EP 26
絶望の味、ベジオムレツ見参
【太郎国・王城 大食堂】
銀色のお皿の上で、どす黒い黄土色の汁を滲ませながら鎮座する『黄色いゴム板』。
大食堂は、先ほどまでの祝祭ムードが嘘のように、水を打ったような静まり返っていた。
「……誰か、一口食べてみなよ。栄養価だけはガチだからさ」
太郎が、少し離れた位置から(異臭から避難しながら)ニヤニヤと笑って促す。
「ご、ゴクリ……」
試食係の四人が、顔を見合わせた。
「……やりますぅ! 私がいきますぅ!」
沈黙を破ったのは、極貧アイドル人魚のリーザだった。
彼女は、震える手にフォークを握りしめ、悲壮な決意と共に立ち上がった。
「私はこれまで、カチカチのパンの耳や、公園の謎の雑草で命を繋いできました……! 食べ物である以上、パンの耳より不味いものなんて、この世に存在するはずがないんですぅ!」
「リーザちゃん……! お前、立派なドカタになったな……ッ!」
イグニスが感動の涙を拭う。
リーザは、ゴム板のようなオムレツの端っこを力強くフォークで突き刺し、そのまま勢いよく口の中へと放り込んだ。
「んむっ! ……モグッ、モグ……」
リーザが咀嚼を始める。
その瞬間。
彼女の顔から、一切の表情がスッと抜け落ちた。
「……あ、れ……?」
口の中に広がったのは、卵の味ではなかった。
酸味の強い謎の化学調味料、古いダンボールのようなパサパサ感、そして劣化した消しゴムを噛みちぎっているような絶望的な食感。それが、ドロドロのチーズ(のような人工ゲル)と混ざり合い、胃袋へと続く道を全力で逆走しようとしてくる。
「リーザさん! お味はどうですか!? 1日分のビタミンとミネラルが完璧に摂れますよ!」
白衣姿(幻覚)のサクヤが、目をキラキラさせてノートを構える。
「……ひぐっ……ふぇぇ……」
リーザの両目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「う、うわぁぁぁぁぁッ!! 不味いですぅぅ!! なんですかこれぇぇ!! パンの耳の方が、まだ『麦の味』がして百万倍マシですぅぅ!! 砂を、酸っぱい砂を接着剤で固めたみたいな味がしますぅぅ!!」
バタッ。
リーザは泣き叫びながら白目を剥き、ついに大食堂の床へと気絶して倒れ込んだ。
「キュアッ!?」と心配して駆け寄った始祖竜も、床に落ちたオムレツの欠片をペロッと舐めた瞬間、「キュゲェェェェッ!?」とカエルのような悲鳴を上げて泡を吹いてひっくり返った。
「ば、馬鹿な! パンの耳以下の食べ物だと!? 俺様が試してやるッス!」
イグニスが焦って、オムレツの塊に直接かぶりついた。
エリート竜人の頑丈なアゴと胃袋なら、どんな悪食でも耐えられるはずだ。
「……ガリッ。……オグェェェェェェッ!?」
一口噛んだ瞬間、イグニスは自分の喉をかきむしって悶絶した。
「マズい……マズいとかいう次元じゃねぇッス!! 湿った粘土! 腐った靴底! なんで卵料理なのに『無機物』の味がするんスか!? 竜人の俺様でも、体が全力で『毒だ』って拒絶反応を示して……ガクッ」
イグニスもまた、テーブルに突っ伏して動かなくなった。
底辺労働者コンビ、完全敗北。
「な、なんやこの消しゴムの味がする食べ物は……!!」
デュアダロスが、フォークの先をペロッと舐めただけで、アルマーニのスーツを冷や汗でビショビショに濡らしていた。
「大将! ヤクザの拷問でも、こんなエゲツないもんは口に突っ込まんで!! ワシのシノギの勘が『これを食ったら末代まで祟られる』と警告しとるわ!!」
「ちょっと太郎! アンタ、神を殺す気!?」
ルチアナが、鼻をつまみながら顔を真っ青にして叫ぶ。
「ただの卵料理でしょ!? って思って匂い嗅いだら、マジで吐き気がしたわよ! 私の神の舌が『腐る』って悲鳴上げてるわぁぁぁ!! ストロングゼロでうがいさせてェェェ!!」
完全なパニック状態に陥る神々と、床に転がる労働者とトカゲ。
「ええっ!? そんなに不味いですか!? でも、栄養価とカロリーの計算は完璧なのに……!」
サクヤだけが、自分の料理(栄養の塊)がなぜここまで不評なのか理解できず、オロオロと戸惑っている。
「いやー、見事なハズレオムレツっぷりだね」
太郎は、この阿鼻叫喚の地獄絵図を前に、どこか満足げに頷いていた。
ミリタリーファンが語り継ぐ伝説のレーションの破壊力は、異世界においても一切のブレなく『最悪の猛威』を振るったのである。
「た、太郎様……! これはいけません!」
軍事担当のライザが、蒼白な顔で太郎に詰め寄った。
「こんなものを前線の兵士に食わせたら……暴動が起きます! いや、敵国と戦う前に、我が軍が全滅してしまいます!!」
太郎国の最強軍隊を、たった一皿で壊滅の危機に追いやる最悪の完全食。
しかし、この「硬すぎる不味い塊」は、思わぬ方向で軍事的なポテンシャルを発揮することになるのだった。




