EP 24
戦闘糧食2型(レトルトパウチと魔法のヒーター)
【太郎国・王城 大食堂】
「火も魔法も使わずに、アツアツの飯が食える……? 大将、そりゃいくらなんでもホラが過ぎますぜ」
空になった1型の缶詰を前に、インテリヤクザ邪神のデュアダロスが疑わしげに丸眼鏡を光らせた。
この世界において、野外で温かい食事をとるためには、薪を集めて火を熾すか、火属性の魔法使いが魔力を消費するしかない。それが常識である。
「まぁ見てなって。これが軽量パッケージに特化した**『戦闘糧食2型』**だ」
太郎がテーブルの上に並べたのは、オリーブドラブ色に統一された、ビニール製の平べったい袋だった。
「まず、この外袋の中に、ご飯とおかずのパックを入れる。そして、一番底にこの『魔法のカイロ(発熱剤)』をセットする。最後に……コップ一杯の『ただの水』を注ぐだけだ」
太郎が袋の中にチョロチョロと水を流し込み、チャックをピッチリと閉めた。
シュゥゥゥゥゥゥッ……!!!
数秒後。袋の中から激しい沸騰音が鳴り響き、パンパンに膨れ上がった袋の空気穴から、モクモクと熱い蒸気が吹き出し始めた。
「な、なんですかアレ!? 私、一切魔力を感じていませんよ!?」
魔法兵団を率いるサリーが、目を丸くして身を乗り出す。
「水と化学反応を起こして、一気に高温の蒸気を発生させる『発熱剤』だよ。これで約20分放置すれば、レトルトパックの中身が炊きたて・出来たてのアツアツになるって寸法さ」
「た、たった一杯の水で……火も煙も出さずに加熱できるだと……!?」
第一王妃にして騎士団のトップであるライザが、ガタッと立ち上がった。
その顔は、美味い飯への期待ではなく、純粋な『軍事兵器としての脅威』に震えていた。
「太郎様……これは戦場の常識を覆します! 夜襲や隠密行動の際、敵に光や煙(位置)を悟られることなく、極寒の雪山でも兵士に温かい食事を提供できる……! まさに革命的な兵站術です!」
「あはは、ライザは真面目だなぁ。でも、一番大事なのは『味』だよ。よし、そろそろ温まったかな」
太郎が火傷に気をつけながら袋を開け、中からアツアツのパックを取り出した。
封を切ると、先ほどの缶詰とはまた違う、強烈に食欲をそそる匂いが大食堂を支配した。
「本日の2型のメニューは二種類!
一つは、あの『豚神屋』の大将が監修した、ニンニクとアブラがガツンと効いた**『特製スタミナ豚丼』!
もう一つは、複数のスパイスを極限まで煮込んだ、王道の『ビーフカレー』**だ!」
ほかほかの白飯の上に、分厚い豚肉と濃厚なタレが乗った豚丼。そして、とろけるような牛肉がゴロゴロ入ったカレー。
「う、うおおおおッ!!」
たまらず、試食係のイグニスがカレーのパックをひったくり、スプーンで豪快に掬って大きな口へと放り込んだ。
「……あ、あふいっ! ハフッ、ハフッ! ……ゴクッ」
イグニスの動きが、ピタリと止まった。
「ど、どうしたイグニス!? まずかったか!?」
太郎が尋ねる。
「……ち、違うッス……」
イグニスが、ゆっくりと顔を上げた。
その強面な竜人の瞳からは、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「美味すぎるんだよォォォ! スパイスの刺激がガツンときて、後からタマネギの甘さが追いかけてきやがる! 何より……何よりこの『アツアツ』なのが、冷えた体に染み渡るッス……! 俺様、人間の街に出てきて……本当に良かったッスぅぅ!!」
あまりの美味さと温かさに、イグニスは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、カレーを飲み物のように胃袋へと流し込んでいく。
「ひゃあぁぁ! 豚丼の脂が、口の中でとろけますぅ! ニンニクのパンチが効いてて、お米が無限に食べられちゃいますぅぅ!」
リーザもまた、豚丼を頬張りながら至福の表情で叫んでいる。
「ふむ……この『カレー』っちゅう食べ物。複数の香辛料が複雑に絡み合い、まるで裏社会の抗争のようにスリリングな味わいじゃ。これはクセになるのう」
デュアダロスも、顔に汗をかきながらスプーンを止めることができない。
「ちょっと! だからこれは絶対お酒が欲しくなるヤツでしょ! カレーのスパイスで喉が渇くのよ! 太郎、早くお酒出しなさいよォォ!」
ルチアナは相変わらず酒を要求して暴れているが、その手はしっかりと豚丼の肉を掴んでいた。
「ふふふ。大好評ですね、太郎様!」
サクヤが、自分の料理が絶賛されて嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、1型も2型も大成功だ。軍の基本レーションはこれで決まりだな」
太郎は満足げに頷いた後、ふと、悪戯を思いついたようなニヤリとした笑みを浮かべた。
「でもさ。軍隊のレーションって言ったら、もっとこう……極限のサバイバル環境を想定した、カロリーを限界まで圧縮したヤツも必要だと思うんだよね。いわゆる、米軍スタイルの『MRE型』ってやつ」
「えっ? さ、さらに圧縮するんですか?」
サクヤが目を瞬かせる。
「そう。長期保存とカロリー摂取だけを極限まで突き詰めた、完全食。サクヤの栄養学の知識をフル回転させて、ちょっと作ってみてくれないか?」
「……! わかりました! 栄養素を限界まで凝縮し、どんな環境でも絶対に腐らない究極のサバイバル食ですね! 私の料理人としての魂にかけて、完璧なものを作ってみせます!」
サクヤの瞳の奥に、料理人としての情熱……というより、マッドサイエンティストのような『暗い炎』が宿ったのを、太郎は見逃さなかった。
この時、彼らはまだ知らなかった。
この「カロリー圧縮」と「絶対腐らない」というオーダーが、太郎国の試食係たちを恐怖のどん底に叩き落とす『伝説のハズレオムレツ』を生み出す引き金になるということを。




