EP 2
初めてのスキルと、森のクマさん……じゃなくてウルフ
「う……痛っ……」
全身を襲う鈍痛と共に、太郎は目を覚ました。
背中に感じるのはゴツゴツとした土と草の感触。見上げれば、見たこともない巨大な樹木が天を覆い隠すように生い茂っている。
「うぅ……ここは何処だ?」
太郎はよろめきながら身体を起こし、周囲を見渡した。
鬱蒼とした森の中だ。空気はひんやりとしていて、どこからか得体の知れない獣の鳴き声が聞こえる。
「えっと……まずはスキルの確認だよな。100円ショップ!」
太郎が念じると、目の前の空中に半透明の青いウィンドウが「ポンッ」という軽い電子音と共に現れた。
【 異世界100円ショップへようこそ! 】
画面のレイアウトは、太郎が見慣れた通販サイトや、バイト先のセルフレジの画面にそっくりだった。
ご丁寧に『初回チュートリアル』というポップアップまで出ている。
「説明書を読む、と……」
《システム説明》
地球の100円ショップ(および一部300円~500円商品)のラインナップを呼び出せます。
商品の購入には『ポイント(P)』を使用します。基本レートは1商品=100Pです。
ポイントチャージ:『素材回収ボックス』に現地の素材(石、草、魔物の死骸など)や不用品を入れることで、査定額に応じたポイントが加算されます。
「何々……初回異世界転生ボーナスにより1000ポイント支給。後は素材を入れて加算されます……なるほど」
現在の所持ポイントは【1000P】と表示されている。
とりあえず、この危険そうな森を歩くには手ぶらでは心許ない。
「まずは……武器が要るよな」
画面をスクロールし、『キッチン用品』→『包丁・ナイフ』のカテゴリをタップする。
ずらりと並ぶ、見慣れたステンレス製の包丁たち。
【 万能三徳包丁:100P 】
[購入しますか? YES / NO]
「YES」を押すと、光の粒子が集まり、太郎の手にパッケージに入った包丁が現れた。バリバリとパッケージを破り、柄を握る。
「……これでどうするんだ? 僕は喧嘩なんてした事ないし……」
頼りない輝きを放つ薄い刃を見つめ、太郎は溜息をついた。
剣道の経験すらない。あるのは、千切りと皮剥きのスキルだけだ。
「取り敢えず、人に会わないと」
太郎は包丁を右手に、あてどなく歩き出した。
数時間後。
日が暮れ始め、森は急速に闇に包まれていった。
「はぁ、はぁ……腹減った……」
緊張と疲労で、空腹感が限界を超えていた。
太郎は少し開けた場所を見つけると、足を止めた。
「とにかく何か食べよう。腹が減っては戦はできぬ、だ」
周囲に落ちていた枯れ枝を集める。
そして再びスキルを発動。『アウトドア・行楽用品』と『食品』カテゴリを開く。
着火用ライター(2本セット):100P
天然水(2L):100P
焼き鳥缶詰(たれ味):100P
「よし、購入」
[消費:300P / 残り:600P]
チャキッ、ボッ。
ライターで枯れ葉に火をつけ、小枝をくべる。ゆらめく炎が、心細い太郎の心を少しだけ温めた。
「飯が出せるってのは良いよな……」
パカッ。缶詰を開けると、甘辛い醤油ダレの匂いが湯気と共に立ち上る。
一口食べると、化学調味料の味が身体に染み渡った。いつもの味だ。美味い。
ガサッ……。
「ん?」
背後の茂みが揺れた。
風ではない。明らかに何かが踏みしめる音。
「グルルルル……」
闇の中から現れたのは、犬ではない。
体長1メートルはある、凶悪な牙を持った狼――ウルフだった。
その瞳はギラギラと赤く光り、口からはダラダラと涎を垂らしている。明らかに、焼き鳥の匂いではなく、太郎という「生肉」を狙っていた。
「う、うわあああ! 来るなあ! 来るなあ!」
太郎は腰を抜かしそうになりながら、三徳包丁をめちゃくちゃに振り回した。
「あっち行け! シッシッ!」
しかし、ウルフはそんな素人の動きなど意に介さない。
獲物の弱さを確信したのか、ゆっくりと、確実に距離を詰めてくる。
「ひぃっ……!」
殺される。食われる。
恐怖で思考が真っ白になりかけたその時、バイト先の防犯訓練の記憶が蘇った。
コンビニには、強盗対策のアレがある。
「そ、そうだ!」
太郎は震える指で空中のウィンドウを連打した。
『防犯・防災グッズ』カテゴリ!
【 携帯用・防犯スプレー(カプサイシン配合):100P 】
「出ろぉぉぉ!!」
[消費:100P / 残り:500P]
太郎の左手に、小さなスプレー缶が出現する。
ウルフが地面を蹴り、飛びかかってきたその瞬間。
「食らえぇぇぇ!!」
太郎はウルフの顔面に向けて、スプレーを全力で噴射した。
プシュゥゥゥゥーーーッ!!
高濃度のトウガラシ成分を含んだ赤い霧が、ウルフの目と鼻を直撃する。
「ギャウウン!? キャン、キャイーン!!」
鋭敏な嗅覚を持つウルフにとって、それは地獄の刺激だったのだろう。
ウルフは空中でバランスを崩し、地面にのたうち回って顔をこすりつけ始めた。
「うわあああ!」
太郎はその隙を見逃さなかった。
トドメを刺す? そんな勇気はない。
太郎はスプレーと包丁を握りしめ、一目散に逆方向へと逃げ出した。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」
枝が顔に当たろうが、ジーンズが泥だらけになろうが構わない。
ただひたすらに、暗闇の中を走り続けた。
どれくらい走っただろうか。
肺が焼き切れそうになった頃、木々の隙間から温かな光が漏れているのが見えた。
「あ……」
森を抜けると、そこには畑と、いくつかの小さな家屋が並んでいた。
窓から漏れるランプの光。
「む、村……?」
助かった。
そう思った瞬間、張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れた。
「……よかった……」
太郎はその場に崩れ落ち、泥のように意識を失った。




