EP 5
【仁義なき流通戦】強敵現る! ニャングルマートの脅威
「まいど! 太郎の兄ちゃん、今日からタローソンの向かいで、ド派手に商売させてもらうで!」
タローソンの自動ドア(修理済み)が開き、コテコテの関西弁と共に一人の獣人が現れた。
立派な三毛猫の耳と尻尾を持ち、派手な法被を着た小柄な商人。太郎国に古くから入り込んでいる巨大商業ギルド『ゴルド商会』の若き幹部、ニャングルである。
ニャングルが扇子で指し示した窓の外。
昨日までただの空き地だったタローソンの真向かいには、一晩で(ドワーフの建築部隊を金で雇って)建てられた巨大な商業施設がそびえ立っていた。
その名も『ニャングルマート・アルクス本店』。
「太陽芋の詰め放題、銅貨一枚! 魔獣のブロック肉、全品半額! さらに今なら、お買い物百円につき一ポイントが貯まる『ニャンニャンカード』を無料発行中やでぇ!」
拡声器(魔導具)から流れる大音量の宣伝文句に釣られ、アルクスの主婦や冒険者たちが、蟻の群れのようにニャングルマートへと吸い込まれていく。
それとは対照的に、タローソンの店内は閑古鳥が鳴いていた。
「お、終わりましたわ……」
レジカウンターの内側で、アルバイトのリーザが絶望のあまり膝から崩れ落ちた。
「あの巨大店舗の圧倒的な品揃えと価格破壊……! うちのようなちっぽけな店では太刀打ちできませんわ! 現に、今日の午前中の売上は昨日の十分の一! このままでは、私の今日のまかない(廃棄弁当)が、パンの耳から『パンの袋の匂いを嗅ぐ権利』に格下げされてしまいますのよォォ!」
「リーザ、君の心配のベクトルは相変わらずブレないな……」
涙目で太郎のストライプエプロンにすがりつくリーザを他所に、ニャングルは鼻高々に笑った。
「すまんな、兄ちゃん。商売の世界は弱肉強食や。兄ちゃんの『こんびに』ってアイデアは面白かったけど、結局はお客さんにとって『安くて何でも揃う』巨大スーパーこそが至高なんや。悪いけど、この街の客は全部ワイがもろていくで!」
「……ふふっ」
「ん? なに笑とんねん」
勝利を確信するニャングルに対し、太郎は全く動じることなく、静かな笑みを浮かべていた。
「ニャングル。君は商人として優秀だ。だけど、『コンビニエンスストア』という業態の本当の強さ(恐ろしさ)を、まだ分かっていないみたいだね」
「なんやと?」
太郎はレジカウンターの奥へ入り、虚空に手をかざしてユニークスキル『100円ショップ』を発動させた。
亜空間から取り出されたのは、二つの見慣れない魔導機械だった。
一つは、ガラス張りで中が何段にも分かれている、四角い保温ケース。
もう一つは、上部に黒い豆を入れるロートが付き、お湯を沸かす機能が備わったドリップマシン。
「リーザ、泣いてる暇はないぞ。反撃の準備だ。……スーパーとコンビニは、そもそも『戦う土俵』が違うんだよ」
太郎は手際よく、保温ケースの中にふっくらとした白いドーム型の物体を並べ、スイッチを入れた。
続いて、ドリップマシンに極上の香りを放つポポロ村のコーヒー豆をセットし、抽出のボタンを押す。
「スーパーが売っているのは『後で食べるための安い食材』だ。でも、僕たちコンビニが売るのは……『今すぐ欲しいという欲求』そのものさ」
数十分後。
ニャングルマートで両手いっぱいに安い肉や野菜(生の食材)を買い込んだオークの冒険者が、重い足取りで店から出てきた。
「ふぅ……安かったのはいいが、買い出しで疲れちまった。今から家に帰って飯を作る気力はねぇな。腹減った……」
オークが空腹でお腹を鳴らした、その時である。
『フワァァァァ……』
向かいのタローソンから、信じられないほど暴力的な『匂い』が風に乗って漂ってきたのだ。
深く焙煎された、脳を直接覚醒させるようなコーヒーの芳醇な香り。
そして、醤油と豚肉の脂、玉ねぎの甘みが複雑に絡み合った、熱々の『肉まん』の湯気の匂い。
「な、なんだこのたまらなく美味そうな匂いは……!?」
オークはまるで魔法にかけられたように、フラフラとタローソンへと吸い込まれていった。
「いらっしゃいませー! 淹れたての100円コーヒーと、熱々の肉まんはいかがですかー!」
太郎が満面の笑みで出迎える。
