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10話 石壁の間合い

 ガツン、と鈍い音が響いた。


「……あ」


 槍の柄が石壁にぶつかった。


 身体の横に沿わせていた槍を前へ向けようとして、後ろへ伸びた柄を壁に当ててしまったのだ。


「彩人、大丈夫?」


 前を歩いていた紬が振り返る。


「槍は平気。でも、思ってたより狭いな、この通路」


「だから言ったでしょ? 長い武器だと大変かもしれないって」


「聞いてたけどさ。実際に来ると全然違うな」


 俺は槍を持ち直し、周囲を見渡した。


 灰色の石を積み上げた通路が、薄暗い奥へ伸びている。二人並んで歩くには十分な幅があるものの、長い槍を横に動かすには少し窮屈だ。壁には淡い光を放つ石が埋め込まれ、少し先には左右へ分かれる通路が見えていた。


 多摩第一迷宮の森とは、まるで違う景色だった。


 あちらでは木々の隙間から空が見え、湿った土や草の匂いがしていた。けれど、ここには空がない。靴底が石床を踏む音は壁に反響し、少し離れた場所で何かが動いても、どちらから聞こえてくるのか分かりにくかった。


「何だか、古い城の中みたいだな」


「石造回廊型の迷宮だからね。こういう通路のほかにも、広間や小部屋があるよ」


 紬はそう答えながら、腰に下げた片手剣の位置を確かめていた。


 ひよりとの訓練から数日後。俺たちは予定していた石造りの迷宮へやって来ていた。


 事前に協会の資料を調べ、出現する魔物や第一階層の地図も確認してある。今回は入口からあまり離れない範囲で探索し、新しい環境に慣れるのが目的だ。


「じゃあ、行こっか。曲がり角では一度止まってね。こういう場所だと、魔物がいきなり飛び出してくることもあるから」


「了解」


 紬が歩き出す。


 俺はその後ろを進みながら、槍の構え方を確かめた。普段のように横へ大きく動かすのは難しいが、穂先を前に向けておけば突くことはできる。後ろへ伸びた柄を身体の脇に引きつけ、少しだけ膝を曲げてみた。


「……これなら、何とかなりそうか」


「色々試すのはいいけど、無理に振り回さないでね」


「大丈夫。もう一回壁にぶつけたら、さすがに恥ずかしいし」


「結構いい音してたよ?」


「忘れてくれ」


 紬がくすっと笑った。


 俺も苦笑しながら、槍を握り直す。


 この場所で戦うなら、いつもと同じ感覚では駄目なのだろう。分かってはいるが、実際に魔物を相手にしたとき、どこまで対応できるかは分からなかった。


     ◇


 迷宮へ入って二十分ほど経った頃、紬が足を止めた。


「彩人、静かに」


 俺もすぐに立ち止まる。


 通路の奥から、かりかりと硬いものを引っ掻くような音が聞こえてきた。


「……魔物か?」


「たぶんね。少し確認する」


 紬が左手を開いた。


「《境界感知》」


 彼女を中心に淡い光が幾重にも広がり、すぐに空気へ溶けるように消えた。


 紬自身を中心に薄い境界を展開し、そこを横切った動きを察知する能力だ。


「……正面。一体、こっちへ動いてる」


 紬が通路の先へ視線を向けたので、俺も槍を構えて待った。曲がり角の向こうから灰色の影が現れる。


 最初は岩の塊が動いているのかと思った。だが、よく見ると四本の脚と長い尻尾があり、石の破片を重ねたような鱗が背中を覆っている。太い爪が床を引っ掻くたび、硬い音が通路に響いた。


「……あれが石甲蜥蜴か」


「うん。資料に載ってたやつだね」


 石甲蜥蜴。


 この迷宮の浅い階層に出現する、Eランク相当の魔物だ。背中の鱗は硬いものの、首や脚などは比較的鱗が薄く、壁を登るときには鋭い爪を使うらしい。


 全長は尻尾を含めて一メートルほど。写真で見たときよりも大きく感じる。


「彩人、一匹だし、やってみる?」


「ああ。危なそうだったら援護を頼む」


「うん、任せて。無理はしないでね」


 紬は剣を抜き、俺の斜め後ろへ下がった。


 俺は槍を正面に構え、石甲蜥蜴との距離を測る。相手は身体を低くしたままこちらを見ており、尻尾の先だけがゆっくりと左右に動いていた。


 焦って攻撃する必要はない。まずは相手がどう動くのか確かめよう。


 そう考えた直後、石甲蜥蜴が床を蹴った。


「っ!」


 速い!


