11. 自覚
あの日から彼を見る私の目が変わった気がする。
暗殺者にとって人間など下等生物で、自ら逃げて窮地に陥っている私を助ける意味はない。
それでもニコライは当然のように来てくれた。
たとえ目的が血液のためという理由だったとしても、本当に嬉しかったのだ。
不覚にも彼の胸の中で泣いてしまうくらいに。
今日もまたいつも通り廃城で洗濯物を干していると空から降ってきたニコライはスンスンと鼻先を首筋に押し付けてからガブリと噛みついた。
痛みはあるものの慣れもあって反応することなく、作業を続けていると抗議するつもりなのか。
動きを遮るようにしっかりと後ろから抱き締められる。
「邪魔しないでほしいんだけど…。」
「邪魔してるつもりはないよ。俺は俺のしたいことをしてるだけ。ハンナはハンナのしたいことすれば良い。」
「動きが制限されてて出来ない場合は?」
「その場合は俺が優先ってことで諦めよっか。」
ぐるりと視界が空に向くのと同時に感じる浮遊感。
お姫様抱っこをされたのだと気付いた時にはベッドルームへと移動していた。
ギジリとスプリングが悲鳴を上げる音を聞きながらニコライをじっと眺めていると特徴的な牙を見せながらニンマリと笑みを浮かべる。
「大人しくなったよね。気持ちの変化でもあった?」
「なっ、そんなことない。」
「そ?まぁ俺としては嬉しい限りだけど。」
ぷつりと胸元までシャツのボタンを開けて首筋を露わにさせると、先程と同じように噛み付いたようだ。
こうなると暫くは解放してくれないことを理解しているため、暇だと視線を天井にある照明の数を数えていた。
「…ハンナ。」
「なに。」
「アイシテルヨ。」
「っ!?」
「一度も伝えてなかった気がしてさ。」
「誂ってる…?」
「人間を誂うならもっと面白いことするよ。指一本ずつ折るとかさ。」
「それ、誂うって言わない。拷問だよ。」
「そうか?拷問なら折るより切っていくほうが楽しいでしょ。」
笑顔でそういう彼はやはり普通の思考を持っているわけが無い。
それでも"アイシテル"の言葉が嬉しくないと言えば嘘になる。
多少なりともそれで気分が高揚した私も大概だとため息をこぼした。
「それで?」
「え?」
「返事はくれないの。」
「…返事って。」
「何かに好意持つの初めてだからなぁ。何をしたら喜ぶんだろ。ちょっと待ってて。」
彼は残像とともに消えていってしまう。
いきなりのことで返事する間もなかった。
元々強引な性格であるニコライの突然な行動に呆れながらもいつもの事かと開けていた服のボタンを戻しながら起き上がろうとすると戻ってきた彼に遮られる。
「早くない?」
「取りに行くだけだったからね。」
目の前に表れたのは色とりどりのリボンが掛けられた箱で大きいものから小さいものまで形も様々だ。
女性はプレゼントされると喜ぶんだろと頬を掻きながらそう言う彼は照れくさいようで、視線を窓の外に向けている。
促されるまま大きな箱を開けてみると、着たことのないような上質な布でできたワンピースがいくつも入っていた。
ドレスを選んでこない所が彼女の性格を理解している彼ゆえだろう。
小さな箱にはアクセサリーが入っているようだ。
その中の一つ。
外側のケースまで手の込んだ作り手の平サイズのそれは見るからに他のと違う。
「それは俺が開けるよ。」
さらっと手から奪うと中のケースを取り出した。
中が透ける赤いガラスケースには黒い薔薇が敷き詰められ、中央に黒色のリングが嵌め込まれている。
台座の部分には1ctはある赤い宝石が光り輝いていて、まさかと二度見した。
「これってレッドダイヤモンド!?世界一高価な宝石じゃなかった…?」
「そんな名前だっけ。」
「金額恐ろしすぎて聞けない…。」
「値段見てないから知らないけど、高くないと思うよ。」
そんな事を言いながらさり気なく手を取られ、左手の薬指に通していく。
ピッタリとはまった指輪にいつの間に測ったのだろうと視線を向けると楽しげに笑みを浮かべている。
「これで俺以外は触れられなくなるよ。」
「…え?どういう意味?」
「リングに地獄の番犬を入れておいたんだ。触ろうものならその腕は喰い千切られる。」
「そんな怖いもの要らない!」
あまりにも危険すぎると外そうとしてみたが、全く取れる気配はなく。
一度付けたら二度と外せないと耳打ちされた。
何で仕様のものを作ってくれたのだ。
この廃城に居る限りはニコライ以外に触れられることはないだろうが、もし何処かに出掛ける事があったら細心の注意を払わなければならない。
こちらの事など全く気にすることなく満足げな表情を浮かべる彼に大きな溜め息を溢すのだった。




