EP 3
ポポロ村の少女と、甘いイチゴ飴
小鳥のさえずりと、温かな朝日で目が覚めた。
硬い地面の感触はない。背中には柔らかい布の感覚がある。
「うっ……」
重いまぶたを持ち上げると、そこは見知らぬ木造の天井だった。
昨日、トラックに押し潰されたアパートの天井ではない。森の木々でもない。
「あ、気が付かれましたか?」
枕元から、鈴を転がしたような可愛らしい声が聞こえた。
太郎が驚いて視線を向けると、そこには一人の少女が座っていた。
栗色の髪を二つに結び、素朴だが清潔感のある服を着ている。大きな瞳が心配そうに太郎を覗き込んでいた。
「え? ここは? ……君は誰?」
「私はサリー。ここはポポロ村で、私の家です。村の前で貴方が倒れていて、お父さんに運んでもらったんです」
少女――サリーは、安心させるように微笑んだ。
「そうか……助けてくれて、ありがとう。僕は佐藤太郎」
太郎は身体を起こしながら、まじまじと彼女を見た。
(可愛い……。歳は16歳くらいかな? アイドルみたいだけど、もっと自然で素直な感じだ)
「太郎さん、ですか。……太郎さんは不思議な格好をしているんですね。どこから来たんですか?」
サリーは太郎のパーカーとジーンズを珍しそうに見つめている。
この世界――アナステシアの住人から見れば、ジーンズの生地も、パーカーのファスナーも未知のオーパーツだろう。
太郎は少し迷ったが、嘘をつくのも気が引けて、正直に話すことにした。
「えっと……信じてもらえないかもしれないけど、僕は『日本』っていう別の世界にある国から来て、女神によってこの世界に来たんだ。スキルを貰ってね」
「まあ! 別の世界……女神様……」
サリーは目を丸くしたが、疑う様子はなく、むしろ感心したように手を合わせた。
「珍しいですねぇ。スキルだなんて、どんなスキルなんですか?」
「えっと、そうだな……」
言葉で説明するより見せた方が早いだろう。
太郎は空中にウィンドウを呼び出した。サリーにはウィンドウ自体は見えていないようだが、太郎が空中の何かを操作しているのは分かったようだ。
『食品』カテゴリから、『駄菓子・飴』を選択する。
【 昔ながらのイチゴ飴(袋入り):100P 】
[購入しますか? YES]
太郎の手のひらに、ピンク色の個包装された飴の袋が現れた。
袋を開け、一粒取り出してサリーに差し出す。
「はい。これ、イチゴ飴っていうんだ。美味しいよ」
「これは……宝石みたい」
サリーは恐る恐る、そのピンク色の玉を受け取ると、口に運んだ。
コロコロと口の中で転がす。次の瞬間、彼女の表情が花が咲いたように輝いた。
「んんっ! 美味しいぃ……! 甘いぃ……!」
砂糖が貴重なこの世界において、現代の精製された砂糖と香料を使った飴の味は、衝撃的な甘美さだったのだろう。サリーは頬を紅潮させて喜んでいる。
「良かった。口に合ったみたいで」
太郎もつられて笑顔になった。
と、その時。サリーが太郎の腕を見て「あ」と声を上げた。
「太郎さん、擦り傷がありますね。森で怪我をしたんですか?」
昨夜、夢中で逃げ回った時に枝で切った無数の傷跡が、腕や顔に残っていた。
「じっとしていてくださいね」
サリーは太郎の腕にそっと手をかざした。
「――癒やしの光よ、傷を塞ぎたまえ。『ヒール』」
彼女の手のひらが淡い緑色の光に包まれる。
じんわりとした温かさが太郎の腕に染み渡り、みるみるうちに切り傷が塞がっていった。痛みも消えていく。
「す、凄い……! これって魔法?」
「えへへ、簡単な傷くらいなら治せちゃいます。私、これでも教会で少し勉強したんですよ」
サリーは少し照れくさそうにはにかんだ。
「ありがとう、サリーさん。助かったよ」
「……『さん』は止めて下さい、太郎さん」
サリーは少し唇を尖らせて、上目遣いに太郎を見た。
「命の恩人とかじゃなくて、私、太郎さんとお友達になりたいですから。だから、サリーでいいです」
その真っ直ぐな視線に、太郎はドキリとした。
恋愛経験ゼロの彼にとって、こんなに可愛い女の子に至近距離で見つめられるのは刺激が強すぎる。
「う、うん。分かった。……ありがとう、サリー」
「はい! どういたしまして、太郎さん!」
二人が微笑み合っていると、部屋の外からドカドカと重い足音が近づいてくるのが聞こえた。
「おーい、サリー! 拾った男は目を覚ましたか!?」
野太い声と共に扉が開かれようとしていた。サリーの父親だろうか。
太郎の異世界生活二日目は、穏やかに、しかし賑やかに始まりそうだった。