 俺は咄嗟に槍を突き出したが、蜥蜴は身体を右へずらして穂先をかわした。そのまま右側の壁に沿って駆け抜けようとする。


 逃がすまいと槍を横へ振った。


 ガンッ!


 穂先が石壁を叩き、硬い衝撃が両手に伝わった。


「くそっ!」


 槍を戻そうとしたときには、蜥蜴はすでに穂先より内側へ入り込んでいた。低い姿勢のまま俺の脚へ向かってくる。


 近すぎる。


「彩人、下がって!」


 俺は後ろへ跳んだ。


 鋭い爪が靴の先を掠めた直後、床に淡い光の線が走る。


「《境界線》!」


 紬が通路を横切るように境界を作った。蜥蜴がその線を越えた瞬間、突進の勢いが鈍る。


 紬は俺の横から踏み込み、短い剣を振るった。魔物の首へ刃が入り、石甲蜥蜴が床を転がる。


 しばらく脚をばたつかせていたが、やがて動かなくなった。


「……助かった」


 俺が息を吐くと、紬は剣を下ろして振り返った。


「怪我は?」


「ああ、ない。でも、全然駄目だったな」


「さっき、避けられたあとに槍で追いかけようとしたでしょ?」


「うん。あれで壁にぶつけた」


「ここだと、横に追いかけるのは難しいよね。避けられたら、無理に当てようとしない方がいい場合もあるよ」


 俺は槍の穂先を確かめた。


 さっきは相手が横へ動いた瞬間、反射的に槍で追ってしまった。通路の幅を考えれば、ぶつかるのは当然だったのかもしれない。


「……次は気をつけるよ」


「うん。それじゃ、素材を回収しよっか」


「切り替え早いな」


「だって、せっかく倒したんだし」


 紬はそう言って笑った。


 俺たちは周囲にほかの魔物がいないことを確かめ、石甲蜥蜴の解体に取りかかった。


 硬い鱗は刃を入れにくく、講習で扱ったホーンウルフとは勝手が違う。紬に教わりながら魔核と価値のある素材を取り出し、専用のケースと袋へ収めていく。


 実際の探索中は、作業に集中しすぎるわけにもいかない。交代で周囲を見張りながら進めていたら、思った以上に時間がかかってしまった。


「戦うより、こっちの方が長かったんじゃないか?」


「慣れないうちはそんなものだよ。でも、解体に時間をかけすぎると別の魔物が来ることもあるから、少しずつ覚えていこうね」


「ああ。覚えることが多いな……」


「探索者になったばっかりなんだから、当然でしょ?」


 その通りなので、何も言い返せなかった。


 さらに奥へ進むと、通路の造りが少しずつ変わってきた。


 途中には一人が通れる程度の細い脇道もあったが、地図で確認した予定の経路から外れている。俺たちはそちらへは入らず、柱が並ぶ広い通路を進んだ。


 壁には浅い装飾が刻まれ、石の継ぎ目を指でなぞると、ざらりとした感触があった。見た目だけなら、何百年も前に建てられた城の回廊と言われても信じてしまいそうだ。


「……こうして見ると、本当に誰かが建てた建物みたいだな」


「そうだね。古いお城とか、神殿みたい」


「誰が造ったんだろうな」


「それは私にも分からないなあ。迷宮の構造については、まだ分かってないことも多いからね」


 紬も興味深そうに天井の装飾を見上げたが、すぐに視線を通路へ戻した。


 森の迷宮には森があり、ここには石造りの回廊がある。景色だけでなく、出現する魔物まで違うのだから不思議なものだ。


 もう少し調べてみたい気持ちはあったものの、今は探索中だ。俺は壁から手を離し、紬の後ろへ戻った。


 やがて、通路の先に広い空間が見えてきた。


 これまで歩いてきた通路の何倍もの幅があり、左右には太い石柱が並んでいる。天井も高く、槍を動かす余裕は十分にありそうだった。ただし、柱の陰は見通しが悪く、床には小さな石片が散らばっている。


