EP 6
【天界デリバリー】ルチアナの爆買いと、限度額の恐怖
「タローイーツからご注文です! 届け先……『天界・ルチアナのコタツ部屋』!? プレミアムスイーツ全種類を各百個ずつぅ!?」
太郎の読み上げたデリバリー端末の画面を見て、タローソン店内は一時騒然となった。
金額にして金貨数百枚に相当する、前代未聞の特大注文である。
「や、やりましたわ店長! これほどの特大売上、私の時給が廃棄弁当から『新鮮な幕の内弁当』に昇格することは間違いありませんわ! さぁ、早く品物を!!」
リーザが目の色を『$』マークに変え、ヨダレを垂らしながらレジ袋を広げた。
「いや、喜んでる場合じゃないよ。スイーツ全種類各百個って、倉庫の在庫が全部吹っ飛ぶ量だぞ。……それに、天界への配達なんてどうやるんだ?」
太郎が呆れながらも、100均スキルで亜空間から『プレミアム・ロールケーキ』や『濃厚窯出しプリン』を次々と引っ張り出し、巨大な保冷バッグに詰め込んでいく。
「ふふん、お任せくださいな。私、以前スパチャの集金で神界のシステムをハッキング……いえ、独自ルートを開拓しておりますの」
リーザは太郎の腰にあるエンジェルすまーとふぉんを奪い取ると、画面をタップして『配達用ワープゲート』をレジの前に強引に開通させた。
「では店長! 私は集金(Love & Money)に行って参りますわ! お弁当温めて待っていてくださいね!」
リーザは自身の背丈の三倍はある巨大な保冷バッグを背負い、意気揚々と光のゲートの中へと飛び込んでいった。
***
シュンッ!
空間が歪み、リーザが降り立ったのは、雲海の上に浮かぶ荘厳な神殿――の、奥深くにある四畳半の和室だった。
「キャァァァ! 月人くぅぅん! こっち向いてぇぇ!」
「尊い……! このアングル、顔面国宝すぎるわ……!」
部屋の中央には巨大なコタツが鎮座しており、その上で薄型の大画面テレビが『朝倉月人・福岡ドームライブ(完全収録版DVD)』を再生している。
そしてコタツに入り、首のヨレた芋ジャージ姿で狂ったようにペンライトを振っている二人の女。
この世界を創造した女神ルチアナと、アバロン魔皇国を統べる美しき魔王ラスティアであった。
「(……これが、世界を統べる神と魔王の姿。私より底辺の匂いがしますわね)」
リーザはジト目で二人を見下ろしながら、ゴホンとわざとらしく咳払いをした。
「タローイーツ・デリバリーですわ! ご注文のプレミアムスイーツ全種類、お持ちしました!」
「あ、来た来た! ちょうど糖分が切れてたのよ! ライブ鑑賞には甘いものが必須だからね!」
ルチアナがコタツから這い出し、ヨダレを拭いながらリーザの保冷バッグに群がった。
ラスティアも「私はこのエクレアからいただくわ」と、優雅さの欠片もない手つきでスイーツのパッケージを引きちぎる。
「はいはい、お召し上がりになる前に、まずはお会計ですわ。金貨三百枚、もしくはエンジェルすまーとふぉんによるカード決済でお願いします」
リーザがスッと、魔導決済端末を突き出した。
「カードで! 支払いは翌月一括でお願いね!」
ルチアナがドヤ顔で自身のすまーとふぉんを端末にタッチした。
『ピピッ……。ピーーーーーーッ!!(エラー音)』
「あら?」
ルチアナが首を傾げる。画面には、赤く点滅する無機質な文字が表示されていた。
『ERROR:ご利用限度額を超過しています』
「……えっ?」
「えっ、じゃありませんわ。カードの限度額オーバーです。お支払いができませんの」
リーザの目が、一切の光を失った深海魚のように冷たく濁った。
「ま、待って! 何かの間違いよ! 私は世界の創造神よ!? 私の口座は無限の富で満たされているはず――」
「先月、月人君のディナーショーのチケットと遠征費で、限度額ギリギリまで使い込んだの忘れたの、あんた」
ラスティアがプリンを頬張りながら、極めて冷静なツッコミを入れた。
「あわわわ……! ど、どうしよう! 決済が落ちないなんて……!」
ルチアナがパニックに陥った、まさにその時である。
