EP 20
冒険者のリアルと、100均ウェットティッシュ
「……ふぅ。終わったね」
太郎は張り詰めていた息を吐き出し、弓を下ろした。
画鋲トラップと、ライザの剣、そしてサリーの魔法による見事な連携で、初陣であるゴブリンの群れは全滅した。
怪我人はゼロ。文句なしの完全勝利だ。
「やりましたね。太郎殿の罠のおかげで安全に処理できましたわ」
ライザが剣を鞘に収め、サリーも得意げに胸を張っている。
「さて……」
ライザは、足元に転がっているゴブリンの死骸を見下ろすと、腰のポーチからサバイバルナイフを取り出した。そして、サリーにも目配せをして予備のナイフを渡す。
「え? ……ライザ、何するの?」
太郎が不思議そうに尋ねると、ライザは至極当然という顔で答えた。
「何って、討伐部位と素材の回収ですわ。ギルドに報告して報酬を貰うには、こいつらを倒したという証拠が必要ですからね」
ライザは慣れた手つきでゴブリンの死骸の前にしゃがみ込んだ。
「サリー、ギルドの規定通り『右耳』を切り取ります。それと、胸を割って心臓の近くにある『魔石』を取るのを忘れないように。ただし……」
ライザは、サリーの魔法で黒焦げになったゴブリンの死骸を指差した。
「先ほどの『ファイヤボルト』は、少し火力が強すぎましたわ。このように丸焦げになってしまうと、討伐証明の耳も、売り物になる魔石も炭になって使い物にならなくなってしまいます。次からはもう少し火力を抑えめにね」
「あちゃー……ご、ごめんなさい! 次から気をつけるわ!」
サリーはペロッと舌を出し、ライザの指示に従って原型を留めているゴブリンの死骸の前にしゃがみ込んだ。
そして。
ザクッ……。グチャッ、メキメキッ……。
森の中に、肉を裂き、骨を断つ、ひどく生々しい音が響き始めた。
「よし、こっちの耳は綺麗に取れましたわ。サリー、そっちの魔石はどうですか?」
「んーっと……あ、あったあった! ほらライザ、結構大きめの魔石よ♪」
「ええ、良い質ですわ。血を軽く拭って袋に入れておいてください」
「任せて♪」
「…………」
太郎は、その光景を見て、顔面から一気に血の気が引いていくのを感じた。
現代日本の平和なコンビニで、せいぜい賞味期限切れの弁当を廃棄するくらいしか「命の処理」をしたことがない太郎にとって、それはあまりにも刺激が強すぎる光景だった。
醜悪な魔物とはいえ、人型に近い生物を躊躇いなく解体し、血だらけの手で肉塊を漁る二人の美少女。
(あ、あぁ……ダメだ。胃酸が、逆流して……っ)
太郎は口元を必死に押さえ、近くの大きな木の裏側へとよろけながら走った。
「ひぃっ……お、オボロロロロッ……!!」
木陰に隠れ、太郎は朝食べた『たまんネギのサラダ』と『米麦草粥』を、胃液ごと盛大に森の土へとリバースしてしまった。
「……太郎殿? どうかなさいましたか?」
「太郎さん? どこか具合でも悪いの?」
背後から、心配そうな二人の声が近づいてくる。
太郎が涙目で振り返ると、そこには両手をゴブリンの赤黒い血で真っ赤に染め、小首を不思議そうに傾げているライザとサリーの姿があった。
「い、いや……何でもないんだ。ちょっと、朝の粥が胃にもたれたというか……その、初めての戦闘の緊張が解けて、安心したからかな、ハハハ……」
太郎は青白い顔を引き攣らせながら、必死に強がった。
(美少女二人が血塗れで笑顔を向けてくるこのサイコパス感! アナステシア世界、やっぱり色々とハードすぎるよ!!)
「そうですか? なら良いのですが。……無理はしないでくださいね?」
血塗れの手で頬に触れようとするサリーを、「大丈夫! 大丈夫だから!」と全力で避けながら、太郎は深呼吸をして胃のむかつきを抑えた。
「そ、それよりライザ。このゴブリンの死骸と、奴らが持ってた錆びた武器はどうするの? 血の匂いが残ってると、他の魔物が寄ってきたりしない?」
「ええ、その通りです。普通なら土に埋めるか、魔除けの香を焚いて離脱するのですが……今回は太郎殿がいらっしゃいますからね」
ライザが期待の目を向けてくる。
「あ、そっか。僕のスキルの出番だね」
太郎は口を手の甲で拭いながら、空中のウィンドウを操作した。
「スキル起動! 『リサイクル回収』!!」
地面に光のブラックホールが現れ、凄まじい吸引力でゴブリンの残骸や錆びた剣、さらには血を吸った土までを綺麗に吸い込んでいく。
シュンッ!
《ピッ♪ 魔物(低級)の死骸および廃棄武器の回収を確認しました。エコポイントとして、150Pを加算します♪ 現在の残高、36,550P!》
「よし、証拠隠滅完了。ついでにポイントも稼げた」
「本当に便利なスキルですわ。これなら野営地を血の匂いで嗅ぎつけられる危険もなくなります」
ライザが感心して頷くが、太郎は彼女たちの「血塗れの両手」を見てため息をついた。
「とりあえず……二人とも、手を綺麗にしようか。そんな血だらけのままじゃ、街に帰れないからね」
太郎はスキルボードから、100均の『除菌アルコールウェットティッシュ(極厚・大判サイズ)』を取り出した。
そして、シュッと一枚ずつ引き出し、血塗れになったライザとサリーの手を、自分の手で丁寧に拭き取ってやるのだった。
「ひゃっ……アルコールが少しスースーしますわ」
「えへへ、太郎さんに拭いてもらっちゃった♪」
さっきまでのサイコパス感はどこへやら、アルコールの清涼感に頬を染める二人の乙女。
「……はぁ。このパーティー、僕のメンタルが持つか本当に心配になってきたよ」
太郎はウェットティッシュのゴミをリサイクル空間に放り込みながら、アルクスの青空に向かって、静かにぼやくのだった。
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