EP 21
兵站の危機と、サンダルの王の閃き
【太郎国・王城 執務室】
「——以上が、先月の国境付近での魔物討伐遠征の報告書です。我が最強の騎士団と魔法兵団の前に、敵は文字通り『秒殺』でしたわ」
太郎国の玉座……ではなく、執務室のフカフカなソファの上。
第一王妃にして世界最強の剣士・ライザが、ビシッと背筋を伸ばして報告を終えた。彼女の腰には『竜殺しの魔刀』が帯刀されているが、太郎に向ける眼差しはトロけるように甘い。
「うんうん、お疲れ様。ライザもサリーちゃんも、怪我がなくて何よりだよ」
佐藤太郎は、Tシャツに短パン、便所サンダルという相変わらずの王様らしからぬ格好で、ポテトチップス(コンソメ味)をかじりながら頷いた。
「えへへ、太郎さんが出してくれた『近代魔法戦術』のおかげです! みんな、上空からの絨毯爆撃の精度が凄く上がってるんですよ!」
永遠の17歳にして魔法兵団を率いるサリーが、可愛らしくピースサインを作る。
軍事力に関しては、もはや大陸で右に出る国はない。
だが、執務机の前に立つ宰相のセバス——太郎が与えたヘアトニック『漢の頭皮戦線』のおかげで、最近見事に毛髪が復活しつつある初老の男——が、深く重いヒゲを撫でながら口を開いた。
「軍の練度は完璧です。しかし……太郎様、実は一つ、由々しき問題が発生しております」
「ん? なに、セバス。またお母さんが急病にでもなった?」
「いえ、母はゲートボール大会で優勝するほど元気です。……問題は、軍の『兵站』についてです」
セバスの言葉に、ライザとサリーも顔を曇らせた。
「兵站? ああ、遠征中の補給路とか、レーション(保存食)の事かな」
太郎がコーラを飲みながら首を傾げる。
「いかにも」
ライザが悔しそうに唇を噛んだ。
「太郎様の知識と、サリーの回復魔法、そして騎士団の筋トレ改革により、我が軍の身体能力は限界突破しています。……しかし、いざ数週間の遠征に出ると、どうしても士気が下がってしまうのです」
「原因は『メシ』です」とセバスが引き継ぐ。
「太郎国の市街地には、豚神屋のラーメンや牛丼、ハンバーガーといった極上の『食』が溢れています。しかし、遠征中の兵士たちが口にするのは、昔ながらの『塩漬けの干し肉』と、釘が打てそうなほど『硬い黒パン』のみ。この凄まじい食の落差に、兵士たちの心が折れかけているのです」
「あー……なるほどね」
太郎は納得した。
普段、美味すぎる現代食に慣れきってしまったがゆえの弊害。最前線で命を懸けて戦った後、カチカチの干し肉をかじる悲哀は、確かに士気に関わる大問題だ。
「……よし! ならば話は早い」
太郎はソファから立ち上がり、ニヤリと笑った。
「作ろうじゃないか。遠征中でも美味い飯が食える、太郎軍専用の『戦闘糧食』を!」
「戦闘、糧食……ですか?」
ライザが目を丸くする。
「はいっ! お呼びでしょうか太郎様!!」
その時、執務室の分厚い扉がバンッ! と勢いよく開き、真っ白なコックコートを着たエルフの天才料理長・サクヤが飛び込んできた。
どうやら廊下で聞き耳を立てていたらしい。彼女の瞳は、新たなる料理への挑戦にギラギラと燃え上がっている。
「サクヤ、ちょうど良かった。保存が利いて、持ち運びやすくて、なおかつ『美味い』。そんな軍隊メシを開発したいんだけど、いけるかな?」
「お任せください! この宮殿料理長サクヤ、エルフの誇りと包丁にかけて、最高に美味しくて腐らない保存食を作ってみせます!」
「よし、頼もしいな。それじゃあ開発コンセプトを発表するよ」
太郎は執務室のホワイトボードの前に立ち、マジックペンでスラスラと文字を書き始めた。
「まずは、缶詰を主体とした日本の自衛隊スタイル『戦闘糧食1型』! 次に、お湯がなくても温かいご飯が食べられるレトルトパックの『戦闘糧食2型』! さらに、極限環境を生き抜くための究極のサバイバルパック、米軍スタイルの『MRE型』!」
太郎が矢継ぎ早に書き出す現代のミリタリー用語に、セバスたちはゴクリと生唾を飲んだ。
「そして最後は、兵士たちのストレスを癒やすための嗜好品セット……タバコとお酒も楽しめる『Modulo型』だ!」
「素晴らしいです、太郎様……! それが完成すれば、我が太郎軍は文字通り、世界最強の『胃袋』を持つ軍隊になりますわ!」
ライザが感動に打ち震え、サリーも「ご飯が美味しければ、魔法の威力もアップします!」と大喜びしている。
「というわけで、サクヤには急ピッチで試作品を作ってもらいたい。……となると、味見をする『試食担当』が必要だな」
太郎は顎に手を当てて、ニヤリと悪戯っぽく笑った。
「せっかくだから、『普段から腹を空かせているヤツら』と、『タダ飯と酒に釣られそうなヤツら』を呼んでこようか」
こうして、太郎国における食の革命(という名の、絶望のハズレオムレツへのカウントダウン)が、静かに幕を開けたのであった。