「ここ、地図に載ってた広間かな?」


「うん。まだ第一階層の浅い区域だね」


 紬が地図を確かめていたとき、奥の方から爪を引っ掻く音が聞こえた。


 俺たちは顔を見合わせ、すぐに足を止める。


「……また石甲蜥蜴か?」


「かもしれないね」


 紬が《境界感知》を使い、少しの間、黙って広間の奥へ意識を向けた。


「一体、こっちへ動いてる」


 俺は槍を構える。


 広間の奥から姿を現したのは、やはり石甲蜥蜴だった。左奥から進み、こちらを見つけると身体を低くして足を止めた。


「彩人、今度はどうする?」


「……もう一回やってみたい。紬は周りを見ててくれるか?」


「うん。任せて」


 俺は槍を正面へ向け、ゆっくりと息を吐いた。


 今度は通路よりも広い。横へ動かす余裕もあるが、だからといって無理に振り回せば、また相手に隙を見せることになるだろう。


 石甲蜥蜴はこちらを警戒し、前脚を一歩ずつ動かしている。


 どう攻めるか考えていたところで、頭上から小さな音がした。


 ぱらっ、と石の欠片が落ちてくる。


「……ん?」


 顔を上げた瞬間、息が止まった。


 右側の柱の上。灰色の石に紛れるように、もう一匹の蜥蜴が張りついていた。


「紬、右上!」


 俺が叫ぶと、紬もすぐに振り返った。


「もう一匹……!」


 柱に張りついた石甲蜥蜴は、それまでほとんど動いていなかったらしい。身体の色も石に似ているため、見つけるのが遅れてしまった。


 俺たちが気づいたと分かったのか、柱の上の魔物が身体を起こす。それとほぼ同時に、床にいた一匹がこちらへ走り出した。


「彩人、下の方をお願い! 上は私が引き受ける!」


「分かった!」


 俺は短く答え、正面へ意識を戻した。


 石甲蜥蜴が低い姿勢のまま迫ってくる。俺は穂先を下げたが、すぐには突かず、相手がどう動くかを見た。


 距離が縮まるにつれ、蜥蜴は槍を警戒して速度を落とした。穂先を右へ向けると、今度は反対側へ回り込もうとする。


 その動きに合わせ、俺も少しだけ足を動かした。


 無理に槍で追いかける必要はない。自分の位置を変えれば、相手が通ろうとする場所へ穂先を向けられる。


 石甲蜥蜴が大きく左へ回り込もうとしたところで、俺は一歩踏み込み、短い突きを放った。


 穂先が床をかすめ、蜥蜴が慌てて後ろへ跳ぶ。


 外した。


 けれど、今度はそこで攻撃を止めた。


 槍を引き戻して構え直すと、蜥蜴は左側の壁際へ下がった。俺も少しずつ左へ寄り、魔物が壁沿いに逃げようとする先へ穂先を向ける。


 そのとき、右側から激しい金属音が響いた。


 振り返りたい衝動をこらえ、目の前の魔物から視線を外さない。


 紬が戦っているのだろう。彼女なら大丈夫だと信じたいが、こちらの相手から注意を逸らせば、俺まで危険になる。


 石甲蜥蜴が突然床を蹴った。


 今度は俺の左脇を抜けようとしている。


 だが、壁との間には大きく動き回れるほどの余裕はない。俺は身体の向きを変え、逃げようとした先へ槍を突き出す。穂先が蜥蜴の脚を捉えた。


「よしっ!」


 確かな手応えがあった。


 しかし、傷を負った蜥蜴は身体を激しくひねり、槍を振りほどこうとする。柄を通して両腕へ重い衝撃が伝わり、俺は歯を食いしばった。


 無理に押さえ込むのは危険だ。


 俺はすぐに槍を引き、後ろへ下がった。蜥蜴は傷ついた脚をかばいながら向きを変え、口を大きく開いて威嚇してくる。


 そこで、右の金属音が止んだ。


「彩人、こっちは倒した!」


 紬の声が響く。


