。映画でしか見ないような完璧な慣性ドリフト。車体はS字カーブの縁石をミリ単位で舐めるように滑り抜け、ポールを一本も倒すことなく、芸術的な軌道でクリアしてしまった。
さらに、次の『クランク(直角の狭い道)』では。
「道が狭いな。……なら、こうだ」
鮫島が片側のタイヤをわざと縁石に乗り上げさせ、車体を斜め45度に傾ける『片輪走行』で、狭い直角コーナーを強引かつ華麗に駆け抜けた。
「どうだ、店長。追跡対象がどんなに逃げようと、俺のドラテクからは逃れられねぇ。これがプロの走りだ」
スタート地点にピタリと車を停め、鮫島がサングラスをクイッと押し上げる。
まさに、神業。異世界の騎士たちが見れば、スタンディングオベーションを送るであろう凄まじい技術であった。
しかし。
助手席の太郎は、無表情のままバインダーの用紙に、赤いペンで『斜線』を大きく引いた。
「……鮫島くん」
「ああ、完璧すぎて言葉も出ねぇか?」
「速度超過(30キロオーバー)、減点20。安全不確認、減点10。一時不停止、減点10。……それに加えて、ドリフトおよび片輪走行などの『危険・暴走行為』。――検定中止(一発アウト)だ」
太郎の冷酷な宣告が、車内に響き渡った。
「……は?」
鮫島が間抜けな声を漏らす。
「な、なんでだ!? 俺はポールを一本も倒してないし、縁石にもぶつけてない! 車体のコントロールは完璧だったはずだ!」
「技術の問題じゃないんだよ、鮫島くん。ここは『自動車教習所』だぞ。どんなにドラテクが凄かろうが、決められた『交通ルール』を遵守できないドライバーは公道に出しちゃいけないんだ」
太郎は赤ペンで鮫島の額をチョンと突き、ため息をついた。
「S字カーブは徐行。クランクは安全確認をしながらゆっくり曲がる。ドリフトなんてもってのほかだ。……君がやっていたのは、ただのスタントショーだよ」
「くっ……! 俺の、俺のアメリカ仕込みの走りが、全否定されただと……!」
鮫島はギリッと奥歯を噛み締めた。
しかし、彼はプロフェッショナルである。己の技術を否定されたからといって、逆ギレして暴れるような男ではない。むしろ、その『職人魂』に火がついてしまった。
「……なるほど。そういうことか。お前の言う『ルール』とやら、完全に理解したぜ」
鮫島がサングラスの奥の目をギラリと光らせた。
「俺はどんな過酷なミッション(規則)でも完遂する男だ。……店長。いや、教官。最初からやり直させてくれ。俺は、減点ゼロの『ゴールド免許』を勝ち取って見せる」
「その意気や良し。よし、じゃあ車を降りて、乗車前の『安全確認』からやり直しだ」
「了解した」
鮫島は素早く車を降りると、車の周囲をぐるりと回り始めた。
ただ回るだけではない。漆黒のタクティカルベストを着た男が、極めて真剣な顔で、車の前後にしゃがみ込んだのである。
「……車体下部、クリア! 爆発物および『昼寝している猫』、異常なし!」
ビシッ! と指差し呼称をする鮫島。ハードボイルドな声と「猫」という単語のギャップが凄まじい。
「よし、乗車して」
「運転席搭乗! ドアロック、ヨシ! ルームミラー角度調整、ヨシ! シートベルト装填……ヨシ!!」
特殊部隊の突入のような気迫で、完璧な乗車手順をこなす鮫島。
太郎は笑いを堪えるのに必死になりながら、「じゃ、じゃあ発進して」と指示を出した。
『ブォン……』
教習車は、時速20キロという、鮫島にとっては這うような速度でコースを走り始めた。
「前方、止まれの標識確認。ポンピングブレーキで緩やかに減速……」
『踏切コース』の停止線の前で、車が静かに停車する。
「停止線で完全に停止。サイドブレーキ、ヨシ。窓を開けて音を確認……カンカンカン、列車の音(幻聴)、ヨシ。……右ヨシ、左ヨシ、右ヨシ!! 発進!!」
鮫島は、首がもげるのではないかというほどの勢いで左右の安全確認を徹底した。
一切の無駄を省いた、完璧なまでの『超・安全運転』。
映画の主人公のような派手さは微塵もないが、そこには日本の交通ルールに対する異常なまでの執念が宿っていた。
「左折時、三十メートル手前でウインカー作動。巻き込み確認、ヨシ! S字カーブ、徐行で進入……ッ! くっ……この遅さ、血が疼くが……耐えろ俺……!」
ハンドルを握る鮫島の手には、青筋が浮かんでいた。本能と理性(交通ルール)が激しくせめぎ合っているのだ。
「(鮫島くん、真面目すぎて逆に面白いことになってるな……)」
太郎は完璧な運転に見惚れながら、減点欄に全くチェックを入れることなく、コースを一周し終えた。
「――到着。エンジン停止、ギアはバック。サイドブレーキ、ヨシ」
カチャリ、とキーを抜き、鮫島は深く、深く息を吐き出した。
その顔は、凶悪なテロリストの拠点を制圧した直後のように、大量の汗で濡れていた。
「……はぁ、はぁ……。どうだ、教官。俺のミッションは……」
「完璧だ。減点ゼロ。見事な安全運転だったよ、鮫島くん」
太郎が合格のハンコをバインダーに押すと、鮫島は「フッ……」と満足げに笑い、座席に深く背中を預けた。
「……疲れたぜ。ドラゴンと殴り合うより、日本の教習所のルールを守る方が、よっぽど神経をすり減らすな」
「あはは。でも、これで公道に出ても安心だ。君には一番にゴールド免許を発行してあげるよ」
鮫島が誇らしげにサングラスを拭いていた、その時だった。
「ちょっとぉ! いつまでチンタラ走ってるのよ! 次は私の番よ! 私の番!!」
教習所の入り口から、耳をつんざくような大声が響き渡った。
見れば、派手なドレスを身に纏い、完全にイキり散らしている金髪の女神――ルチアナが、腕をぐるぐると回してアピールしていた。
「さぁ太郎! 私にその鉄の馬をよこしなさい! 創造神であるこの私の『神の加速』を、下界の愚民どもに見せつけてやるわ!!」
太郎の顔から、一瞬で笑顔が消え去った。
鮫島も、哀れむような目で太郎を見た。
「……教官。次の相手は、俺より遥かに『ヤバい弾』みたいだぜ」
「……胃薬、100均で出しておこうかな」
極限まで安全運転を極めた男と入れ替わりで、極限まで頭の悪い『爆走女神』が、ついに運転席へと乗り込もうとしていた。
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