第十七章 タローモータース仮免
王様は元ペーパードライバーと、魔導カートの衝撃
「タローソンも軌道に乗ったし、この国の生活水準は劇的に向上した。……だが、まだ足りないものがある。そう、『機動力』だ」
アルクス城の執務室。
国王である佐藤太郎は、ホワイトボードの前に立ち、真剣な面持ちで三人の妻たち(ライザ、フレア、サリー)と、宰相のリバロンに向けて熱弁を振るっていた。
「機動力……ですか? 太郎様、それなら私が竜殺しの脚力で、隣町まで五分で走って見せますが」
「いやライザ、それは君が異常なだけだから。一般の市民や商人が、重い荷物を運んだり、遠くの街へ安全に移動したりするための『足』が必要なんだよ」
太郎はホワイトボードに、四つの車輪がついた鉄の箱――地球で言うところの『自動車』の絵を描いた。
「馬車よりも速く、そして疲れない魔法の乗り物。ドワーフの技術長と共同開発して、ついに試作機が完成したんだ。名付けて『魔導自動車』!」
「おおっ! さすがは旦那様! 常にこの世界の常識を覆してくださいますわ!」
フレアがパチパチと拍手をするが、太郎の表情はどこか暗かった。
「……ただね、問題があるんだ。これ、適当に市民に配ったら、絶対に大惨事になる」
太郎はかつて、地球の日本で暮らしていた頃の記憶を思い返した。
彼は運転免許証を持っていた。燦然と輝く『ゴールド免許』である。
しかし、それは彼が優秀なドライバーだったからではない。免許を取ってから一度もハンドルを握っていない、完全無欠の『ペーパードライバー』だったからだ。
「(日本の厳格な交通ルールの中で生きてきた僕ですら、運転は怖かった。ましてや、筋肉と魔法で全てを解決しようとするこの異世界の住人たちに、鉄の塊を与えたらどうなるか……!)」
一時停止無視、煽り運転、魔力任せのスピード違反。血の気が多い冒険者たちが車に乗れば、アルクスの街はリアルな世紀末ヒャッハー状態(世紀末のモヒカンたちがバギーで暴れ回る世界)になりかねない。
「だから僕は、車を普及させる前に、絶対的な『交通ルール』を教え込む施設を作ることにした! 今日から僕は王様であり、コンビニ店長であり……『教官』だ!!」
***
数日後。
アルクス城下町の外れに確保された広大な敷地に、異世界初の自動車教習所『タローモータース』が堂々オープンした。
「な、なんですかこの無駄にクネクネと曲がりくねった道は……? あちこちに立てられた奇妙な看板や、色の塗られた棒もありますわ」
教習所のコースを見渡し、サリーが不思議そうに首を傾げた。
そこには、日本の教習所を完全再現した『S字カーブ』『クランク』『坂道発進用の丘』、そして『踏切(電車は通らないが鐘だけ鳴る)』が設置されていた。
「これが教習コースだよ。そして、皆に乗ってもらうのがこれだ」
太郎が誇らしげに指差した先。
そこには、黄色と黒の警戒色がペイントされ、屋根の上に『仮免許練習中』というダサい看板が乗せられた、四輪の魔導自動車(教習車仕様)が停まっていた。
「おお! 鉄の馬だな! 洗練されたフォルムだ!」
ライザが目を輝かせて車体に触れる。
外見はドワーフの鍛冶技術の結晶だが、車内には太郎のユニークスキル『100円ショップ』の力が遺憾なく発揮されていた。
ダッシュボードには100均の『スマホホルダー』と『滑り止めマット』。ルームミラーには『芳香剤(人工的なレモンの香り)』がぶら下がり、シートには『メッシュの涼しい背当て』が装着されているという、異様なまでの生活感が漂っていた。
「さぁ、記念すべき教習生第一号は、ライザだ。運転席に乗って。僕は助手席(教官席)に乗るから」
「承知した、教官殿!」
ライザが意気揚々と運転席に乗り込み、ハンドルを握る。助手席には太郎が座り、バインダーと100均の『教官用・赤ペン』を構えた。
後部座席には、見学としてフレアとサリーがワクワクしながら乗り込んでいる。
「いいかい、ライザ。右の足元にあるのが『アクセル(加速)』、左にあるのが『ブレーキ(停止)』だ。これを踏み分けることで車を操作する」
「ふむ。右が『攻撃(前進)』で、左が『防御(停止)』だな。分かりやすい!」
「いや、戦いに例えるのはやめて。……それじゃあ、シートベルト(100均の荷締めベルトを改造したもの)を締めて。魔力キーをオンにして、ゆっくりと右のアクセルを踏んでみて」
ライザが真剣な顔で頷き、右足に力を込めた。