レジ横の保温ケースの中では、ふっくらと蒸し上がった肉まんが、魅惑的な湯気を立てて鎮座していた。
「て、店長! この白いフワフワしたやつと、その黒い汁をくれ! すぐにだ!」
「はい、肉まんとホットコーヒーのセットですね。銅貨二枚になります!」
オークは金貨を支払うのももどかしく、受け取った肉まんをその場で(行儀悪く)大口を開けて頬張った。
「ッ……!! う、美味ェェェェェッ!!」
オークの目がカッと見開かれた。
ほんのりと甘いフワフワの生地を噛み破ると、中から熱々の肉汁がジュワァッと口いっぱいに溢れ出す。濃いめの味付けの餡が、空腹の胃袋にダイレクトに突き刺さる。
そして、すかさず淹れたてのブラックコーヒーを流し込む。肉の脂とコーヒーの苦味・酸味が口の中で完璧なマリアージュを引き起こし、無限の食欲を掻き立てた。
「スーパーのレジには長蛇の列ができていたが、こっちは待たずにすぐ極上の飯が食えるじゃねぇか! 店長、おかわりだ! ピザまんってやつもくれ!」
「まいどありー!」
オークの歓喜の叫びと、タローソンから漏れ出す無敵の匂いに釣られ、ニャングルマートから出てきた客たちが「お、俺も!」「私もすぐ食べられるやつが欲しいわ!」と、次々にタローソンへと雪崩れ込んできた。
「な、なんやてぇぇぇ!?」
ニャングルは自分の店の前で、その信じられない光景に目玉を飛び出させていた。
スーパーで大量の食材を買い込んだ客たちが、なぜかその足で向かいのタローソンに入り、レジ横の軽食とコーヒーを飛ぶように買っていくのだ。
「……これが、コンビニの戦い方だよ、ニャングル」
店の外に出てきた太郎が、コーヒーの入った紙コップをニャングルに差し出した。
「スーパーの武器が『価格と品揃え』なら、コンビニの武器は『時間と手軽さ』だ。疲れた客は、家に帰って調理するまでの時間が待てない。だから、レジ横の匂いと温かさに釣られて、つい『今すぐ食べられるもの(衝動買い)』に手を出してしまう。……君の店が集客してくれたおかげで、うちのレジ横商品の売上は昨日の三倍だよ」
「……完敗、や」
ニャングルは差し出されたコーヒーを受け取り、一口すすった。
その深い味わいに、思わず耳と尻尾がだらんと垂れ下がる。商人として、太郎の『消費者心理を突き詰めた戦略』の恐ろしさを痛感したのだ。
「ワイの負けや、兄ちゃん。これからは、うちで買った食材を持ち込んで、そっちの『イートイン』でコーヒー飲みながら休憩させてもらうわ……」
「あはは、歓迎するよ。良きライバルとして、アルクスの商業を一緒に盛り上げていこう」
こうして、ニャングルマートという強大な脅威は、太郎の「レジ横の悪魔(肉まん&コーヒー)」というコンビニ最強の戦術によって、見事な共存関係(相乗効果)へと落ち着いた。
「やりましたわ店長! これで明日の廃棄は、特上焼肉弁当のあまりが確定ですわ!」
リーザがレジの売上金(Love & Money)を数えながら、歓喜の舞を踊っている。
太郎が平和な店内の空気にホッと息をつき、モップ掛けに戻ろうとした、まさにその時だった。
『ピロロロロロ……ッ! タローイーツ、新規のご注文です!』
太郎の腰に付けられたエンジェルすまーとふぉん(神界との直通デリバリー端末)が、けたたましいアラート音を鳴らした。
「ん? デリバリーの注文? こんな時間に珍しいな。……えーっと、届け先は……」
太郎が画面をタップし、注文内容を確認した瞬間、その顔面からスッと血の気が引いた。
「……届け先、『天界・ルチアナのコタツ部屋』。……注文内容、『タローソンのプレミアムスイーツ、全種類を各百個ずつ』……!?」
「な、なんですってぇ!?」
売上の計算をしていたリーザも、その異常な注文数に目を剥いた。
金額にして、金貨数百枚に上る超・爆買いである。
「(……あのポンコツ女神、また何かやらかしたな?)」
タローソンの平和な日常は一瞬にして吹き飛び、次なる厄介事(神界からの無茶振り)が、強制的に配達されようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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