EP 4
王と復讐鬼の対話
【太郎国・王城 執務室】
眉間に突きつけられた、漆黒の巨大な銃口。
その奥で渦巻く赤黒い闘気は、瞬き一つで佐藤太郎の頭部を消し飛ばす臨界点に達していた。
しかし太郎は、冷や汗一つ流していなかった。
ただ静かに、深い哀しみと虚無を湛えた龍魔呂の瞳を、真っ直ぐに見つめ返している。
「……狂人か。それとも、よほどの阿呆か」
龍魔呂が地を這うような低い声で呟いた。
死の淵に立たされながらも全く動じない太郎の態度に、彼の中の『殺し屋』としての勘が微かな違和感を覚えていた。
「よく言われるよ。でも、阿呆なりに客の顔色くらいは分かるつもりだ。……お前、すごく疲れてるだろ。肩の力、抜きなよ」
「黙れ。俺に話しかけるな」
龍魔呂の指が、引き金に深く掛かる。
「ひぃぃん……っ! やだぁ……死にたくないですぅぅ……!」
「お、お家賃払ったばっかりなのにぃぃ……!」
その時、執務室の隅のデスクの下で身を寄せ合うリリスとリーザから、抑えきれない啜り泣きが漏れた。
マグローザ漁船への恐怖と、目の前の殺鬼への恐怖。少女たちの純粋な悲鳴が、室内に響く。
「…………ッ」
瞬間。
龍魔呂の鉄面皮のような顔が、微かに、しかし確かに歪んだ。
『子供(少女)の泣き声や悲鳴』。それこそが、冷酷な殺人鬼(DEATH4)である彼を苛む、唯一にして最大の弱点。
銃口が、ほんの数ミリだけ下がる。
龍魔呂が、忌まわしい過去のフラッシュバックを振り払うように目を細めた、その一瞬の隙。
「ほら、女の子たちを泣かせちゃダメだろ」
コトン、と。
太郎はいつの間にか、執務室のデスクの上に、二つの美しい切子グラスと、ポポロ村特産の高級酒『サケスキー』の瓶を置いていた。
「な……」
龍魔呂が、再び銃を構え直す。
「立ち話もなんだし、喉も渇いてるだろ。まずは一杯どうだ? 度数45度、米と麦の甘みがガツンとくる、うちの特産品だ」
太郎は一切の警戒心を見せず、トクトクと琥珀色の液体をグラスに注いだ。そして、片方のグラスを龍魔呂へとスッと差し出す。
「……毒でも入れたか?」
龍魔呂は銃を向けたまま、氷のような声で問う。
「コンビニ店員は、客に出す商品に毒なんて盛らないよ」
太郎はそう言って、自分のグラスのサケスキーを一口呷った。
「ぷはっ。……うん、やっぱ美味いな。それに、お前みたいに強い奴なら、毒盛られたくらいじゃ死なないだろ?」
「…………」
龍魔呂は、グラスを持つ太郎の無防備な姿と、その奥で泣きじゃくる少女たちを交互に見やった。
やがて、彼はゆっくりと、しかし警戒を解かずに、二丁の銃の撃鉄を戻し、レザージャケットの奥へと仕舞い込んだ。
「……俺は客じゃない」
龍魔呂はそう言い捨てると、デスクの前に歩み寄り、太郎が注いだサケスキーのグラスを無造作に掴み上げた。
「クッ……」
一息で煽る。
喉を焼く強烈なアルコールと、その後から来る深く芳醇な吟醸香。血の匂いと硝煙に塗れた龍魔呂の身体に、極上の酒が染み渡っていく。
「……悪くない」
龍魔呂が、短くそう呟いた。
「だろ? あ、タバコ吸うか? 俺はキャスターだけど」
太郎が自分の胸ポケットからタバコを取り出す。
「……マルボロの赤しか吸わん」
「お、ハードボイルドだね。ちょっと待ってな」
太郎が『100円ショップ(海外輸入タバコも可)』のスキルを発動し、空間からマルボロの赤箱を取り出してテーブルに投げた。
龍魔呂が真鍮製のオイルライターを取り出す。
カチッ。
硬質な音が鳴り、赤い火がタバコの先端を焦がす。紫煙がゆっくりと立ち昇り、執務室の異常な緊張感が、まるで嘘のように解れていった。
「……太郎、アンタ、マジで何者なのよ……」
壁際で腰を抜かしていたルチアナが、信じられないものを見る目で太郎を呆然と見上げていた。
世界を滅ぼすほどの殺意を纏った復讐鬼を、たった一杯の酒とタバコで、ただの『疲れた男』へと戻してしまったのだから。
「さて」
太郎はソファにどっかりと座り直し、対面のパイプ椅子を龍魔呂に勧めた。
「銃を下ろしてくれてありがとう。……それで? お前が世界を壊してでも取り戻したい『ユウ』ってのは、誰なんだ?」
佐藤太郎の、王としての『器』が、復讐鬼の凍りついた心を静かに解きほぐそうとしていた。




