九月 辻本 望
好きなことを生業にしてもいいのでしょうか?
残暑を引きずる秋。C組で真紀と朝子とでお昼を食べていた。するとそこに一年生の女の子が。あ、何か見たことある。(自分で言うのは恥ずかしいが)確かファンの子だ。
「辻本先輩、今度のライブ行きます!頑張ってください!」
可愛くキャッキャッ言いながら手を振る彼女たちに、私は引きつった笑顔で返した。と。
「望ちゃん?」
隣から低い声で揃えて、真紀と朝子が身を乗り出してきた。そう、私は彼女たちにライブの事を教えていなかったのだ。理由は、
「あんた達いるとやりにくいから・・・・」
「何がやりにくいって?」
と、今度は背後から男の声。振り返ると仲林君を連れた館君が立っていた。何立ち聞きしてんだよ、あんたは!しかし私の思いもそっちのけで朝子が館君たちにライブの事をベラベラと喋る。あぁ・・・
「テンポ速い。」
休日、私はスタジオに行きバンドのメンバーと練習するのが習慣。メンバーの中でベースを担当しているのは私の実の兄。兄さんはコードを確認しながら淡々と話す。
「それに声もうわずってる。緊張でもしてるのか?珍しい。」
「うっさい!」
図星だったので私は怒鳴ってはぐらかした。飲んでいた水を置いて、私はまたマイク前に立った。
「じゃ、もう一回・・・」
「何か焦ってんのか?」
え。
「まぁ悩める高校三年生だからな。色々あるんだろ。」
また、図星だった。
・・・・色々あるから悩んでる。焦っている、といのも嘘じゃない。この時期、もう進路を決定していかなくてはいけない。クラスの雰囲気も何となく夏休み前とは違っていた。そこで私は考えた。
歌を生業にしてもいいのでしょうか?
それとも趣味のままがいいのでしょうか?
こういうのって実力勝負の世界だから、仕事として成り立つ保証なんてどこにもない。仮に仕事として成立したとしても、それを持続出来るのかもわからない。それに仕事となれば当然意に添わないことも我慢しなくちゃいけないだろうし・・・っていうかそういのよ
りも─────
次の日、放課後何となくすぐに帰宅する気がなくて校内をうろついていた。食堂の入り口にあるパックジュースの自販機のボタンを押して、私はコーヒー牛乳を買った。普段はブラックの缶コーヒーを飲むけど、今日は何かこっちの気分だった。
・・・・はぁ。
「何だ?でっかい溜め息。」
えっ!横を見ると自販機にお金を入れている館君がいた。びっくりした・・・。そういやここの所二人だけで話したりしてなかったな。ま、あまり二人きりになりたくなかったんだけど・・・
「何か悩んでんのか?」
ツンツン頭を下げてジュースを取り出すと、ストローを刺して一口飲んだ。私もストローを刺す。
「・・・別に。」
はぐらかすように、彼に背中を向けて。
「だよな。辻本が悩むなんてありえねぇわ。頭もいーし、顔もいーし、スタイルもいーし。」
・・・単純で良かった。だけど顔やスタイルがいいって・・・いつも私のどこを見てるんだ、こいつ。悪い気は・・・しない、けど。
そういえば。
「・・・館君はまだ進路決めてないんだっけ?」
甲子園が終わった後、みんなで集まって花火をした。その時、館君はまだ将来のことを決めてないようなことを言っていた。私はてっきりプロに行くのかと思ってたけど・・・
「なんだ、進路の事で悩んでたのか?」
館君はケラケラ笑いながら言った。
「辻本は歌があるからいいじゃねぇか。」
無邪気に言う彼の顔が、急に腹立たしく思えた。何も・・・何も知らないくせに、笑ってんじゃないわよ!
バン!
