第八章 悪夢の借金ロードと鬼神の涙
二度目の異世界(?)と、借金まみれの女神様
【名もなき森の中】
「……ここは、どこだろう?」
鬱蒼と茂る木々と、見たこともない奇妙な植物たち。
佐藤太郎は、Tシャツに短パン、便所サンダルという相変わらずの格好で、頭を掻きながら周囲を見回した。
王城の自室で、ポテトチップスを食べながら昼寝をしていたはずだった。
目が覚めると、なぜかこの森の中に放り出されていたのだ。
「まさか……二回目の異世界転生? いやいや、流石にトラックには轢かれてないはずだし……とりあえず、水を探さないとな」
太郎が乾いた喉を潤すため、微かな水音を頼りに森を歩き出した、その時。
『——アバババッ! アババババッ! た、助けてぇぇっ!』
少し先の池から、盛大な水飛沫と共に、情けない悲鳴が聞こえてきた。
太郎が草をかき分けて池を覗き込むと、ピンク色のジャージ(胸に若葉マーク入り)を着た小柄な少女が、溺れかけて激しく手足をバタつかせていた。
「何やってんだ!? ほら、捕まって!」
太郎は慌てて池の畔に駆け寄り、右手を思い切り伸ばした。
「ふぇぇぇっ! たすか、たすかり……っ!」
少女が必死に太郎の手をガシッと掴む。
太郎はS級冒険者としての腕力で、少女を池から一気に引っ張り上げた。
ポチャンッ。
しかしその反動で、太郎のズボンのポケットから、見慣れた革の財布がスッポ抜けて池の底へと沈んでいった。
「……あ。俺の財布」
「ぶぅえっくしょん!!」
太郎が水面を見つめていると、ズブ濡れになったピンクジャージの少女が盛大なクシャミをした。
よく見ると、彼女の頭には天使の輪が浮いており、背中には小ぶりな純白の翼が生えている。
「あ、ありがとうございますぅ……死ぬかと思いましたぁ……」
少女——見習い女神のリリスは、ブルブルと震えながら、どこからともなく『分厚いカンペ(カンニングペーパー)』を取り出した。
「えっと、えっと……ゴホンッ!」
リリスはわざとらしく咳払いをし、カンペをガン見しながら、芝居がかった声で口を開いた。
「池に落とし物をした哀れな人間よ。貴方の落としたクレジットカードは、この『金色のカード』ですか? それとも、こちらの『銀色のカード』ですかぁ?」
「いや、どう見ても『金の斧・銀の斧』のパロディじゃねーか。しかも君を助けたせいで落としたんだろ」
太郎がジト目でツッコミを入れる。
「それに俺が落としたのは普通のカードだ。いや、カードだけじゃない、財布ごと全部だよ。さっさと返してくれ」
「ふぇ!? えっと、えっと……『普通の財布』って言われた時の対応は……」
リリスが焦ってカンペのページをパラパラと捲る。
「あっ、ありました! ……しょ、正直者の貴方にはぁ! この『プラチナカード』を特別に渡しましょう!」
リリスは、神々しい光を放つ一枚のクレジットカードを太郎の手に強引に押し付けた。
券面には『聖債プラチナ・エグゼクティブ』と刻印されている。
「何でそうなるんだよ。俺の財布は……ん?」
太郎は押し付けられたプラチナカードの裏面を見て、ピタリと動きを止めた。
そこには、恐るべき魔法文字が明記されていた。
【利用可能額:0円(※すでに100万円使用済み)】
【支払い延滞時のペナルティ:マグローザ漁船(蟹工船も可)での強制労働】
「……残高ゼロ!? つーか最初から100万円借金してんじゃねーか!! なんでペナルティがマグローザ漁船なんだよ!!」
太郎が血相を変えて叫んだ。
「あ、あーっ! 大変ですぅ!」
リリスが、突然自分の胸の若葉マークをピコンピコンと叩き始めた。
「胸のカラータイマーがピコンピコン鳴り始めましたーっ! 私、怪獣退治に行かなくちゃいけないんですぅ! で、では……サラダバー!!」
リリスは両腕を十字にクロスさせて『シュワッチ!』の体勢をとり、そのままダッシュで森の奥へと逃げ出そうとした。
「待てゴラァッ!! てめぇの不良債権を他人に押し付けんなァ!!」
太郎は元S級冒険者の脚力で一瞬にして距離を詰め、逃げるリリスの足元へ見事な低空タックルをカマした。
「ふぇぎゃっ!?」
リリスが派手にすっ転び、地面の草に顔からダイブする。
「痛いですぅぅ! な、なにするんですかぁ!」
「こっちのセリフだ! お前、これルチアナの家族カードだろ!? 出会って3分の赤の他人に、借金100万円のカードを渡して逃げる奴があるか!」
「ふぇぇぇん! だって、だってぇ!」
リリスが、泥だらけの顔で大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。
「ルチアナ先輩からカードを押し付けられてぇ! 支払いなんて、見習いの私だけの給料じゃ無理でぇ! ルチアナ先輩が『テキトーな人間に押し付けちゃいなさい』って、カンペに書いてたんですぅぅ!」
「あのクズ女神……! 後で絶対にシメる」
太郎は額に青筋を浮かべながら、深くため息をついた。
「いや、だからって俺に押し付けるな。お前、このままじゃマグローザ漁船でケツフキ(K)稼ぐハメになるぞ」
「嫌ですぅぅ! 漁船なんて嫌ですぅぅ! 魚臭くなっちゃいますぅぅ!!」
リリスは太郎の足にすがりつき、わんわんと泣きじゃくった。
「じゃあ……じゃあ、太郎さんが一緒に返してくれますか!? 奢ってくれますか!? 養ってくれますか!?」
「なんで俺が初対面の女神を養わなきゃいけないんだよ」
「わ、私、役に立ちますぅ! 創造魔法で美味しいフランスパンも出せますし、スマホの角で敵も倒せますぅ! だから、だから……見捨てないでくださいぃぃ!」
上目遣いで必死に懇願してくる、泥だらけのポンコツ女神。
その姿があまりにも不憫で、そして自分を頼ってくる様子が小動物のようで……。
「…………はぁ」
太郎は、ボサボサの頭をガシガシと掻き毟った。
元来、お人好しなのだ。困っている人間(女神)を見捨てられる性格ではないし、何よりこの状況を作った元凶には心当たりがありすぎる。
「……分かったよォ。とりあえず、借金と飯の面倒くらいは見てやる」
太郎が呆れ顔でそう言うと。
「……! わあああああいっ!! 太郎さん、大好きぃぃぃっ♡」
リリスは満面の笑みを浮かべ、濡れたジャージ姿のまま、太郎の胸に思い切りダイブして抱きついた。
「うおっ、バカ! 服が濡れるだろ!」
「えへへぇ~。太郎さん、あったかいですぅ……ご飯、おかわり三杯いいですかぁ?」
「お前、本当に借金返す気あるのか……?」
かくして。
迷い込んだ森の中での二度目の転生(?)は、最悪の不良債権と、最高に手のかかる『見習い女神』を拾うという、太郎らしいドタバタな結末から幕を開けたのであった。