 横目で見ると、柱から飛び降りてきた石甲蜥蜴が床に倒れていた。紬は剣を構えたままこちらへ向き直り、俺の相手がまだ動いているのを確かめる。


「紬、逃げる方を塞げるか!?」


「うん!」


 傷ついた石甲蜥蜴が、俺の左側を抜けようと動き出す。そこへ紬が手を伸ばした。


「《境界線》!」


 魔物の進路を横切るように、床に淡い光が走った。

 石甲蜥蜴はそのまま突っ込んだが、境界を越えた瞬間に勢いが削がれ、傷ついた前脚が石床を滑った。


「今!」


 俺は槍を突き出した。


 相手が止まったところへ、まっすぐ穂先を送り込む。今度は避けられず、槍が魔物の首元へ食い込んだ。

 石甲蜥蜴が激しく暴れ、槍を押し返そうとする。


 しかし、俺が踏ん張ったところで、紬の剣が横から閃いた。

 刃は石甲蜥蜴の首を深く切り裂いた。魔物は石床に崩れ落ち、そのまま動かなくなった。


「……ふうっ!」


 俺は槍を引き抜き、大きく息を吐いた。


 手のひらが汗で湿り、腕にはまだ魔物が暴れたときの衝撃が残っている。


「彩人、大丈夫?」


 紬が近づいてきた。


「ああ。怪我はない。紬は?」


「私も平気だよ。上にいたやつ、気づいてくれて助かった」


「いや、たまたま石が落ちる音がしただけだって」


「それでも、見落とさなかったのは大事だよ」


 紬はそう言って笑った。


 俺は倒れた二匹の魔物へ目を向ける。


 最初に戦った一匹には、まともに攻撃を当てられなかった。けれど今度は、自分で相手の動きを考え、槍を届かせることができた。


 結局、仕留めたのは紬だったが、さっきよりは少し役に立てたと思う。


「……ひよりとの訓練、無駄じゃなかったな」


「うん。最後の動き、ちゃんと相手の逃げる方向を考えてたでしょ?」


「ああ。でも、思ったところへ突くのはまだ難しいな。最初の一発も外したし」


「それは練習していくしかないね。ひよりに話したら、また付き合ってくれるんじゃない?」


「付き合ってくれるのはありがたいけど、次はもっと難しいことをやらされそうだな……」


「ふふっ、ありそう」


 紬が楽しそうに笑う。


 俺もつられて笑ったが、石甲蜥蜴が暴れたときの重さは、まだ腕に残っていた。


     ◇


 二匹の魔核と素材を回収したあと、俺たちは広間の端で休憩することにした。


 柱の陰を避け、通路の様子が見える場所に腰を下ろす。水を飲むと、張りつめていた身体から少しずつ力が抜けていった。


「どう? 初めての石造りの迷宮は」


 紬が隣で尋ねてきた。


「思ってたより難しいよ。最初は壁に槍をぶつけるし、魔物は低くて狙いにくいし……」


「でも、最後はちゃんと壁を利用できてたよね」


「まあ、少しだけな。あれも紬がいてくれたからだけど」


「一緒に探索してるんだから、そこは頼ってくれていいんだよ」


 紬は当たり前のことのように言った。


 俺は水筒を閉じながら、その言葉を少し考えた。


 最初の迷宮では、紬に助けられてばかりだった。今日も最後は助けられたが、それでも自分で魔物の動きを考え、攻撃を当てることはできた。


 まだ小さな変化だが、いつかはもっと頼ってもらえるようになりたい。


 紬が地図を取り出し、俺の前に広げた。


「さて、どうしよっか。予定してた区域は、だいたい見て回れたけど」


 俺も地図を覗き込む。


 広間からはさらに二本の通路が伸びており、どちらも協会の資料に載っている探索区域だ。もう少し進めば別の広間に出られるらしい。


 正直、行ってみたい。


 この迷宮にはまだ知らない場所がたくさんあるし、次は違う魔物に出会えるかもしれない。そう考えると、奥へ進みたい気持ちが湧いてくる。