私はパックのコーヒー牛乳を投げつけた。館君は上手い具合にそれを受けるが、驚いて笑顔を消した。そして私は何かが壊れたように、言葉があふれ出た。
「人の気も知らないで簡単に言わないで!どうしたらいいかわかんないの!歌で食ってく自信なんてないのよ!それにっ、私だってまだやりたいことも知りたいこともいっぱいあるんだから!馬鹿っ!」
バチィィィン・・・
私は最後に八つ当たりとしか言いようのない平手を館君に食らわして、その場を駆け出した。
早い時期に目標を定めると、他のものが見えなくなる。私はそれが怖かった。
朝子は絵が好き。だから芸大を目指す。
真紀は水泳が好き。だから体育大を目指す。
みんなやりたいことをやりに大学へ行く。
私は音楽が好きだけど音大に行きたいわけじゃない。音楽に携われたらいいどんな仕事でも、なんて広い視野も心もない。だけど歌で食べていく自信はないし、色んな事を知りたい。だけどやっぱり歌いたくて・・・
あぁぁぁぁ、もう!堂々巡りでイライラする!私は頭を掻きむしった。ふと、その掻きむしった手がジンジンするのに気づいた。さっき館君を殴ったからだ。その少し赤くなった手をジッと見つめた。
もし言われた相手が仲林君だったら、私はきっと殴ってなかった。館君との方が仲がいいし遠慮もないので叩けたのかもしれない。だけどそれだけじゃなくて・・・
「辻本。」
いきなり肩を掴まれて、体を反転させられた。目の前にいたのはまた館君だった。げっ、八つ当たりの後じゃ気まずい。館君の左頬、まだ赤いし。私は恐る恐る口を開いた。
「な、何?」
「一言お前に言っておきたくってな。」
すると館君はフッと右手を振り上げた。
ぶたれるっ!私は身をちぢ込ませた。
・・・しかし。
ポンポン。
え?
頭、撫でられてる?
頭の上から、優しい館君の声が聞こえる。
「歌っていう好きなことがあって辻本はラッキーだって言いたかったんだよ、俺は。」
「ラッキー・・・?」
「俺もそう。野球があってラッキー。」
私はゆっくり顔を上げた。館君は私を見てニカッと笑う。そして私の頭の上にあった手を自分のポケットに入れた。
「今ってさ、何やっていいかわかんない奴ってたくさんいるじゃん?打ち込めるものとか、やりたいこととか、夢とかわかんない奴。でも意外とそれが普通かもしれなくて・・・だから俺らみたいなのはラッキーだったんだよ。でも・・・だからって道を狭める必要もなくてさ。なんつーか、やっぱ最後決めるのって自分じゃん?で、それまではいっぱい迷っていいと思うわけよ。何かを探しに大学行くってのもいいと思うぜ?」
・・・なんで私の欲しい答えがわかるんだろう、この人。それにどうして今私嬉しいんだろう。
「で、でも迷ってばっかりじゃ甘えすぎよ。」
こんな私のネガティブな思いも、彼にかかれば
「いいんだよ、甘えたって。だって俺達まだ学生なんだから。」
と、笑顔と一緒にポジティブな思いになって返ってくる。
「世の中に出たらこれっぽっちも甘えてられないんだからさ。後悔してもいいからお前らしく進路選べよ。」
・・・『私らしく』────
選ぶべき道を選ぶのではなく、
選びたい道を選ぼう。
そうすればどんな結果でも自分は納得できるはず。
当たりでもはずれでも、選んだのは自分なんだから!
「け、ど。」
館君はビシッと人差し指を立てた。
「音楽やる気あるくせに自信なーい、とか言って大学に逃げるってのはどうかと思うぞ。」
「逃げないわよ。」
なんだかすんなりと出た言葉。自分なりの答えはまだ出していないはずなのに、心が勝手に喋ったみたいな。そんな私を見て、館君はまた笑っていた。私は何だか悔しくて、館君の足を蹴る。
「いってぇ!」
痛がって飛び跳ねる館君を見ながら、私も笑ってやった。この二度の八つ当たりのお詫びはライブで返さなきゃね。私は舌を出してからもうオレンジ色に染まった廊下を駆けていった。
・・・そして不本意ながらもうひとつわかったことがある。どうしてあの時館君を殴ってしまったのか。あれは仲がいいとか遠慮がない相手だからというだけじゃなくて、私の事をわかっていて欲しい人だったからだ。結局彼はちゃんと私のことわかっててくれたわけだけど・・・。でもそれって・・・『アレ』、だよね。たぶん・・・私は館君の事『アレ』なんだよね・・・・・・・・私としたことが。不覚だわ。




