EP 28
大人の至福、Modulo型の誕生
【太郎国・王城 大食堂】
壁にはすり鉢状の大穴が開き、その中心には無傷の『黄色いゴム板』が転がっている。
ライザがそれを「最強の投擲兵器だ」と目を輝かせて回収する横で、試食係の四人と一匹は、未だに口の中にこびりつく「酸っぱい消しゴム」の幻覚に呻き声を上げていた。
「うぅ……ストロングゼロ……度数9パーセント以上の消毒液を私の喉に……」
ルチアナがテーブルに突っ伏し、うわ言のように酒を求めている。
「大将……ワシ、もう口の中がヤクザの抗争の焼け跡みたいになっとるんじゃが……」
デュアダロスも、ハンカチで顔の脂汗を拭いながら涙目になっていた。
「よしよし、みんなよく頑張ってくれた。サクヤのMRE型は『一部の特殊部隊用(あるいは罰ゲーム用)』として保留にするとして、いよいよ最後のお口直しだ」
太郎がパンッと手を叩くと、サクヤが申し訳なさそうに、しかしどこか誇らしげに最後のワゴンを引いてきた。
その上に乗っていたのは、これまでの無骨なミリタリーパッケージとは少し違う、黒を基調としたシックでコンパクトな箱だった。
「これこそが、俺が提案する第四の糧食。極限のストレス環境を生き抜くための『慰安・士気向上用 特別モジュール糧食』。——通称、『Modulo型』だ」
「モ……ジュロ?」
イグニスが、まだ少し警戒しながら箱を見つめる。
「開けてみなよ。兵士の心を折らないための、最高のご褒美セットだ」
太郎の言葉に、デュアダロスが箱のフタをパカリと開けた。
中には、いくつかの小さな缶詰と、透明なフラスコ、そして防護ケースに入った一本の葉巻が綺麗に並べられていた。
「おおっ……!? 大将、これは!」
デュアダロスの丸眼鏡が、カッと鋭い光を放つ。
「まずはメインからだ。サクヤ、説明を」
「はいっ!」
サクヤが元気を取り戻して前に出る。
「お酒に合う最高のおつまみです! 『シープピッグの内臓と肉椎茸のモツ煮込み』、そして『ピラダイのピリ辛干物』になります! 専用の固形燃料ストーブで、アツアツの直火焼きにできますよ!」
「も、モツ煮だとぉ!?」
イグニスが身を乗り出す。小さなストーブに火が入り、缶詰の中で獣脂と肉椎茸の旨味がグツグツと音を立て始めると、先ほどのオムレツの悪臭を完全に上書きする、暴力的で甘美な香りが大食堂を満たした。
「さらに主食には、日本の非常食の技術を応用した『パンの缶詰』だ。開けるだけで、焼きたてみたいにフワッフワのパンが食べられる。……そして」
太郎は、箱の奥に鎮座する二つのアイテムを指差した。
「極上の嗜好品。ポポロ村の村長が特別に醸造した芋酒『イモッカ』の熱燗用小瓶。そして……最高級の『ポポロシガー』だ」
「——ッ!!!」
その言葉を聞いた瞬間、デュアダロスとルチアナが弾かれたように立ち上がった。
「大将……アンタ、正気か……!? このポポロシガーっちゅうたら、アバロン魔皇国のバカ貴族が血眼になって買い漁るほどの超一級品やぞ!? それを、一兵卒のメシに突っ込むっちゅうんか!?」
「過酷な任務を生き延びた夜くらい、兵士にも『王』の気分を味わってもらいたいからね」
太郎がニヤリと笑う。
「さぁ、冷めないうちにやってくれ」
「い、いただきますぅ!」
リーザが真っ先に『パンの缶詰』のプルタブを引き上げた。
中から出てきたのは、パンの耳など一切ついていない、純白でフワフワの丸いパンだった。
「ふぁぁぁ……! し、白いですぅ! パンの白い部分だけが、缶にギュウギュウに詰まってますぅ! しかも、甘くてフカフカで……口の中で溶けちゃいますぅぅ!!」
リーザは、オムレツの悪夢から一気に天国へと引き上げられ、パンを頬ずりしながら号泣し始めた。
「ハフッ……アツッ……! うめぇぇッ! 羊豚のモツがトロトロに溶けて、肉椎茸の出汁がバッチリ効いてやがるッス! これぞ人間の街の味ッス!」
イグニスも、小鍋から直接モツ煮を掻き込みながら感涙している。
そして、大人組の二人は。
「……キュッ。……ぷはぁぁぁぁぁぁッ!!!」
ルチアナが、フラスコに入った37度の『イモッカ』をストレートで一気に呷り、女神のオーラを完全な「酔っ払いのオッサン」のそれへと変異させていた。
「クァーッ! 芋のガツンとくる香りと、このアルコールの焼け付く感じ! さっきのオムレツの味が完全に消毒されてくわァ! 最高! 太郎、おかわり!!」
「フゥゥゥゥ……」
その横で、デュアダロスが火をつけた『ポポロシガー』の紫煙を、ゆっくりと、そして至福の表情で天井へと吐き出していた。
極上のモツ煮をつまみ、イモッカの熱燗をちびちびと舐めながら、最高の葉巻をふかす。
「大将……ワシ、もうこのまま極道から足洗って、この箱の販売代理店になりたいわ……」
ヤクザの心すら骨抜きにする、究極の晩酌セット。
佐藤太郎が考案し、ポポロ村の特産品を詰め込んだこの「Modulo型」は、過酷な軍隊生活における唯一無二の「オアシス」として、見事全員の心を鷲掴みにしたのであった。




