# 第096話 壊さずに勝つ
蹴り飛ばされた鉄扉が、倉庫の床を滑って壁際の荷箱へ突き刺さった。正面にいた三人は一斉に振り向いたが、天城の姿を捉えた時には、すでに一人目の懐へ入られている。
拳を打ち込めば胸骨ごと砕ける距離だった。天城は肩口を掴んで床へ伏せさせ、後頭部を打つ直前で止める。背後から伸びた光の筋を半身で外し、能力の発生点へ領域を重ねると、形を失った光が空中で散った。
「襲撃だ! 奥へ――」
二人目が叫び終える前に、天城の足が脇腹を払った。身体は横へ飛んだものの、柱へ衝突する角度だけは外している。三人目が腰から警報端末を抜くと、その手首を蹴り上げ、落ちた端末を踏み壊さず足裏で押さえた。
「外部送信なし。遮断は維持できとる」
零士の声が通信機から届く。一人目が床へ掌を付き、足元へ能力を流そうとしても、天城は視線すら向けずに発動点を押さえた。三人がそれぞれ違う動きを選んでも、領域内では攻撃へ変わる前に潰される。
「殺すな、端末を残せ、建物も壊すな。面倒な仕事だな」
「扉は壊したやん」
「開いたから問題ねぇ」
「その理屈、報告書には書かんといてな」
零士の軽口が続いている間も、綾乃から次の指示が入った。正面三名の無力化を確認し、その場で奥への増援を止める。天城が残り一人なら自分で行くと返しても、声は揺れなかった。
「ミナさんが人質の拘束を解除中です。奥で警報が作動すれば救命が遅れます」
「十秒で終わる」
「その十秒を、人質へ使わせてください」
「新人、待て。今動いたらミナの退路と重なる」
零士は天城を止めるだけでなく、理由と衝突地点を同時に伝えた。命令へ従えと言われれば反発していたが、ミナを押し戻してまで先へ行く理由はない。天城は舌打ちし、倒れた三人の中央へ立った。
横の保管室では、奏が散らばった端末と記録媒体を回収している。零士が外部通信を遮断しているため、倉庫の外から遠隔消去は入らない。しかし一つの媒体だけは、外装を開いた瞬間に内部の消去処理を開始した。
「外からやない。内蔵された時限処理や。奏、新しい媒体から切り離せ」
「三つ確保。一つは途中まで消えた」
「消えた領域へ触るな。動作時刻と外部認証の痕跡は残せる」
奏は返事の代わりに接続部を外し、三つの媒体を順に遮断袋へ収めた。零士は彼女の手を止めず、電子情報として残す領域だけを指定する。二人の間に、どちらが先に証拠を扱うかを確認する会話は必要なかった。
「全部残せ」
「無理なものは無理」
「今残せるもんは全部残しとる。あまぎっちも、邪魔せんのが仕事やで」
「次に消す奴を先に潰せば終わりだ」
「せやから、そいつへ辿る道を残しとんねん」
天城には壊せない種類の敵が、記録の向こうにいる。気に入らなかったが、奏と零士の作業へ踏み込めば、その敵へ届く道まで自分で潰すことだけは理解できた。
◇
倉庫奥の監禁区画では、ミナの腕が金属製の拘束台を貫いていた。外板をすり抜けて内部の空間へ腕を入れ、物質と重ならない位置で指先だけを戻す。露出した接続部を掴み、内側の警報線を順に外していく。
「右側、解除。次、足首」
意識のある一人は浅い呼吸を繰り返し、隣の拘束台から目を離さなかった。もう一人は目を閉じたまま動かず、唇の色も悪い。ミナが最後の警報線へ触れた時、奥の扉が勢いよく開いた。
「そこを離れろ!」
最後の男は片腕に小型注射器を持ち、もう一方の手で拘束台へ直結した起動端末を握っていた。零士が短く「有線、外からは切れん」と告げる。無線通信なら塞げても、目の前の装置へ直接流れる信号を、回路も見ずに選り分けることはできない。
「近づけば、こいつに全部入れる!」
ミナが拘束台の内側へ身体を沈めるが、人質二人を同時に連れ出せる状態ではない。正面から天城が来ても、男には針を刺すだけの時間が残っていた。
「助けて……あの子を、先に」
