EP 19
100均画鋲の罠と、初めての戦果
アルクスの街の東門を抜け、歩くこと一時間。
太郎、ライザ、サリーの三人は、鬱蒼と木々が生い茂り、昼間でも薄暗い『東の森』へと足を踏み入れていた。
「…………」
太郎は背中のショートボウを握りしめ、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
木々のざわめきや、得体の知れない鳥の鳴き声がいちいち神経を逆撫でする。ここはもう人間の領域ではない。魔物が支配する弱肉強食の世界だ。
スッ……。
先頭を歩いていたライザが、ふいに右手を挙げてパーティーの足を止めた。
彼女は音もなく地面にしゃがみ込み、土の上の痕跡を指でなぞる。
「……ここに、ゴブリンの糞が落ちていますね。まだ新しく、臭いも強い。それにこの足跡の数……近くに群れがいますよ」
ライザの言葉に、サリーが杖をギュッと握り直した。
「えっと……じゃあ、ここで僕の作戦を聞いてくれるかな?」
太郎は声を潜め、二人に提案した。
「聴きましょう、リーダー」
「どうするんですか? 太郎さん」
「うん。作戦は簡単だよ。……『これ』を使うんだ」
太郎は腰の魔法ポーチ(の中にある100均スキル)から、一つの小さなプラスチックケースを取り出した。
中には、カラフルなプラスチックの持ち手がついた針――現代日本でお馴染みの『ダルマ画鋲』が、たっぷり100個ほど詰まっていた。
「これは……? 小さな針のようですが、随分とカラフルですね」
ライザが不思議そうに首を傾げる。
「うん、『画鋲』って言ってね、本来は紙を壁に刺して留めるための文房具なんだけど。……作戦はこうだ。ライザは前衛、僕とサリーは後衛に回る。そして、僕らの陣地の数十メートル手前の獣道に、この画鋲をばらまいて罠を作るんだ」
「罠、ですか?」
「そう。僕がまず、遠距離から弓矢で先制攻撃を仕掛けて、ゴブリンを一体仕留める。仲間をやられて激昂したゴブリンの群れは、必ず僕たちを目掛けて一直線に突っ込んでくるはずだ」
太郎はニヤリと、悪だくみをする商人のような笑みを浮かべた。
「でも、ゴブリンは鉄のブーツなんて履いてない。裸足か、せいぜいボロ布を巻いているだけだ。そんな奴らが、全力疾走でこの『上を向いた鋭い針の山』に突っ込んだら、どうなると思う?」
「……なるほど!!」
ライザの瞳が、ハッと大きく見開かれた。
「画鋲に足の裏を貫かれ、激痛で足を取られて転倒している所を……機動力の死んだ隙だらけの敵を、私とサリーで安全に仕留めるのですね!」
「太郎さん、あったま良い〜っ♪」
サリーが声を殺しながらも、パチパチと手を叩いて喜んだ。
「さぁ、準備しよう。これが僕たちの『戦わずして勝つ』戦術だ」
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数分後。
獣道に画鋲のトラップを敷き詰めた太郎たちは、茂みに身を隠し、標的が現れるのを待っていた。
「……来ました」
ライザの鋭い視線の先、森の奥から、醜悪な緑色の小鬼――ゴブリンが姿を現した。
数は五体。手に錆びた鉈や棍棒を持ち、涎を垂らしながら下品な鳴き声を上げている。
(よし……落ち着け。距離は約二十メートル。ライザの教え通り、背中の筋肉を使って……)
太郎は静かに立ち上がり、ショートボウに矢をつがえた。
ギリッ……と弦を引き絞る。
狙うは、先頭を歩く一番体の大きなゴブリンの眉間。
(一射……必中!!)
シュッ!!
太郎の指先から放たれた矢は、風を切り裂き、見事な放物線を描いて――。
ドスッ!!
「ギャベッ!?」
先頭のゴブリンの眉間に、深く突き刺さった。
ゴブリンは白目を剥き、そのままドサリと仰向けに倒れ伏す。見事な一撃必殺だった。
「ギ、ギヤアアアッ!?」
「ゴギャギャギャギャッ!!(ニンゲンダ! コロセェ!)」
突如仲間を殺された残りの四体のゴブリンたちは、血走った目で太郎を発見し、怒り狂って一直線に突進してきた。
「さぁ、来い……!」
太郎は二の矢をつがえながら、じっとその時を待つ。
ゴブリンたちが、太郎たちが仕掛けた『見えない地雷原』へと足を踏み入れた、その瞬間だった。
「ギギャッ!?」
「グギッ!? イダイ! 足、イダイィィッ!!」
ズブッ、ズブッという嫌な音と共に、カラフルなダルマ画鋲がゴブリンたちの不潔な足の裏に深く、容赦なく突き刺さった。
ただの平らな画鋲とは違い、持ち手のあるダルマ画鋲は、地面に落ちると高確率で針が上を向く、最悪の踏み抜きトラップなのだ。
激痛に悲鳴を上げ、ゴブリンたちは次々とバランスを崩して前のめりに転倒していく。
「今ですわ!! ハァッ!!」
そこへ、待ってましたとばかりに紅蓮の戦乙女が飛び出した。
ライザが腰の鞘から、美しく反った『片刃の長剣』を抜き放つ。
閃刃。
銀色の軌跡が宙を舞う。
足の裏に画鋲を突き刺して悶え苦しむ無防備なゴブリンの首を、ライザはまるで踊るような華麗なステップで、一体、また一体と確実に斬り捨てていった。
「サリー!! 仕上げを!!」
残る二体を前に、ライザが大きく後方へとバックステップを踏む。
「任せて! ライザ、どいて!」
後衛で魔力を練り上げていたサリーが、白杖(聖樹の杖)を前方に突き出した。
「火の神よ、かの者に浄化の炎を……『ファイヤボルト』!!」
杖の先端から、灼熱の炎の塊がドカンッ! と撃ち出された。
ドガガガアアン!!
炎の塊は画鋲でもがくゴブリンたちに直撃し、凄まじい爆発と熱波を周囲に撒き散らした。
「ギャアアアアッ……」
断末魔と共に、残りのゴブリンたちは一瞬にして黒焦げの炭と化した。
「……ふぅ。終わったね」
太郎は張り詰めていた息を吐き出し、弓を下ろした。
「やった! 倒した!」
「ええ、やりましたね。太郎殿の罠のおかげで、私はかすり傷一つ負うことなく、安全に敵を処理できましたわ。素晴らしい戦術です」
ライザが剣の血糊を払い、カチャリと鞘に収めて微笑む。
「ムフフ〜ん! 見た!? 私の魔法! これで私達のパーティーの初勝利よ!」
サリーがVサインを作って得意げに胸を張る。
知略の弓兵、凄腕の剣士、そして魔法使い。
三人の見事な連携と、現代の「100均文房具」が生み出した悪魔的なトラップにより、太郎たちの初陣は、完璧な無傷の勝利で幕を閉じたのだった。
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