部屋の隅の空間が「メリメリッ」と嫌な音を立てて裂け、そこから黒いサングラスと黒スーツに身を包んだ、筋骨隆々の『神界債権回収部隊(通称:黒服レスラー)』が三人がかりでヌルリと現れた。
「ルチアナ様。……ご利用限度額超過、および度重なるリボ払いの滞納を確認いたしました」
「ヒィィッ! こ、黒服ゥ!」
黒服レスラーの一人が、事務的な、しかし絶対に逃がさないという冷徹な声で告げる。
「これよりルチアナ様には、神界の特別労働施設『深宇宙マグロ漁船』にて、借金を完済するまで強制労働に従事していただきます。……お連れしろ」
「いやぁぁぁ! マグローザだけは嫌ぁぁ! 私、船酔いするのよぉぉ! ラスティア助けて!」
屈強な黒服たちに両脇を抱えられ、ズルズルと空間の裂け目へ引きずり込まれていく女神。
「どんまい。一年後くらいには帰ってこれるわよ」と冷たく見送る魔王。
「……ちょっと、待ちなさい」
その悲劇的(自業自得)な光景に、待ったをかけたのはリーザだった。
彼女は黒服レスラーの前に立ち塞がり、両腕を広げた。
「おや。下界の娘よ、公務の邪魔をする気か?」
「女神がマグロ漁船に乗ろうが、ブラックホールに沈もうが、私の知ったことではありませんわ。ですが……『タローソンのスイーツの代金(私の幕の内弁当)』を払わずに連行するなど、この私が絶対に許しませんのよ!!」
リーザの背後から、デュアダロスをも凌駕する『金への異常な執着(怨念)』がどす黒いオーラとなって立ち昇った。
そのあまりの迫力に、冷徹な黒服レスラーたちすらも「ヒッ……」と一歩後ずさりする。
「ルチアナ様! マグロを釣る前に、今すぐここで代金を捻出しなさい! さもなくば、その手にあるエクレアを、胃袋から直接回収しますわよ!!」
リーザがルチアナの胸ぐらを掴み、ガクガクと激しく揺さぶる。
「わ、わかった! 払う! 払うから胃袋に手を突っ込むのはやめてぇぇ!」
ルチアナは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、コタツの奥から大切に保管していた『木箱』を取り出した。
「こ、これで勘弁して……! 『朝倉月人・デビュー一周年記念サイン入りプレミアムタオル(未開封)』……! 今の相場なら、金貨五百枚は下らない神界の国宝よ……!」
「月人君のタオル!? あんた、それ私にも触らせなかった秘蔵のコレクションじゃない!」
ラスティアが驚愕の声を上げる。
リーザはそのタオルを引ったくるように受け取ると、鋭い鑑定眼(オタクの足元を見るスキル)で瞬時に価値を弾き出した。
「……ふん。オタク市場での需要は高いですわね。質草として、特別に今回の代金と相殺してさしあげますわ! まいどあり!!」
リーザはタオルを懐にねじ込むと、目的は果たしたとばかりに颯爽と踵を返し、下界へのワープゲートへと飛び込んだ。
背後からは、黒服に引きずられていくルチアナの「月人くぅぅぅん! 私のタオルーーーッ!」という絶叫が、虚しく和室に響き渡っていた。
***
「ふぅ……。今日も一つ、売上(Love & Money)を守り抜きましたわ」
タローソンの店内に戻ってきたリーザは、冷や汗を拭いながら満足げに息を吐いた。神界のブラックな台所事情など、アルバイトの彼女には関係のない話だ。
「お疲れ様、リーザ。ちゃんと代金回収できたみたいだね」
太郎がモップ掛けをしながら労いの言葉をかける。
「ええ、完璧ですわ! さぁ店長、私の幕の内弁当――」
リーザが歓喜の声を上げようとした、その時だった。
入り口の自動ドアが開き、タローソンの店内を巨大な影が覆い尽くした。
「……太郎よ。貴様の店で出している『かっぷ麺』とやら! 我の豚骨ラーメンへの宣戦布告と受け取って良いのだな!」
そこに立っていたのは、腕を組み、眼光鋭く陳列棚のカップ麺を睨みつける大男。
屋台の仕込みをサボって乗り込んできた、最強の竜王・デュークであった。
「(……また、面倒な客(常連)が来ましたわね……)」
リーザの深い溜息が、深夜のコンビニに溶けていった。
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