掠れた声が通信機へ乗った。自分も拘束されているのに、視線は隣の一人へ向けられている。天城は正面区画でその声を聞き、伏せた三人を見下ろしたまま眉を寄せた。
「勝手に順番を決めんな」
「天城さん?」
「二人とも連れて帰る仕事だ。片方だけ死んで、俺を失敗させる気か」
救いを約束するには、あまりに傲慢な言葉だった。それでも人質の呼吸が一度止まり、次には震えながらも空気を吸い込む。監禁区画の入口まで進んだ綾乃の《情動抑制》も、恐怖で乱れていた呼吸を僅かに緩めていた。
「ミナさん、足首を解除。小春さん、入ってください」
「あと三秒!」
「あまぎっち、二秒後に直進。右へ振るな、ミナがおる」
「俺に指図すんな」
言いながら、天城は二秒を待った。男が注射器を振り下ろそうとした腕を、壁から現れたミナの足が蹴り上げる。針が宙へ浮いた瞬間、天城は二つの部屋を繋ぐ扉を肩で破った。
直線上には人質がいる。拳を使わず、男の喉元を掴んで真上へ持ち上げる。起動端末を握る指へ領域の干渉を集中させ、筋力が抜けたところで端末だけをミナへ放らせた。
「人質を盾にすりゃ、俺が止まると思ったか」
「な、何なんだ、お前……」
「てめぇより悪くて、てめぇより強い奴だ」
「待て、俺は運べと言われただけだ! 上の奴らには逆らえない!」
命令されたから殺したのではなく、自分が強さを欲して選んだ。そう言い切った天城には、男の差し出す言葉が免罪にならないことだけは分かる。
「だったら、てめぇが選ばなかった分まで上の名を吐け。命令を盾にして、自分だけ何もしてねぇ顔をすんな」
天城は男を床へ落とし、抵抗できない程度に肩を踏んだ。殺さず、喋れなくもしない。仲介役と同じく、この先を吐かせるために生かして残す。
小春が駆け込み、衰弱した一人の首筋へ触れた。淡い能力反応が心拍と呼吸を探り、乱れた身体の働きを一つずつ繋ぎ直していく。傷も異常も瞬時には消えないが、悪化していた呼吸は一定の間隔へ戻り始めた。
「搬送まで維持できます。もう一人も確認します」
「先に、その子を……」
「あなたも治療対象です。順番は私が決めます」
小春が二人の状態を同時に確認し、ミナは拘束を完全に外した。奏は次の移送日時が記された断片を確保し、零士は遮断していた外部通信と内部記録を分離して保存する。綾乃が搬送担当へ二人の生存と拘束者五名を連絡した時、誰も互いの担当を聞き返さなかった。
◇
搬送車両が離れた後、倉庫には六人が残った。綾乃は生存確保、記録回収、仲介役拘束へ順に完了を付ける。既存の五人にとっては普段の連携を崩さず、新しい制圧役を一人組み込めた結果だった。
「天城さん。独断突入、対象殺害、証拠破壊はありません。初回の現場適性は確認できました」
「俺がいなきゃ、まだ入口で揉めてた仕事だ」
「逆や、あまぎっち」
零士が飲料水の容器を天城へ放った。受け取ったまま開けない天城を見て、顎で小春を示す。
「うちらの班は、お前がおらん時から回っとる。今日は、その中で新人のお前を使えたんや」
「ハッ――言うじゃねぇか」
「水飲んどけ。治療担当へ余計な仕事を増やさんのも、先輩からの助言や」
天城は数秒だけ容器を睨み、蓋を開けた。零士は満足そうに笑ったが、それ以上は世話を焼かない。奏もミナも小春も、天城へ合格を求めず、自分たちが持ち帰った結果を確認していた。
「てめぇらは使えた」
「それはこっちの台詞。でも、次も同じように待てるなら一緒に行ける」
ミナの返答へ、小春と奏も異論を示さなかった。友人でも、信頼し切った仲間でもない。それでも天城は初めて、すでに形のある班の中で、敵の死体ではなく、生きた人間と証拠を仕事の結果として持ち帰った。
以前の天城にとって、強さはどれだけ壊せるかで決まっていた。今夜残ったのは、壊さず制圧した五人と、守られた二人と、消されなかった記録である。その結果を弱いとは、天城自身にも言えなかった。




