EP 3
死を呼ぶ四番と、ビッグバンの引き金
【太郎国・王城 執務室】
王城の広場を埋め尽くしていた精鋭の近衛騎士たちが、たった一人の男の前に次々と崩れ落ちていく。
剣を振るう間すら与えられない。男がゆらりと一歩を踏み出す(縮地)だけで、強固な魔導防具ごと吹き飛ばされ、沈黙していくのだ。
「……信じられない。何なのあの動き。魔法も闘気も使わずに、ただの体術だけで騎士団を無力化してるって言うの……!?」
ルチアナが、窓枠にしがみつきながら戦慄の声を上げた。
「ルチアナ、窓から離れろ!」
太郎が『雷霆』の弓を構え、油断なく眼下の男を睨みつける。
しかし、次の瞬間。
広場に立っていたはずの男の姿が、陽炎のようにフッと掻き消えた。
「消えた……!?」
太郎が息を呑んだ、まさにその直後。
ドッガァァァァァァァァァァンッッ!!!!
執務室の重厚なオーク材の扉が、大砲の直撃を受けたかのように内側へと吹き飛んだ。
木端微塵になった扉の破片が室内に散弾のように降り注ぎ、リリスが「ふぎゃあっ!?」と悲鳴を上げて机の下で丸くなる。
粉塵が舞う廊下の入り口。
そこに、赤黒い闘気を全身から陽炎のように立ち昇らせた男——鬼神・龍魔呂(DEATH4)が、音もなく立っていた。
琉球古武術の『縮地』により、王城の広場から最上階の執務室まで、物理法則を無視した速度で一瞬にして到達したのだ。
「……探したぞ。創造神、ルチアナ」
地を這うような、感情の欠落した絶対零度の声。
龍魔呂の死神のような眼光が、ピンクのジャージ姿で固まっているルチアナを射抜いた。
「た、太郎さん!? 何事ですかぁ!?」
その時、吹き飛んだ扉の向こう、廊下の奥から、パタパタとスリッパの音を立てて少女が駆け込んできた。
首にタオルを巻き、足元に始祖竜を連れた極貧アイドル、リーザである。
「リーザ! 来るな、下がってろ!」
太郎が叫ぶが、遅かった。
龍魔呂の視線が、ルチアナから、リーザの足元で「キュア?」と首を傾げている小さなトカゲ——かつて世界を滅ぼしかけた『始祖竜』へと向けられる。
「……揃ったな。『地獄のゲート』を開く女神と、『時間』を巻き戻す竜」
チャキッ、と。
背筋が凍るような冷たい金属音が響いた。
龍魔呂はレザージャケットの奥から、無骨で巨大な愛銃『Korth(NXS)』を二丁、流れるような動作で引き抜いた。
右手の銃口をルチアナに。左手の銃口を、リーザの足元の始祖竜にピタリと合わせる。
「ヒッ……! じゅ、銃……!?」
ルチアナの顔から血の気が引いた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよアンタ!!」
ルチアナは、突きつけられた銃口の奥を見て、神の直感で『それ』の異常性に気づき、顔を引きつらせて絶叫した。
「ただの銃じゃないわね!? 銃口から漏れ出てるその赤黒いオーラ(闘気)、圧縮されすぎて空間が歪んでるじゃないの!!
アンタ、撃鉄下ろしたら……この王城ごとビッグバンでも起こす気!?」
ルチアナの言う通りだった。
龍魔呂の持つ『鬼王の指輪』から発せられる赤黒い闘気は、銃弾の威力を20mm機関砲レベル……いや、それ以上にまで跳ね上げており、今にも臨界点に達しようと火花を散らしている。
「……知るか」
龍魔呂は、一切の感情を交えずに、銃の撃鉄をカチリと起こした。
「ユウが死んだ事実なんて……あってはならない。そのためなら、世界がどうなろうと構わない」
世界を壊してでも、失った弟を取り戻す。
その絶対的な狂気とエゴイズムが、圧倒的な重圧となって執務室の空気を押し潰していく。
「ふぇぇぇんっ……! 殺されちゃいますぅぅ! マグローザ漁船に乗る前に、撃ち殺されちゃいますぅぅ!」
机の下でリリスが頭を抱えて泣き叫び、リーザも「た、助けてくださいぃぃ!」と始祖竜を抱きしめて震えている。
極限まで張り詰めた殺気。
誰かが瞬きをした瞬間に、銃弾が放たれ、太郎国が消し飛ぶ——。
「——そこまでだ」
その静寂と狂気を切り裂いたのは、静かな、しかし確かな意志を持った声だった。
佐藤太郎が、『雷霆』の弓を下げ、両手を軽く上げながら、龍魔呂とルチアナたちの間にスッと割って入ったのだ。
「……退け」
龍魔呂の左手の銃口が、太郎の眉間へとピタリと移動する。
「お前も、あの神々のシステム(同類)か? ならば、一緒に消えろ」
龍魔呂の指が、引き金に掛けられた。
「いや、俺はただの『お人好しなコンビニ店員』だよ」
太郎は、眉間に凶悪な銃口を突きつけられながらも、いつものサンダル姿で、どこまでも自然体で薄く笑っていた。
「お前、すごく悲しい目をしているな。……まずは、話し合いといこうじゃないか」
太郎国の平穏な空気を一変させた復讐鬼に対し、佐藤太郎は一切の武器を持たず、ただ己の『器』だけで真っ向から対峙したのである。