『キュィィィィン……ッ!』
魔導エンジンが唸りを上げ、教習車がスルスルと滑るように前進を始めた。
「おおっ! 動いた! 私の魔力を動力にして、鉄の箱が走っているぞ!」
「すごいわライザ! 馬よりも揺れないし、快適ですわ!」
初めてのドライブ体験に、車内は歓声に包まれた。
太郎も「うんうん、最初は順調だ」とホッと胸を撫で下ろした。ライザは剣の達人だけあって、運動神経と空間把握能力はズバ抜けている。
「よし、じゃあそのまま直進して、最初の『S字カーブ』に入ってみようか」
「任せておけ! 敵の包囲網を縫うように走ればいいのだな!」
ライザの右足に、さらに力が入った。
『ブォォォォォンッ!!』
「えっ、ちょっ、ライザ!? スピード出しすぎ!」
教習車が凄まじい加速を見せ、時速60キロ近い猛スピードで狭いS字カーブへと突入しようとする。
「教官! 前方に急な湾曲を確認! だが私の動体視力なら、この速度でも切り抜けられる!」
「そういう問題じゃない! ここは教習所内だぞ! ブレーキ! 左のペダルを踏んで減速しろ!」
太郎が助手席で悲鳴を上げる。
「左だな、了解した!」とライザが足元に視線を落とした、その瞬間だった。
『敵の包囲網を突破するには、減速などという弱腰な防御(左)を選択してはならない。真の剣士たる者、最大の攻撃(右)をもって障害を粉砕するのみ!!』
ライザの戦闘狂としての本能が、教習官の指示を完全に上書きしてしまったのだ。
「秘剣・ペダルスマッシュ!!」
「いや名前つけるなァァァ!!」
ライザはあろうことか、ブレーキではなく、右のアクセルペダルを床が抜けるほどのフルパワーで踏み抜いてしまったのだ。
いわゆる、現代社会における最も恐ろしい事故原因――『アクセルとブレーキの踏み間違い』である。
『ギュオォォォォォォォンッ!!!』
教導車は減速するどころか、魔導エンジンの限界出力を引き出し、ロケットのような爆発的な加速を見せた。
S字カーブの入り口を完全に無視し、コースを仕切る芝生エリアを爆走。立てられていた標識を次々とへし折り、そのまま教習所の外周を囲む『真新しいレンガ造りの防護壁』へと真っ直ぐに突進していく。
「あわわわ! ぶつかりますわー!」
「ライザ、止まれぇぇぇ!!」
「フハハハハ! 障害物など、我が気迫で押し通る!!」
ドッッッガァァァァァァァァン!!!
轟音と共に、教習所の防護壁が見事に粉砕された。
宙を舞うレンガの破片。もうもうと立ち込める土煙。
異世界初の自動車教習所『タローモータース』は、オープンからわずか五分で、教習車ごと壁を大爆破するという最悪のスタートを切ったのである。
……数分後。
土煙が晴れた先には、ボンネットからプシューと煙を上げる教習車があった。
「け、けほっ……。いやぁ、頑丈な壁だったな。しかし車の装甲(ドワーフ製)も大したものだ、かすり傷一つないぞ!」
運転席でケロッとした顔をして笑うライザ。
後部座席のフレアとサリーも、チート級の防御力と回復魔法のおかげで無傷であり、「アトラクションみたいで楽しかったですわ!」と呑気に拍手をしている。
だが、助手席の太郎だけは違った。
彼は真っ白に燃え尽きた灰のような顔でプルプルと震え、ゆっくりとライザの方へ顔を向けた。
「……ライザ」
「ん? どうした教官? 次のコースはどこだ?」
「どこだ、じゃない! なんでブレーキじゃなくてアクセルを全力で踏んだ!? ペダルの踏み間違いは、一発で免許取り消しレベルの特大事故なんだぞ!!」
スパーーーーーンッ!!!
太郎が亜空間から取り出した『100均の教官用・巨大ハリセン』が、ライザの脳天に完璧なツッコミとして炸裂した。
「あべしっ!?」
最強の剣士が、ただのプラスチックと紙でできたハリセンの一撃で、綺麗な音を立てて気絶した。
「はぁ……はぁ……。いいかお前ら、車ってのはな、一歩間違えれば凶器になるんだ。……僕がこの国に『完璧な交通ルール』を叩き込むまで、誰一人として公道には出さんからな!!」
教習車のボンネットに立ち上がり、夕日に向かって絶叫する元ペーパードライバーの王様。
かくして、太郎国の新たな波乱の日常『タローモータース仮免編』が、壁の修理代という莫大な負債と共に、けたたましいエンジン音を上げて幕を開けたのであった。
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