 けれど、槍を握っていた右手を開くと、指先にはまだ強張りが残っていた。


 さっきの戦闘でも、何度か危ない場面があった。今は紬と一緒だから何とかなっているが、疲れた状態で次の魔物に遭遇したら、同じように動ける自信はない。


「……今日は戻ろう」


 そう答えると、紬が少し意外そうな顔をした。


「いいの? もう少し進みたそうだったけど」


「行きたいのは行きたい。でも、今日はここまでにしておくよ。腕も結構疲れたしな」


「そっか」


 紬は俺の手元に目を落としてから、柔らかく笑った。


「うん。そうしよっか」


 俺たちは荷物をまとめ、来た道を引き返し始めた。


 帰り道も警戒は緩めなかった。曲がり角や分岐では足を止め、地図と周囲の景色を照らし合わせながら進む。紬も《境界感知》を使い、ときどき立ち止まっては周囲の動きを確かめていた。


 幸い、帰りは魔物と遭遇しなかった。


 しばらく歩くと、通路の先に外からの光が見えてきた。石壁に囲まれた薄暗い場所を歩き続けていたせいか、入口が近づいてきただけで肩の力が抜ける。


「……やっぱり、外が見えると安心するな」


「初めての場所だったしね。お疲れさま」


「ああ。紬もお疲れ」


 俺たちは管理施設へ戻り、受付で探索終了の手続きを済ませた。


 持ち帰った魔核と素材を買取に出すと、担当の職員が石甲蜥蜴の鱗を確かめながら声をかけてきた。


「こちらの迷宮は初めてですか?」


「はい。槍が思ったより使いにくくて驚きました」


「長柄武器を使われる方は、最初にそうおっしゃることが多いですね」


「やっぱりそうなんですね……」


 思わず苦笑すると、職員も笑った。


「慣れないうちは、壁に武器をぶつけてしまう方もいらっしゃいますので」


「……気をつけます」


 隣から小さく笑い声が聞こえた。

 見ると、紬が口元を押さえている。


「おい、また笑ってるだろ」


「ごめん。でも、あまりにもぴったりだったから」


「もうその話は終わりにしようぜ……」


 紬は笑いながら頷いたが、まだ肩が少し震えていた。


 まったく、今日の失敗はしばらく忘れてもらえそうにない。

 それでも、悪い気分ではなかった。


 まだ満足に戦えたとは言えないが、次に試したいことはもういくつもある。槍の構え方も、魔物との距離の取り方も、帰ったらもう一度考えてみよう。


「彩人、終わったって」


 紬が受付を指差した。


「ああ、今行く」


 俺は荷物を持ち直し、紬の隣へ並んだ。


 管理施設の出口へ向かう途中、壁に掲げられた迷宮の案内図が目に入った。


 今日歩いたのは、第一階層のほんの一部だ。その先にも通路や広間がいくつも続き、さらに下の階層へ向かう道も描かれている。


 あの奥には、どんな景色が広がっているのだろう。

 どんな魔物がいて、どんな戦い方が必要になるのだろう。


「……まだまだ、知らないことばっかりだな」


「ん? 何か言った?」


「いや、次に来るのが楽しみだなって」


 紬は一瞬呆れたような顔をしたが、すぐに笑った。


「もう次のこと考えてるんだ」


「考えるだけなら自由だろ?」


「そうだけど、今日はちゃんと休んでね」


「分かってるって」


 俺たちは笑いながら、管理施設の出口へ向かった。


 今日よりも先へ進みたい。その気持ちは、迷宮に入る前よりも強くなっていた。


 ただ、今度は焦らなくてもいい。


 次の探索へ向けて準備する時間も、俺には必要なのだから。

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