EP 29
【太郎国・王城 大食堂】
「……ふぅ。食った、食ったわぁ。太郎、アンタたまには良い仕事するじゃないのぉ……ヒック」
大食堂の長机では、創造神ルチアナが完全に出来上がっていた。
空になったイモッカのフラスコを片手に持ち、ピンクのジャージ姿でだらしなくテーブルに突っ伏している。その顔は至福の赤色に染まり、もはや神の威厳など微塵も存在しない。
「大将。この『モジュロ』っちゅう箱……これさえあれば、ワシら極道は血みどろの抗争でも笑顔で乗り切れますわ。まさに命の箱じゃ」
デュアダロスはアルマーニのスーツの襟を緩め、ポポロシガーの紫煙をくゆらせながら、映画のラストシーンのような渋い顔で天井を見つめていた。
そして、底辺労働者組の二人も。
「俺様……もう思い残すことはねぇッス……。人間の街、最高ッス……」
「パンの耳じゃない、白くてフワフワな世界……ここは天国ですかぁ……?」
イグニスとリーザは、モツ煮とパンの缶詰で限界まで膨れ上がったお腹をさすりながら、床の上で始祖竜と共に幸せそうに気絶(睡眠)していた。
「ふふっ。試食係は完全に骨抜きですね、太郎様」
天才料理長サクヤが、空になった大量の缶詰やレトルトパウチを片付けながら満足げに微笑む。
「ああ、大成功だ。……で、ライザ。セバス。軍への導入はどうなりそう?」
太郎が振り返ると、第一王妃にして軍事総司令官のライザと、宰相のセバスが、震える手で分厚い書類(発注書)を握りしめていた。
「太郎様……これは我が国の軍事史に残る大革命です!」
ライザが、興奮を隠しきれない様子で声を張り上げた。
「常温で数年保存でき、かつ圧倒的に美味な『1型(タロ缶)』! 火を使わずに隠密行動中も温かいカレーが食べられる『2型』! そして、極限の任務を生き抜いた兵士への最高のご褒美『Modulo型』!
……さらに、城壁を粉砕する破壊兵器『MRE型』!!
これを全軍に配備すれば、我が太郎軍の士気は天を衝き、いかなる強国も恐るるに足りません!!」
「内政面でも完璧です」
セバスが深く頷く。
「これらのレーションを量産するための軍需工場を新設すれば、王都の雇用もさらに潤います。食材の調達も、各農村に莫大な利益をもたらすでしょう。まさに富国強兵の極みですな」
「よし、それじゃあ正式採用決定だ! サクヤ、明日から各工場の指導を頼むよ!」
「はいっ! お任せください!」
太郎国の強大すぎる軍事力は、この日、「世界最強の胃袋」という圧倒的なモチベーションを手に入れたのである。
【大陸某所・巨大企業『ゴルド商会』 本部 会長室】
太郎国が「食の軍事革命」に沸き立っていた頃。
大陸全土の物流と経済を裏から牛耳る巨大組織、『ゴルド商会』の豪奢な会長室で、一人の男が不敵な笑い声を上げていた。
「ククク……どえりゃあ事になったがね! 太郎国の連中、とんでもないモンを考えおったわ!」
金ピカの宝石をジャラジャラと身につけ、成金趣味の極彩色スーツに身を包んだ男。
蛇目族特有の冷徹な縦長の瞳を持つ、ゴルド商会会長・オロチである。
彼のデスクの上には、太郎国から極秘ルートで流れてきた『新・戦闘糧食』の莫大な原材料発注書が広げられていた。
「ロックバイソンの肉に、米麦草、太陽芋、さらにはポポロ村のイモッカとポポロシガーまで……。太郎軍の全兵士の胃袋を満たすための、桁違いの超大口発注だて!」
オロチは、特注の純金製そろばんをパチパチと凄まじい速度で弾き出した。
「太郎の大将は気前がええで、正規の値段で買い取ってくれるが……ワシらゴルド商会が、ただ右から左へ物を流すだけで満足するわけにゃあかんわな」
オロチの蛇の目が、細く、そして狡猾に吊り上がった。
「ロックバイソンの肉は、少しだけランクの落ちる部位を混ぜたれ。肉椎茸も、傘の小さいヤツをかき集めればバレせんて! そこで浮かせた金貨で、レオンハート獣人王国の連中にも横流しして、両方からマージンを抜くがね!」
世界最大の「死の商人」は、戦争の火種だけでなく、兵站の裏でも莫大な利益を生み出す算段を整えていた。
「ぎょうさん儲けなあかんわ! 太郎国のお陰で、今年のゴルド商会は空前の黒字だて!! ギャハハハハッ!!」
オロチの高笑いが、黄金に輝く会長室に響き渡る。
しかし彼はまだ知らない。太郎国の食材検査の厳しさや、彼が強引にコストダウンを指示して作らせた「MRE型」が、後に大陸中で「食べられる産業廃棄物」として恐れられ、大クレームの嵐を巻き起こすことになる未来を。
「最強の軍隊」と「欲望の資本主義」が複雑に絡み合いながら。
佐藤太郎がもたらした「100円の奇跡」は、良くも悪くも、アナステシア世界の歴史を確実に動かそうとしていた。




